読書備忘録(記憶に残したい本)

古典文学(日本)

リービ英雄 『英語でよむ万葉集』(岩波新書、2004年)(全米図書賞を受賞したThe Ten Thousand Leaves: A Translation of the Man Yoshu, Japan's Premier Anthology of Classical Poetry から50篇を厳選し、訳者のコメントを付す。英語の詩としても優れたものになっている)

 

澤瀉久孝 『萬葉集注釋』(全20巻。1957-196年。昭和の萬葉集研究の泰斗によるライフワーク。百年は古くならない研究書を書くことを意図したいう。空前絶後の超大作。著者は伊藤博の師。もちろん絶版だが、誰も読まないのか中古市場で1万円以下で入手可。これで萬葉集を読み始めると、文庫本版など、読めなくなる。四巻本の岩波の新旧の古典大系本なども物足らなく感じる)

 

『萬葉』(全四巻。日本古典文学大系、岩波書店。万葉仮名の本文あり。第一巻の補注の大野晋執筆部分が革命的。師、橋本進吉発見の上代特殊仮名遣いの理論を駆使して、旧訓をなで斬りにしている)

 

『萬葉集』(全四巻。新日本古典文学大系、岩波書店)

 

『萬葉』(全四巻。新潮日本古典集成。万葉仮名の本文はない。各巻末の伊藤博著「萬葉集の生い立ち」(一〜四)だけは必読。萬葉集の成立過程を明快に説いている)

 

『伊勢物語』(男と女の恋には今も昔も変わりはない。原文で読むなら新潮日本古典集成シリーズの渡辺実校注本で。作品の成立過程を論じた解説と附説が充実。)

 

『今昔物語集』(岩波文庫全4巻。和漢混交文で書かれており、驚くほど読み易い。古典入門に最適でしょう)

 

『宇治拾遺物語』(『今昔物語集』と同様に読み易い)

 

鴨長明 『方丈記』(『徒然草』などに比べるとずっと平易)

 

『大鏡』(原典で読むのはやや辛いので現代語訳で。京の紫野にあった雲林院の菩提講に参詣した百九十歳の大宅世継が、偶然出会った昔馴染みの百八十歳の夏山繁樹と、雲林院に説教を聴きに集まった善男善女の前で、昔話をするという凝った枠組の歴史物語。八年で退位させられた陽成天皇の奇人変人ぶり、その母高子[たかいこ]の在原業平との醜聞、藤原兼家・道兼父子の策謀によって出家させられた花山天皇の失意、倹約令を徹底させるために藤原時平が天皇と謀って打った大芝居、時平の笑い上戸癖などめっぽう面白い)

 

『増鏡』(後鳥羽上皇)

 

『古今和歌集』(佐伯梅友校注、岩波古典文学大系81958年。最低限に抑えた頭注がすばらしい。)

 

『新版古今和歌集』(高田祐彦訳注、角川ソフィア文庫。現代語訳と詳細な註付きながら、コンパクト。とても便利)。

 

『とはずがたり』(鎌倉時代中期。14世紀初期成立。後深草院女房二条の手になる日記。現存する唯一の写本が1939年に宮内省書陵部で発見された。『増鏡』に数段が引用されていることから、その真正性が確認されている。記述は源氏物語を意識している。前半は後宮での愛欲生活。後半は出家した後の「女西行」としての全国行脚の旅。すさまじいエネルギーをもつ平安朝の女人)

 

『枕草子』(清少納言。天皇の側近、頭弁藤原行成との才知にあふれたやり取りが一番面白かった)

 

『尤草紙』(もっとものそうし。斎藤徳元作の仮名草子。寛永9年(1632)刊。『枕草子』のパロディー。大いに笑える箇所多し。若い親王のための教科書として書かれたらしいが、下世話で猥雑な事柄も多い。これも帝王教育の一環か。「広きものの品々。孝謙天皇の玉門」なんてのもある。どういう意味か分からない人には、『日本霊異記』などの伝承を踏まえた狂歌「道鏡は座ると膝が三ツあり」がヒントになる)

 

西行 『山家集』(『日本古典文学大系』第23巻所収の風巻景次郎校注の版で。風巻は、江戸時代の碩学釈固浄の名著『山家集抄』を頻繁に引いている。『山家集抄』の活字翻刻版は、西澤美仁監修・解説『西行研究資料集成』第2巻に「山家集詳解」として収録されている)

 

円地文子訳 『源氏物語』(現代語訳。「東屋」、「手習」)

 

上田秋成 『雨月物語』「白峰」(西行が讃岐白峰の崇徳院陵を詣でると院の御霊が出現する。夢幻能仕立て。冒頭の書き出しが秀逸。参考、謡曲「松山天狗」。幸田露伴「二日物語」)、「浅茅が宿」「仏法僧」(高野山に参拝した父子が奥の院で修羅道をさ迷う亡き関白秀次主従の亡霊に遭遇する)、「青頭巾」(篤学修行の聞こえめでたい阿舎利が、少年愛に堕ちた果てに、人食い鬼となり、里人を苦しめる。旅の曹洞禅の高僧がこの鬼を教え諭し、成仏させる。冒頭の書き出しと、結末が秀逸))

 

和泉式部 『和泉式部日記』(近藤みゆき訳注、角川ソフィア文庫。この文庫版は現代語訳が読み易い。敦道親王との恋愛の始まりから成就まで。歌のやり取りを通じて成熟してゆく恋の物語。お互いの心を試す、ときに虚虚実実の応酬が実に面白い。当代一流の風流人であった親王に和泉が愛されながらも、半ばなぶられ、半ばからかわれ、翻弄される場面もある。この親王なかなか大したものだ。親王が美貌よりも歌心を重く見ていることが分かる。それにしても、二人の間を文や返書をもって夜昼かまわず往復させられる小舎人童の苦労をねぎらいたくなる。「十五 石山詣で」、「十六 有明の月の手習文」、「十七 代作の依頼」、「二十 初霜の朝」、「二十六 疑はじなほ恨みじ」)

 

『大和物語』(平安の貴族社会から落ちこぼれた人々をめぐる異色の物語集。「」、「」)

 

道綱母 『蜻蛉日記』(上村悦子訳注、講談社学術文庫。藤原道長の父兼家のもうひとりの妻の日記。名前が分からないので「道綱母」と呼ばれる。道長の母時姫と違って文才に恵まれ、和歌の名手。源氏物語に先行する作品だが、源氏を六条御息所の視点から語り直すとこうなると思えるような話である。紫式部も読んでいて、エピソードのいくつかは源氏物語の元ネタになっているようである。

 

『堤中納言物語』(三角洋一訳注、講談社学術文庫。全体に飛び切り面白いというわけではない。それでも一番有名な「虫めづる姫君」は掛け値なしに面白い。美が相対的な価値であることがよく分かる。最後に右馬の佐とやり取りする和歌が傑作だ。右馬の佐「かは虫の毛ぶかきさまを見つるよりとりもちてのみまもるべきかな」。返し「人に似ぬ心のうちはかは虫の名をとひてこそ言はまほしけれ」。右馬の佐「かは虫にまぎるるまゆの毛の末にあたるばかりの人はなきかな」。「花桜折る中将」は美しい姫を無理やり盗み出したと思ったら、まちがって尼の祖母を連れ出したという話。作り話臭いが、最後の「御かたちはかぎりなかりけれど」の一文によって救われている。「逢坂越えぬ権中納言」も佳作。この物語集は全体に技巧先行で、あまりに作り物に過ぎて、興ざめな話も含まれる)

 

『日本書紀』(本来の書名は「日本紀」。神武紀[東征の物語に終始する実に単純な構成だが、地名説話や豪族の起源説話が散りばめられ、なかなかに面白い]。崇神紀[実在の最初の大王。神武とは対照的に、天皇本来の祭祀王の側面が強調される。エピソードが多く、多彩な内容]。)

 

 『続日本紀』(全5巻。新日本古典文学大系。岩波書店。文武から桓武にいたる奈良朝の歴史。)

 

西郷信綱 『古事記注釈』研究書。全8巻。ちくま学芸文庫。津田左右吉に批判的で、本居宣長の「古事記伝」を範とする。フロイトやユングの精神分析的、神話学的なアプローチも採り入れている。第1巻の「第一」には手厳しい言葉、耳に痛い評言も散見する――「しかし資料の乏しいのをいいことにして想像を逞しくするならば、それはたちまち空想に転化し、饒舌の市を栄えさせるだけであろう。統御されぬ、訓練されぬ想像を空想と呼ぶ」[16]。「作品をだしに己の夢を語る形而上学的欺瞞」[31]

 

西郷信綱 『古事記研究』研究書。)

 

西郷信綱 『古代人と夢』研究書。平凡社ライブラリー。)

 

西郷信綱 『神話と国家』研究書。)

 

西郷信綱『古事記の世界』研究書。岩波新書、1967年。序章「古事記をどう読むか」を一読すれば分かるが、新書版ではあるが、やさしい入門書ではけっしてない。西郷は一般読者に一切媚びていない。「神代の物語の原理が歴史にではなく祭式に、もっと正確にいえば、歴史を象徴的に集約したものとしての祭式に動機づけられている」(163頁)というのが西郷の一貫した立場であり、神話を歴史の反映とみる、西郷いうところの「自然主義的な」解釈をことごとく斥けている。)

 

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近現代文学(日本)

福沢諭吉 『福翁自伝』(文学ではないですが・・・。幕末から明治初期は青年にとって、いかに可能性に満ちたエクサイティングな時代であったことか!満ち足りた現代日本の若者には羨ましい時代だろう。『学問のすすめ』より読み易い。この時代の志ある若者の精神史としては、小泉八雲の「ある保守主義者」なども興味深い。また、正反対に同時期の平田篤胤の一門人の悲劇を描いた島崎藤村の『夜明け前』(特に第二部)との比較も面白いだろう)

 

森鴎外 「うたかたの記」1886613日の狂王ルートヴィヒ二世の謎の死に想を得た小品。もと菫売り、いまは美術学校のモデル、マリイと日本の画学生のはかない恋の物語。「消えて迹(あと)なきうたかたのうたてき世を喞(かこ)ちあかしつ」。「国王の横死(おうし)の噂(うわさ)に掩(おお)はれて、レオニに近き漁師ハンスルが娘一人、おなじ時に溺れぬといふこと、問ふ人もなくて已(や)みぬ。」)。斎藤茂吉「カフエ・ミネルワ」1923年、ミュンヘン留学中の茂吉は「うたかたの記」のカフエ・ミネルワを探し訪ねる)。

 

森鴎外  『青年』2年前に出た漱石の『三四郎』と読み比べると面白い)。

 

森鴎外 「阿部一族」(話は肥後熊本藩城主細川忠利[祖父幽斎、父忠興]の思いがけない病死に始まる。病重い主君に、死後の殉死を願い出て18人が許される。許しがなく最後に殉死した阿部弥一右衛門の一族の悲劇が後半に展開する。殉死せずに生き残れば家中で疎んじられるという状況が、インドの寡婦殉死[Sati]によく似ている。忠利が元気なころに死後の荼毘所を決めるくだり、18歳の内藤長十郎元続が殉死の許しを請い、ようやく許されて忠利死後に殉死するくだり、犬牽きの津崎五助の殉死のくだりなど、多様なエピソードに富む)。

 

森鴎外 「護持院原の敵討」(播磨酒井家の大金奉行、山本三右衛門が金部屋の警護中に、強盗に殺される。息子、娘、叔父に敵討ちの許可が下り、叔父、息子、犯人の顔を知っている渡り仲間[ちゅうげん]の三人が日本中を探し回る。途中、神託によって敵が江戸に戻っていることを知り、探索の末、娘も加わって護持院原で討ち果たす)。 

 

森鴎外 「心中」(鴎外には珍しい怪談。しかしこのタイトルを知って読むと怖さが半減する。登場人物の名前をとって「お蝶」とかにすればよかったのではないか。多くの住み込みの女中を抱える人気料理屋が舞台。これも鴎外には珍しく、言文一致の文体)。 

 

森鴎外 「安井夫人」(これは明らかに未完成の小品。仲平さんの嫁取りのくだりだけが書き込まれており、面白い。あとはほぼ材料を時系列に並べただけで、無味乾燥)。

 

森鴎外 「ぢいさんばあさん」(仲のいい夫婦が、夫が罪を得たために生き別れとなるが、二人とも七十台になってようやく再会し、仲睦まじく余生を過ごすという人情話)。

 

森鴎外 「冬の王」(翻訳作品。許嫁を付け回すストーカーを殺し、5年間服役した男の、その後の孤高の人生)。  

 

幸田露伴 『五重塔』(日本語は古いが面白いことこの上ない)、「雪たたき」(三部からなる中篇。戦国期の堺が舞台。一気に読ませる傑作。話のきっかけが落語の「雪とん」によく似ている。映画にしてみたいが、今の俳優では台詞が無理だろう)、「蒲生氏郷」(史伝小説。関白秀吉の北条攻めの後、伊達政宗の押さえとして会津に封ぜられた氏郷の史伝。しかし半分くらいは政宗の史伝でもある。司馬遼太郎の歴史小説は多くを露伴に負っていると思わせるところが随所にある)。「平将門」(前半は、従来の将門像を覆そうとする真面目な学問的試みに近く、後半は一転して想像も交えた講談調)

 

泉鏡花 「高野聖」(夜の化け物騒動は、「親仁」が好色な「嬢様」を守るため、あるいは旅人を体よく追っ払うために仕組んだいかさま芝居だと思う)、「歌行燈」(成瀬巳喜男と衣笠貞之助がそれぞれ映画化しているが、どちらもハッピーエンド。やはり原作の終わり方の方がはるかによい)、「竜潭譚」「雛がたり」

 

小泉八雲 「夏の日の夢」平川祐弘編『日本の心』(講談社学術文庫)所収(熊本に向う人力車の上で、浦島伝説のことを考えながら、若き日のマルティニークでの日々を思い浮かべる。現在と過去が交錯するモダニスティックな幻想小品)

 

島崎藤村 『家』1910年出版。大学時代に読み始めてすぐに挫折したが、35年後に再挑戦し、あっという間に読了。自伝的小説。18987月に姉園の嫁いでいた木曽福島の高瀬家を訪問した時から、1909年に高瀬家の総領息子が名古屋で病死するまでを扱う。場所も木曽福島、小諸、伊豆伊東、東京西大久保、浅草新片町、名古屋と移り変わる。1911年の妻の産褥死、その後の姪との近親相姦なども暗示されている。よりモダンで、心理主義的な漱石の小説とはまた違った面白みがある。昔ながらの家制度の問題、遺伝の問題、金銭も絡んだ濃密な親戚間の交際、結婚と恋愛の葛藤、金融資本主義の勃興がもたらした様々な問題、などなど、どれをとっても当時の日本を知る上では最上の材料である。逆に言えば以来日本がいかに変わったかが分かる。2008年夏に訪れた高瀬家資料館や周囲の景観も思い出された)。

 

島崎藤村 『夜明け前』(故篠田一士[岐阜出身]が二十世紀の十大小説のひとつとして絶賛し、一方で東大英文科の同窓である丸谷才一が「小説になる要素を全部逃している」と評した藤村の超長篇小説。篠田は褒めすぎだが、丸谷の「全部逃している」というのも誇張ではないか。斎藤美奈子も高く買っている(『日本の同時代小説』、岩波新書、2018年)。歴史的背景を準備するために小説から逸脱して、史伝と見まがう部分もあるが[水戸天狗党事件など]、無心に読んでみてめっぽう面白い。幕末を英雄の観点からではなく、主として木曽馬籠宿の駅長の眼を通して眺めるという発想がよい。藤村はマルクシストではないが、歴史の変化を、経済構造を含む社会の根底の部分から眺めようとしているようでもある。例によって三田村鳶魚が言葉の考証不足をあげつらっているが、藤村とて徳川時代の言葉遣いを忠実に再現すること目指していない。台詞の部分は現代語への翻訳だと思えばよい)

 

島崎藤村 「山陰土産」1927年。大阪朝日新聞連載の紀行文。次男鶏二と山陰線沿線を訪ねる。この旅行は新聞に予告されていたか、新聞社が手配したようで、途中、各地の名士、古い知己、熱心なファンに迎えられ、名所を案内されている。78日:大阪発、京都、福知山を経て城崎。城崎は1925523日の北但馬地震から復興中。油とうや泊。79日:圓山応挙の襖絵で知られる香住の大乗寺、岩井の明石屋泊。710日:船で浦富海岸を見物、鳥取小銭屋泊。711日:小銭屋で休養。712日:三朝温泉、岩崎旅館泊。714日:松江、皆美館泊。715日午前:船で松江から境港へ。同日午後:岡田丸で美保関、出雲浦を見物。江角から別の船で掘割である佐多川を通って宍道湖に出て、夜9時に松江帰着。716日:小学校2校、小泉八雲旧居訪問。このあたりから藤村も長旅に疲れてきているようである。717日:不昧公遺愛の茶室菅田庵などを訪ねる。718日:松江発、今市を経て杵築から大社に詣でる。再び今市から山陰線で大田、江津、濱田を経て益田へ。719日:益田の醫光寺、萬福寺で雪舟作の庭園を見る。雪舟終焉の大喜庵にある墓を詣でる。高津町高角山の柿本神社に参拝し、人麻呂を偲ぶ。720日:益田を発って津和野へ。)。

 

島崎藤村 「伊豆の旅」1909年発表。38歳の藤村と気の置けない仲間三人が弥次喜多気分で、早春の伊豆半島を、大仁から修善寺、湯ヶ島を経て下田まで、温泉に浸かりながら縦断。湯ヶ島から天城峠までは馬車の上で寒さに凍えたが、天城を下ると菜の花が咲いていた。石廊崎に遊んだ後、船で伊東まで行き、そこの温泉宿に泊まって終わる。後の『家』における伊東の描写はこの旅を基にしているのだろうか)。

 

島崎藤村 『新生』1919年)

 

島崎藤村 『桜の実の熟する時』1919年。)。

 

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田山花袋 「少女病」(電車の中で美しい少女たちを眺めるだけが生き甲斐の、うだつの上がらぬ中年男を思わぬ悲劇が襲う)。

 

近松秋江 「琵琶湖めぐり」1919年。叡山を下りた著者が、堅田から船で時計回りに琵琶湖を巡る。途中竹生島で一泊。漢文調を交えた山と湖水の描写にすぐれる)。 「箱根の山々」1918年。蘆の湯の宿を拠点に、周辺を散策登山しながら駒ケ岳、双子山、明星ヶ岳、明神ヶ岳などの山容をさまざまな角度から味わい尽くす)

 

夏目漱石 『彼岸過迄』19121月〜4月、朝日新聞連載。私見では漱石の最高傑作。語り手、視点の異なる6篇の短編「風呂の後」「停留所」「報告」「雨の降る日」「須永の話」「松本の話」から構成される長篇小説。人物描写、心理描写ともに常以上に力が入っている。第2話「停留所」は、文銭占いのお婆さんの予言が実現するなど、漱石には珍しくミステリーじみた作品。主人公敬太郎が黒い中折れ帽の男を市電の小川町停留場で待つ場面が印象に残る。夜の電車が走り去るのをこう表現する――「二人の間に挨拶の交換がもう必要でないと認めたごとく、電力は急いで光る窓を南の方へ運び去った」。成瀬巳喜男に映画化して欲しかった)。

 

夏目漱石 『二百十日』190610月、『中央公論』に掲載。)

 

夏目漱石 『行人』191212月〜191311月、朝日新聞連載。話は第2部「兄」から予想もしない方向に展開する。兄弟と嫂の問題含みの関係が驚くほど濃密な筆致で描き出される。連載小説読者の興味を持続させる技巧は見事である。しかし、暴風のために弟と嫂が和歌山の宿に一泊せざるを得なくなる部分はいささかやり過ぎか。第1部で三沢が入院する大阪の胃腸病院は、1911年、関西公演中の漱石自身が胃潰瘍の悪化で入院した湯川病院をモデルにしているのだろうか。また、妻との不仲に悩み、精神に異常を来たす長野一郎には漱石自身のノイローゼ体験が反映されているのだろうか)。

 

夏目漱石 『道草』191569月、朝日新聞連載。自伝的な作品とされる。愉快な作品ではないが、漱石[健三]の生い立ち、妻および養父との関係を知る上では興味深い。健三と妻の険悪な関係は、『行人』の一郎と妻の関係に酷似しているが、この作品では妻の側の立場・見方も想像的に斟酌され、より相対的な視点から二人の関係を眺めようとしている)。

 

夏目漱石 『草枕』19069月、『新小説』に掲載。高校の時初めて読んだ。第1章は、よくも高校の時に読めたものだと呆れる位、難しい。第5章の江戸っ子の床屋とのやり取り、床屋と禅寺の小坊主との応酬が絶品。まるで落語に出てくるような親方だ。画工の主人公をからかう那美の奇人ぶり、それを芸術上の一種の趣向と見立てる画工の余裕ある態度も痛快だ)。『それから』1909610月、朝日新聞連載。高校のとき二度読んだ数少ない本のひとつ。そうしたら、大学入試のとき、国語の一問に偶然出題されて驚いた。もちろん解答はパーフェクト。他の問題を解く時間を稼ぐことができた)。

 

夏目漱石 『門』191036月、『朝日新聞』連載――「おれみたような腰弁は、殺されちゃ厭だが、伊藤さんみたような人は、哈爾賓[ハルピン]へ行って殺される方がいいんだよ」と宗助が始めて調子づいた口を利いた。」)

 

夏目漱石 『吾輩は猫である』19051月〜19068月、『ホトトギス』連載。問:吾輩の餌皿は何で出来ているか? 答:鮑貝の殻――「晩餐に半ぺんの煮汁で鮑貝をからにした腹ではどうしても休養が必要である」、「へっついは貧乏勝手に似合わぬ立派な者で赤の銅壺がぴかぴかして、後ろは羽目板の間を二尺遺して吾輩の鮑貝の所在地である」、「吾輩は主人と違って、元来が早起の方だから、この時すでに空腹になって参った。とうていうちのものさえ膳に向わぬさきから、猫の身分をもって朝めしに有りつける訳のものではないが、そこが猫の浅ましさで、もしや煙の立った汁の香が鮑貝の中から、うまそうに立ち上っておりはすまいかと思うと、じっとしていられなくなった」。私的には第5章が面白い。泥棒に入られた後、盗品の一覧を作成する時の夫婦のやり取りには抱腹絶倒する。最終章にはこんな一節がある――「「とにかくこの勢で文明が進んで行った日にや僕は生きてるのはいやだ」と主人がいい出した」。)

 

夏目漱石 「趣味の遺伝」19061月、『帝国文学』掲載。やや推理小説じみた短編。新橋駅で乃木将軍の凱旋[短編執筆の直前]を目にした主人公は、旅順で戦死した友人の墓所を訪れ、そこで墓に花を供える謎の美人を目撃する。その正体をいかに突き止めたが語られるうちに、この短編の題名の意味が判然とする仕掛け。「趣味」は"taste"の和訳、今で言う「好み」と同義)

 

夏目漱石 「思い出す事など」(修善寺での大量吐血の前後の克明な記録。自分の闘病生活を正面から取り上げる。随所に自作漢詩と俳句を配する名文)。

 

夏目漱石 「正岡子規」(子規没後しばらくして記した回想。同い年でありながら、兄貴風を吹かす子規の破天荒な生き方を、おそらくかなりの誇張とわずかな嘲笑を交えて、面白おかしく回想する)。

 

夏目漱石 「子規の画」(躁状態で書いたかとも思える上記の「正岡子規」とは一転して、しんみりと寂しさの漂う回想記)。

 

夏目漱石 「『吾輩は猫である』中篇自序」(「子規の画」よりも一層読む者の涙を絞る子規回想を含む。漱石は『猫』と俳句二句を亡き友に捧げている。逸文)。ちなみに、子規の「墓」は、自分の死後の葬儀や埋葬を、まるで他人事のように面白おかしく落語調に空想した、これも逸文。

 

夏目漱石 「文士の生活」(作家としての自分自身の生活について率直に語っていて貴重――「一体書物を書いて売るという事は、私は出来るならしたくないと思う。売るとなると、多少慾が出て来て、評判を良くしたいとか、人気を取りたいとか云う考えが知らず知らずに出て来る。品性が、それから書物の品位が、幾らか卑しくなり勝ちである」。「朝は七時過ぎ起床。夜は十一時前後に寝るのが普通である。昼食後一時間位、転寝[うたたね]をする事があるが、これをすると頭の工合の大変よいように思う」。)

 

夏目漱石 「僕の昔」(自伝的短文。子供の頃の馬場下町や夏目家のこと、学生時代に早稲田の専門学校で英語を教えたことなどについて語っている)。

 

夏目漱石 「満韓ところどころ」(満州・韓国紀行。1909年秋の旅行に基づく。『朝日新聞』に10月末から年末まで連載。実際には韓国訪問の記事はない。第11節に、『猫』に出てくる多々良三平の出身地を筑後久留米から肥前唐津に改めた経緯が出てくる)。ところで、漱石の生家は現在の新宿区喜久井町の夏目坂にあった。夏目家は江戸時代以来この付近の有力な名主であった。「喜久井」は夏目家の家紋[井桁に菊]に由来し、「夏目坂」は名主夏目家に因むもので、漱石の少年時代には、もうこの名で呼ばれていた。

 

夏目漱石 「自転車日記」(倫敦で自転車に乗る訓練を受け、結局、挫折した経験を自虐的に面白おかしく綴る。当時の自転車にはブレーキが装備されていなかったようである。「・・・人間万事漱石の自転車で、自分が落ちるかと思うと人を落とす事もある・・・」)

 

夏目漱石 『明暗』(「おれ達は父母から独立したただの女として他人の娘を眺めた事がいまだかつてない。だからどこのお嬢さんを拝見しても、そのお嬢さんには、父母という所有者がちゃんと食っついてるんだと始めから観念している。だからいくら惚れたくっても惚れられなくなる義理じゃないか。なぜと云って御覧、惚れるとか愛し合うとかいうのは、つまり相手をこっちが所有してしまうという意味だろう。すでに所有権のついてるものに手を出すのは泥棒じゃないか。そういう訳で義理堅い昔の男はけっして惚れなかったね」[31章、藤井の説]

 

夏目漱石 「高浜虚子著『鶏頭』序」(短いが示唆に富む小説論。小説を「余裕のある小説」と「余裕のない小説」の二種に分けて考える。前者の代表が虚子の小説。その態度を「低回趣味」「恋々趣味」「出来る丈長く一つ所に佇立する趣味」「禅味のある文学」と言い換え、後者は「イプセンの脚本を小説に直した様なもの」で、「息の塞がる様な小説」「一豪も道草を食ったり寄道をして油を売ってはならぬ小説」「呑気な分子、気楽な要素のない小説」と言い換えている。)

 

夏目漱石 

 

夏目漱石 

 

夏目漱石 

 

芥川龍之介 「寒山拾得」(超短編だが、シビれる。運慶や寒山拾得が明治末年の東京に生きているという話。荒唐無稽かつ意味深。この話の鍵は、話者が電車の中で読んでいる小説がロシアの政治小説だということだろう)。「開化の良人」(大正81月。芥川の中篇では一番面白く読めた[教科書にも載る「鼻」とか「芋粥」はまったく好きになれない]。西洋的な「愛(アムウル)のある結婚」に固執し、それを成就したと信じたフランス帰りの三浦直樹という男の、その後の幻滅の次第を、三浦の友人である本多子爵が、小説の語り手である「私」に語る。語りの枠組が凝っている)「あの頃の自分の事」(大正7年。帝大時代の「新思潮」の仲間たちとの交友を小説風に回想。勉学にはあまり身が入らぬが、創作には熱い心をたぎらす学生たちの生活が簡潔ながらリアルに描かれる。初めて谷崎潤一郎を見たときの印象が興味深い――「それは動物的な口と、精神的な眼とが、互に我を張り合つてゐるやうな、特色のある顔だつた」。成瀬正一は芥川の前では自分の母親のことを、「ムツタア」とドイツ語で呼んでいる)。「佐藤春夫氏」(好敵手の佐藤春夫が自分のことをしばしば誤解したと語る――「又震災後に会つた時、佐藤は僕にかう云つた。「銀座の回復する時分には二人とも白髪になつてゐるだらうなあ。」これは佐藤の僕に対して抱いた、最も大いなる誤解である。いつか裸になつたのを見たら、佐藤は詩人には似合はしからぬ、堂堂たる体格を具へてゐた。到底僕は佐藤と共に天寿を全うする見込みはない。醜悪なる老年を迎へるのは当然佐藤春夫にのみ神神から下された宿命である。」)。「父」(大正53月の作。肺結核で夭折した中学の同級生能勢五十雄の思い出)。「大正十二年九月一日の大震に際して」(関東大震災の直前の八月、鎌倉に遊んだ時、季節外れの藤、山吹、菖蒲が咲いているのを見て、これはただ事ではないと感じた、という)。「本所両国」(昭和2年、1927年。芥川版日和下駄。生まれ育った本所両国の地を、震災後初めて歩いて回る。生まれ育っただけに、荷風以上に土地勘があることが分かる。それでも、震災ですべてが焼け、工業化が始まりつつある町[金銭を武器にする修羅界]を見て、「元湘日夜東に流れて去り」、「流転の相の僕を脅かす」のをまざまざと感じる)。「追憶」(大正153月〜昭和21月。もの心ついた頃から中学までの本所界隈、友人知人にまつわるやや詳細な思い出)。「或阿呆の一生」(昭和26月、久米正雄に宛てた遺稿。三人称で語る摩訶不思議なパスティーシュ風の自叙伝)。()。()。()。()。

 

芥川龍之介 「本の事」(特に「かげ草」という節。夢の中で三越書籍部に立ち寄り、森鴎外の「かげ草」の架空のQuarto版が売られているのに出会う)。

 

芥川龍之介 「妙な話」(東京とマルセイユを瞬時に移動できる超能力を持つ赤帽についての怪談じみた話)

 

芥川龍之介 「好色」(世界一美しいスカトロジー文学。矛盾していると思ったら、読んでもらいたい。古文に慣れていないと出だしで躓くかもしれないが、数頁の辛抱。谷崎の『少将滋幹の母』の第六章と同じく、今昔物語に取材するが、こちらの方が谷崎に先行し、かつ原典に忠実で、出来もよい。谷崎はライバル芥川との違いを出そうとして、やや失敗している)

 

内田百閨@『私の「漱石」と「龍之介」』(ちくま文庫、1993年。巻末解説の野上彌生子の日記からの抜粋が面白い。「虎の尾」(滅多に洒落を言わない漱石もまれに洒落を言った。弟子たちと一緒に牛鍋を食ったとき、弟子たちが「箸を構へて、煮えるのを待ってゐると、先生は先に一口食べて、云うのである。「君達はなべ食はないか」」)。「漱石遺毛」(漱石に道草の書き潰し原稿をもらった百閧ヘ、原稿に抜いた鼻毛が何本も植えられているのを見つけ、自分の漱石コレクションに加える)。「漱石先生臨終記」(臨終の様子、その後のデスマスクの型取り、解剖、葬儀のことに詳しい。)。「掻痒記」(早稲田南町の漱石自宅前の様子――「先生の書斎から続いた庭の崖下を流れている深い溝が、横町を横切り、木の橋が架かっている。その橋の手前の泥溝縁にある小さな床屋に、思い切って這入って行った」)。「湖南の扇」、「亀鳴くや」(自殺の二三日前に、最後に親友芥川龍之介に会ったときのことを回想した短文。なかなか感動的。麻薬の摂取過多で半醒半睡状態だった。内田によれば、自殺の理由はいろいろあったにせよ、その夏の猛暑が嫌になって死んだという)。漱石の思い出については、高浜虚子の長文の「漱石氏と私」(1917)も興味深い。松山時代の漱石の立ち居振る舞いと『坊ちゃん』の主人公のそれとが対照的であるとしている。また、虚子と一緒に始めた連句俳体詩作りが、『猫』の誕生につながったとしている。この長文の回想記には、漱石から虚子に宛てた多数の手紙が引用されている。同じく虚子の「京都で会った漱石氏」では、一緒に都踊りを見物し、一夜祇園に遊んだことを回想している。旅館の女中に対する漱石の態度に異常性を見出している。夫の能楽研究家豊一郎が漱石山房に通っていた野上弥生子の回想記「夏目漱石」(晩年の随筆集『花』[1977]所収)も、また、漱石の異常性にも言及しており、崇拝者とは違った冷めた辛口の見方をしていて面白い。ちなみに、漱石は、弥生子が小説に転じる前に訳したトマス・ブルフィンチの『伝説の時代』(後に『ギリシア・ローマ神話』と改題)に序文を寄せたことがあった。「」

 

内田百閨@「サラサーテの盤」(文庫本で30頁足らずの短編。鈴木清順の『ツィゴイネルワイゼン』(1980)の原作。映画は原作と比べると教訓臭い)

 

寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」(熊本の五高時代に俳句の手ほどきを受けて以来親炙した夏目漱石についての回想。漱石の人間的な魅力を次のように述べていて印象的、感動的――「しかし自分の中にいる極端なエゴイストに言わせれば、自分にとっては先生が俳句がうまかろうが、まずかろうが、英文学に通じていようがいまいが、そんな事はどうでもよかった。いわんや先生が大文豪になろうがなるまいが、そんなことは問題にも何もならなかった。むしろ先生がいつまでも名もないただの学校の先生であってくれたほうがよかったではないかというような気がするくらいである。先生が大家にならなかったら少なくももっと長生きをされたであろうという気がするのである」)

 

野上豊一郎 「大戰脱出記」(野上は、妻彌生子同伴の欧州旅行中に第二次世界大戦勃発[193991]に遭遇。緊迫した空気の中を避難民を満載した列車でパリを脱出し、ボルドーで待ちに待たされて日本の客船に乗るまでのひと月間の克明な記録)。「エトナ」(シシリア島のタオルミナにあるギリシア円形劇場の描写を読むと、無性に行きたくなる)。「レンブラントの国」(すぐれたレンブラント論)。 「七重文化の都市」、「処女の木とアブ・サルガ」(エジプト訪問記。歴史の薀蓄に富む)。 「」()。

 

野上彌生子 『秀吉と利休』()。『欧米の旅』(岩波文庫、全3巻。)。『迷路』()。『森』()。『田辺元・野上弥生子往復書簡集』(岩波現代文庫、上下。西田幾多郎の後任、田辺元は京大定年後、北軽井沢に移住する。多分に、戦時中の戦争協力に対する懺悔の行動。妻千代亡き後、近所に別荘をもつ野上との交流が始まる)

 

内田魯庵 『思い出す人々』「二葉亭四迷の一生」、二葉亭の評伝。シビれるような名文である。その他「二葉亭四迷余談」、「二葉亭追録」、「斎藤緑雨」、「鷗外博士の追憶」、「硯友社の勃興と道程――尾崎紅葉」など、どれも驚くほど面白い。『明治の文学第11巻、内田魯庵集』(筑摩書房)の編者である鹿島茂いわく――「内田魯庵は明治のベンヤミンだ」)。

 

内田魯庵 「硯友社の勃興と道程――尾崎紅葉」(山田美妙、石橋[中坂]思案、川上眉山、そして尾崎紅葉との交流を回想する。人物が読者の眼前に活き活きと蘇る名文。魯庵は硯友社の面々と親しかったが、政治的なスタンスが異なることから時に批判的であり、嫉妬半分の揶揄も交える。馬琴の硯の水の井戸[中坂下]から書き起こす出だしが絶妙。)

 

内田魯庵 「灰燼十万巻」(明治411210日の丸善全焼の現場に駆け付けて、焼尽した輸入洋書を惜しむ。この時期に丸善がどのような種類の洋書を輸入していたか瞥見できる)

 

内田魯庵 「最後の大杉」(「大杉とは親友という関係じゃない。が、最後の一と月を同じ番地で暮したのは何かの因縁であろう。」で始まる。それ以前から交流はあったが、関東大震災直後、陸軍憲兵隊の手によって大杉栄と伊藤野枝が虐殺されたとき、大杉と内田は同番地の隣人同士であった。)

 

内田魯庵 「駆逐されんとする文人」(「文明とは物質生活の膨張であって、同時に精神生活の退縮である」。 鉄道、電車の発達によって地価が上がり、貧乏文人が都心を追われ、機械印刷の発展によって文人の頭脳活動もが機械的になることを、半分諦め気味に憂う。1913[大正2]5月、『現代』初出。)

 

内田魯庵 「淡島椿岳」(幕末から明治初頭の奇人画家の小伝。六節以降が椿岳伝。 「椿岳は画を売って糊口したのではなかった。貧乏しても画を売るを屑しとしなかった。 [中略] 当時の文人や画家は今の小説家や美術家よりも遥かに利慾を超越していた」。 淡島椿岳・寒月父子については、山口昌男の『敗者の精神史』(岩波書店)でも取り上げられている。)

 

内田魯庵 「くれの二十八日」(魯庵は随筆には優れるが創作はイマイチ。しかしこの短編は例外。女性像が当時としては斬新)

 

内田魯庵 『』()

 

内田魯庵 『』()

 

薄田泣菫 「中宮寺の春」(超短編。晩年斑鳩に隠棲し、その磊落な「雷親父」ぶりで数々の逸話を残した元天誅組志士、北畠治房老男爵を活写。古寺巡礼ものとしては和辻哲郎、堀辰雄などがよく知られているが、泣菫も面白い。他に「西大寺の伎藝天女」「飛鳥寺」などもおすすめ。いずれも短い)。

 

薄田泣菫 「利休と遠州」(茶入れの名器「雲山」をめぐって、冥界の利休と小堀遠州が言葉を交わす)。

 

薄田泣菫 『茶話』(冨山房)。

 

室生犀星 「三階の家」(初めから怪談と思って読んでいれば、それほど怖くもなかったかもしれないが・・・ちょっと無類の怖い話)。「性に目覚める頃」(少年期の回想。毎日お詣りに来ては賽銭泥棒を働く美しい女。結核で夭折した文才ある、女たらしの親友)。

 

正宗白鳥 『自然主義文学盛衰史』(白鳥の語りの妙!)。

 

与謝野晶子 「私の生い立ち」(堺での少女時代の思い出。女学校時代、「早稲田文学」を「せわだぶんがく」と間違って覚えていた話など。)。「産褥の記」1911年の二度目の双子出産の苦しみについて記す――「漸く産後の痛みが治つたので、うとうとと眠らうとして見たが、目を瞑ると種種の厭な幻覚に襲はれて、此正月[19111]に大逆罪で死刑になつた、自分の逢つた事もない、大石誠之助さんの柩などが枕許に並ぶ」。「産後の痛みの劇しいのと疲労とで、死んだ子供の上などを考へて居る余裕は無かつた。・・・実際其場合のわたしは、わが児の死んで生れたと云ふ事を鉢や茶椀が落ちて欠けた程の事にしか思つて居なかつた」。「悪龍となりて苦しみ、猪となりて啼かずば人の生み難きかな」。)。「姑と嫁について」(新聞で大々的に報道された嫁による姑傷害事件を契機に、無教育で旧弊な姑について考える――「僧侶や牧師は非現代的な迷信の鼓吹者であり、そして最も彼ら老婦人に受のよい僧侶や牧師は一種の幇間に堕落している。そしてそれらの老婦人の多数は寺院を嫁の悪口の交換所とし、嫁に食べさせる物を吝んで蓄めた金を寄附して、早晩滅亡する運命を持っている両本願寺のような迷信の府を愚かにも支持しようとするに過ぎない」。)。「新新訳源氏物語」(「私は源氏物語を前後二人の作者の手になったものと認めている・・・」。「前の作者の筆は藤のうら葉で終り、すべてがめでたくなり、源氏が太上天皇に上った後のことは金色で塗りつぶしたのであったが、大胆な後の作者は衰運に向った源氏を書き出した」。「竹河の巻の初めに、この話は亡くなった太政大臣家に仕えた老女房の語ったことで「紫のゆかりこよなきには似ざめれど」と書いてあるのは、前篇を書いた紫式部の筆には及ばぬがということで、注釈者たちが紫の上のことにしているのは曲解なのである。子孫のない紫の上と別の家のこととを比較するのはおかしいではないか」)。「」()。「」()。

 

斎藤茂吉 「日本大地震」192391日の関東大震災を、茂吉は留学先のミュンヘンで知った。正確な情報がなかなか入らずヤキモキした。富士山頂が吹き飛び、伊豆大島が海中に没したという出鱈目な情報もあった)。 「結核症」(1926年。「総じて結核性の病に罹(かか)ると神経が雋鋭(しゆんえい)になつて来て、健康な人の目に見えないところも見えて来る。」、「若(も)し結核性の病で倒れずに、病に罹(かか)りながら五十年も文学者的活動を続けられるものならば、興味あることに私は思ふが、佳境に入れば死んでしまふし、癒(なほ)つてしまへば平凡になつてしまふからやはり駄目である。」)「島木赤彦臨終記」19265月、「改造」。赤彦が如何に皆に慕われていたかがよく分かる)。「」()。「」()。

 

直木三十五 「死までを語る」426ヶ月で書いた貧乏半生記。第14――「一旦読んで忘れたものは、読まずに知らぬのと、丸でちがう。何か、機にふれると、ふっと思出す。必要があると、ああそうだったと思うことがあるし――この点に於て、読んで忘れて、現在零なのと、知らぬから零なのとは、天地のちがいである」。第22――「この下宿へ落ちついたが、下宿から、中学の庭を透して見える、小汚い生垣の、傾いたような家が、夏目漱石氏の旧居で「猫」は、あすこで書いたんだよ、と、藤堂が説明してくれた。汚い下宿であったが、その旧居が見えるのが、誇りのような気がして、そこにいた。」)。「貧乏一期、二期、三期 わが落魄の記」(これまた貧乏自叙伝)。 「ロボットとベッドの重量」(昭和63月発表。近未来SF小説。死に瀕したロボット設計技師の夫が、若く美しく多情な妻のために女性を愛する能力を持つロボットを完成させるが、そのロボットにはもうひとつ恐るべき機能が付加されていた。この当時、すでにロボットの未来についてここまで想像されていたのかと驚く)。『』()。 『』()。

 

中島敦 「名人伝」(何度読んでも抱腹絶倒!)、「弟子」(孔子とその弟子のひとり子路の話。結末は涙なしには読めない。中高の教科書にしばしば掲載される「山月記」「李陵」よりも、この二篇の方がはるかに面白い。ただし教科書に載らないのはそれなりの理由あり) 「狼疾記」(形而上学的貪欲に苦しむ男の話。おそらく自伝的。「女や酒に身を持ち崩す男があるように、形而上的貪慾のために身を亡ぼす男もあろうではないか。女に迷って一生を棒にふる男と比べて数の上では比較にはなるまいが、認識論の入口で躓いて動きが取れなくなってしまう男も、確かにあるのだ」)。『』() 「鏡花氏の文章」(鏡花を絶賛――...私がここで大威張りで言いたいのは、日本人に生れながら、あるいは日本語を解しながら、鏡花の作品を読まないのは、折角の日本人たる特権を抛棄しているようなものだ。ということである」) 「悟浄出世」、「悟浄歎異」(中島版西遊記。内向的な文学青年にありがちな青年期の苦悩と憧憬をよく反映している)。「斗南先生」(周りから自分に似た性格と言われる、失敗者の伯父の晩年の数ヶ月を回想する――「伯父は幼時から非常な秀才であったという。六歳にして書を読み、十三歳にして漢詩漢文を能くしたというから儒学的な俊才であったには違いない。にもかかわらず、一生、何らのまとまった仕事もせず、志を得ないで、世を罵り人を罵りながら死んで行ったのである」)。

 

太宰治 『右大臣実朝』1943年。長篇小説。『吾妻鏡』を基にしながらも、実朝を、執権北条義時とは対照的に、尊王の念の強い将軍として、実朝の小姓による語りを通して描き出す。この歴史小説の魅力の半分は、格上の聞き手を相手にしたその丁重で穏やかな語りにあるが、終末部の実朝の小姓と公暁との対話だけが近代小説的。末尾は『承久戦物語』から実朝暗殺の段を引用して終わる)

 

大峰古日(柳田國男) 「影がたり」()

 

永井荷風 『つゆのあとさき』()

 

永井荷風 『日和下駄』1915年。別名「東京散策記」。大正3,4年の、すなわち震災前の東京風景。第章:7章「路地」:路地生活の効用――「新聞買わずとも世間の噂は金棒引の女房によって仔細に伝えられ、喘息持の隠居が咳嗽は頼まざるに夜通し泥棒の用心となる」。8章「閑地」:東京府中に手つかずの自然が残るのは荷風の嫌いな陸軍のお蔭(?)――「晩秋の夕陽を浴びつつ高田の馬場なる黄葉の林に彷徨い、あるいは晴れたる冬の朝青山の原頭に雪の富士を望むが如きは、これ皆俗中の俗たる陸軍の賜物ではないか」。9章「崖」:団子坂頂の森鴎外の居邸「観潮楼」を訪問。二階の書斎で思いがけず上野の鐘の音を聴き、驚く。鴎外の書斎のありようが興味深い)。

 

種村季弘 『江戸東京《奇想》徘徊記』(初版、2003年。著者死没前年の刊行。朝日文庫版、2006年。種村版日和下駄。よく読み、よく歩き、よく訪ね、一日の仕事の終わりにはちょっと一杯。荷風の詩情はないが、文献情報と洒脱な薀蓄に富む。荷風と違って、物故者含めて友人知己の名前が無数に出てくる。交友の幅広さが分かる。著者の生まれ育った池袋・大塚辺には特に詳しい。東京散策の必携書)

 

岡本綺堂 『三浦老人昔話』(『半七捕物帳』のインフォーマントであった半七老人[仮名]の、そのまた友人である三浦老人が語った幕末期の江戸の実話を集める。「鎧櫃の血」、「置いてけ堀」など怪談じみた話も含む。滅法面白い)。『綺堂むかし語り』(回想録と紀行文を収録。最初の十数編では、綺堂が少年だった明治前期の東京を振り返る。明治半ばにいかに東京の街が激変したかについて詳しい。「御堀端三題」、「ゆず湯」など特に興味深い。残りは日露戦争従軍記、日本各地の紀行文、ロンドンとフランス紀行。大震災罹災とその後の暮らしについての文章も興味深い)。 『修善寺物語』(源頼家の暗殺を主題とする戯曲。新井旅館に残る古い能面にヒントを得た)。「秋の修善寺」(「おいおいに朝湯の客が這入って来て、「好い天気になって結構です」と口々にいう。なにさま外は晴れて水は澄んでいる。硝子戸越しに水中の魚の遊ぶのが鮮かにみえた」――綺堂がしばしば逗留した修善寺の新井旅館にある天平大浴場[国の登録文化財]は、外の池の水面より低い位置に作られている。池に面したガラス窓は水族館の水槽のようになっており、浴槽から遊弋する魚の姿が眺められる)。「春の修善寺」(「秋の修善寺」の続編)。「寄席と芝居と」(明治期の落語と芝居の関係について詳説する。円朝の話の多くが戯曲[狂言]化され、好評を博した。少年期の寄席や劇場体験に基づいて書かれている)。「深見夫人の死」(蛇の呪いに祟られた、広島県のKの町[現広島市河内町か]出身の三好兄妹の不可思議な死をめぐる推理小説仕立ての怪談。短編ながら、話は日露戦争前年に始まり関東大震災翌年にまで及ぶ。後の横溝正史を思わせる) 「読書雑感」(昭和9年。円本、岩波文庫等の各種廉価文庫が出る以前の読書の苦労。郊外の蔵書家を訪ねて本を読ませてもらった際の厚遇冷遇の思い出 。綺堂は震災で雑記帖、日記、蔵書など一切を失った)。「風呂桶を買うまで」(震災で麹町の家を失った綺堂一家は、鬼子母神、麻布十番、百人町を転々とする。各町の湯屋事情) 「十番雑記」(昭和12年発表。二十年前の震災後に一時移り住んだ麻布十番での大正12年末までの慌しい生活について綴った随筆。「十番随筆」には収録されなかったもの) 「九月四日」(大正139月発表。震災1年後に、麹町の家の焼跡を訪れる。一面すすきが生い茂る。幾人かの知人と出会い、罹災後に病死した人が多いを知り、驚く) 「二階から」(大正4年発表。麹町時代の随筆10本と怪談1[妖狐]。震災で焼けた二階の書斎のからの眺め) 「三崎町の原」(現神田三崎町三丁目[水道橋駅の南の地域]は明治初年には陸軍の練兵場で、一面の草原で野犬、追剥ぎが出没した。麹町元園町からそこを通って本郷の春木座に毎月通って芝居を見た思い出)。「一日一筆」(明治4412月、451月発表。兜町の喧騒、先ごろ逝去したヘボン先生の和英字書の思い出、お台場の景色) 「久保田米斎君の思い出」(昭和126月発表。舞台芸術家久保田米斎を忍ぶ長文の追悼文。舞台装置作りの難しさ、苦労) 「はなしの話」(昭和127月発表。歯無しの話。綺堂は生来、歯が弱かった。この年、上の歯は総入れ歯となった。それぞれ満州の野とインド洋に葬られた二枚の奥歯にまつわる回想) 「こま犬」(怪異談。四国讃岐のとある村の荒れ果てた明神跡の、夜啼き石と噂される礎石の上で、二晩続けて隣町の中学校教員と若い女が死んだ。男は病死らしく、女は自殺であった。村の衆がその礎石を掘り出してみると、傍らに立派な狛犬が埋められており、その首には黒い蛇が巻きついていた) 「ゆず湯」(自伝的名品。麹町元園町の隣家に住んでいた兄妹の話。狂女の妹を抱えた大工の徳さんの悲壮な生涯)。「西瓜」(怪異談。風呂敷に包んだ西瓜が女の生首に変わる話と、なぶり殺された西瓜泥棒の老女の呪いをめぐる話) 「鳥辺山心中」(秀忠上洛に付き従った江戸の武士が祇園の店出しの若い遊女お染に同情したがために、同輩の弟を殺すに至る。その結果、お染と鳥辺山で心中する羽目に) 「蜘蛛の夢」(蜘蛛賭博に狂った叔父が一家に悲劇をもたらす) 『五色蟹』(怪異談。伊豆の温泉旅館の浴場で美貌の女学生が溺死する。五色蟹の祟りか) 『青蛙堂鬼談(せいあどうきだん)』12編の怪異談を集める。青蛙堂主人の呼びかけで12人の男女が語る。面白過ぎて、読み出したら止まらない) 「火に追われて」(関東大震災当日の回顧) 「有喜世新聞の話」(京橋築地の土佐堀で大鯔(おおぼら)が網にかかった。その鯔の腹のなかから女文字で「之助様、ふでより」と書かれた手紙の状袋が出た。非常に凝った作りの怪異談。隣家同士の若い男女四人の間の恋のもつれから三人が毒を仰いで[のまされて?]死ぬ。)

 

高浜虚子 「丸の内」(随筆。1923年、虚子は、竣工したばかりの丸ノ内ビルヂング7階の一室を借り、句誌『ホトトギス』の事務所とした。当時の丸の内の状況と、日本最初の大規模オフィス・ビル内部で行なわれていた活動[食堂、郵便配達、物売り、服装と履物、エレベーター、便所掃除、娯楽機関、中庭を舞う黄蝶、日曜日のオフィス]が目に見えるようだ 2階に大丸呉服店、9階に精養軒が入っていた。竣工直後に関東大震災が発生。鎌倉に住んでいた虚子は事務所の様子が気がかりで、横須賀から船で東京へ向かう。東京湾上に浮かぶ戦艦長門で一泊し、缶詰の牛肉とパンの夕食を供される)

 

高浜虚子  「斑鳩物語」(明治40年。紀行文のような短編。珠玉の小品。語り手は法隆寺夢殿南門近くの宿[大黒屋]に泊まる。その宿を手伝う隣家の娘「道さん」。翌日語り手は法起寺の三重塔[706年建立]に登る。三重塔の上から道さんと法起寺の小僧了然の悲しい逢瀬を眺める。道さんが夜機を織る音)

 

高浜虚子 「椿子物語」(人形の贈与をめぐる物語)

 

高浜虚子  『鶏頭』(短編集。「風流殲法」、「」、「」、「」、「」)

 

高浜虚子 『十五代将軍』(短編小説とも随筆との判然としない文章を15篇収録。「十五代将軍」[徳川慶喜との偶然の邂逅]、「店のある百姓家」[自伝。松山時代、維新によって帰農した父親をめぐる思い出] 、「蛍」[紀行文。霞ヶ浦から佐原までの船旅の途中に見た、柳の下に何万匹も群れる蛍]、「老い朽ち行く感」[松山の長兄が住む実家の昔に変わらぬ佇まい]、「仏法僧」[高野山奥の院で真夜中に仏法僧の鳴き声を聞く]、「起きてから船まで」[めずらしくスカトロジカル]、「高野の火」[小説。まるで泉鏡花のような文体。題材についても同様]、「杏の落ちる音」[山口昌夫の名著『魯庵山脈』の冒頭で言及される作品]

 

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高村光雲 『幕末維新懐古談』(岩波文庫。光太郎の父で木彫師の光雲の自伝。この当時の回想記としてはめっぽう面白い。激動期の江戸・東京を背景にした一工人の生活実態が、鮮やかに浮かび上がる。晩年自宅で口述筆記させたもので、それゆえ読み易い。浅草周辺の「名高かった店などの印象」、慶應元年の「浅草の大火のはなし」、「家内を貰った頃のはなし」、本所五ツ目の羅漢寺の「蠑螺堂百観音の成り行き」、木彫りの矮鶏が明治天皇のお目に留まった話、「栃の木で老猿を彫ったはなし」など特に面白い)

 

国木田独歩 『武蔵野』1898年、『今の武蔵野』として発表。当時独歩が寓居していた渋谷村の道玄坂付近は、東京市が終わり、武蔵野が始まる境だった。最後の第9章にその道玄坂付近と思われる描写がある。「春の小川」たる渋谷川が流れていた頃である。今日の渋谷からは想像もできない)。

 

有島武郎 生まれ出づる悩み(『惜しみなく愛は奪う』を先に読んだ人は、この作品にも同じような主題を期待するかもしれないが、少々違う。漁夫画家、木田金次郎をモデルとする小説。芸術か生活かの葛藤に苦しむ若き漁夫画家とのと出会い、作者が想像する岩内の貧しい漁夫の生活。漁師一家が嵐のために危うく遭難しかける部分を描く筆力は尋常ではない。木田は有島の情死後、画業に専念した。) 『小さき者へ』(結核で母を失った三人の子どもたちに遺す書) 『惜しみなく愛は奪う』(第16章、「愛の表現は惜みなく与えるだろう。然し愛の本体は惜みなく奪うものだ。」) 『』() 『』()

 

岡本かの子 「東海道五十三次」1938年。一見自伝風だがまったくのフィクション。親子二代にわたって東海道漂泊の旅に憑かれた作楽井父子の生き方が印象に残る)。

 

八木義徳 「海豹」(二人の青年が戦前の樺太漫遊中に一文無しになり、鮭鱒缶詰工場で働く羽目になる。亡命ロシヤ人貴族とアイヌ女性の間に生まれた混血娘をめぐって二人が競う。著者の処女作だが、驚くべき筆力だ)、「一枚の繪」()、「浮巣」()、「釘」(昔の恥ずかしい言動を思い出すたびに「アチチチ」と言ってしまう主人公。こういうのってありますね)。「風祭」(自伝的小説。庶子である志村伊作が、甲府市近郊の一念寺の父好之の墓を二十二年ぶりに訪ねる。従弟との出会い。東京での異母兄との交流)。

 

島村利正 『奈良飛鳥園』(仏像写真撮影のパイオニアで、奈良の古美術写真館「飛鳥園」創業者、小川晴暘についての実名伝記小説。著者は小川の弟子。奈良の古寺、仏像の愛好家にはたまらなく面白い。恋愛小説の要素もある。とくに飛鳥園創業までの前半が面白い。少年時代の写真修行、写真業と画家志望の葛藤、文展入賞、大阪朝日入社、二人の女性との出会い、アルプス撮影旅行、奈良転居、頭塔の石仏撮影、会津八一との出会い、八一と同伴の春日山石仏撮影、東大寺三月堂の仏像撮影、失恋、下宿先の歳上の未亡人久子との結婚、朝日新聞退社と飛鳥園の創業、「仏教美術」の刊行。)

 

井伏鱒二 「遥拝隊長」(戦後の民衆心理がよく出ている)

 

谷崎潤一郎 『少将滋幹の母』(しょうしょうしげもとのはは。194950年、毎日新聞連載。谷崎の最高傑作のひとつではないだろうか。十一話(章)から成る。平安初期の色好みの歌人平中[平貞文]は、老大納言国経の若く美しい妻[在原氏]とひそかに契りを結ぶ。その自慢話を聞いた左大臣藤原時平が、地位と権勢に任せて、かつ堂々と、この妻を奪い取る[譲り受ける]。その後に、後日談がいくつか続く。その後日談のうち、今昔物語第三十巻所収の話を翻案した平中と侍従の君の話(「その六」)が最高に面白い。スカトロジー文学の傑作だ。亡き芥川龍之介も谷崎に先立ってこの素材を翻案し、「好色」(大正10年、1921年)という短篇を書いているが、明らかに谷崎は芥川に対する対抗心をもってこの部分を書いている。面白い素材をさきにものされたのが悔しかったのだろう。侍従の君は源氏を含む古典文学に登場するどの上臈よりも知的で、機知に富み、魅力的ではないか(伊勢がモデルか?)。「その十一」の、国経と若い妻との間に生れ、早くに母と別れた少将滋幹が、四十年を隔てて、母と再会する最後の場面の美しさは比類がない。女への未練を断つために大納言は自覚的に、平中は知らず知らずに、仏教でいう不浄観[不浄なものを観ずること]を実践するが、結局は失敗する。いかにも谷崎らしい)。

 

谷崎潤一郎 『卍』(まんじ。ちょっと変な大阪弁らしいが、その語りが絶品[岡崎京子の漫画『ヘルタースケルター』の三角関係って、この小説に触発されていないだろうか?]。同工異曲の中篇の傑作「蘆刈」は語りのフレームワークに凝っている)

 

谷崎潤一郎 「白昼鬼語」(エドガー・A・ポウばりの犯罪小説の傑作。どんでん返しに次ぐどんでん返し)。

 

谷崎潤一郎 「秘密」(谷崎の扱う素材はどれも「尋常」ではないが、この短編の場合は際立って異常ではないか。主人公はほとんど発狂寸前と思える。厭世に起因する隠遁、女装しての徘徊、昔の女との邂逅、目隠しをされて人力車で連れ回されるなどなど)。

 

谷崎潤一郎 『細雪』(超大作だが、寝食を忘れて読んでしまうほど面白い。ただ読者が高校生、大学生男子の場合はそうもいかないかもしれない。中年になってから始めて面白く読める作品ではないか。また、一見どうでもよいような細部に対する凝り方が面白い)。

 

谷崎潤一郎 『吉野葛』(紀行文と母恋い小説の複合した作品。紀行文は後南朝の自天王の旧跡巡りに関するもの。映画化すればいいものが出来たかもしれないが、しかしそれも高度成長以前の日本でのロケが必須であったろう)。

 

谷崎潤一郎 『聞書抄、第二盲目物語』(凝りに凝った語りの構造が際立つ。ヘンリー・ジェイムズの「ねじの回転」のプロローグの構造を連想させる)。『盲目物語』(盲人の一人称の語り。『第二盲目物語』に比べてはるかに構造は単純。信長の妹お市に仕えた座頭が語る、お市とお茶々の生涯。座頭弥市がお市の腰を揉む場面、北庄城を落ちるときに茶々を背中に追う場面以外は谷崎とも思えない作品)。

 

井伏鱒二 『珍品堂主人』(中公文庫。ここに出てくる骨董商たち、骨董収集家たちのモデルは誰だろう。小林秀雄?青山二郎?白洲正子?)。

 

堀辰雄  『大和路・信濃路』(和辻の古寺巡礼もいいが、堀のものけっして劣らない。特に海龍王寺と浄瑠璃寺のくだり)。堀多恵子『堀辰雄の周辺』(堀の倍近く長生きした妻による回想録。特に信濃追分時代の交友に関する部分が興味深い)。

 

和辻哲郎 「藤村の個性」(短いが優れた藤村論。「藤村はその少年時代や青年時代を他人の庇護のもとに送り、その年ごろに普通のわがままをほとんど発揮することができなかったのである。それに加えておのれの生家のいろいろな不幸をも早くから経験しなくてはならなかった。無邪気な少年の心に、わがままを抑えるとか、他人の気を兼ねるとかの必要が、冷厳な現実としてのしかかってくる。これは一人の人の生涯にとっては非常に大きい事件だと言わなくてはなるまい」。) 「露伴先生の思い出」(「......なければならない」という言い回しについて先生のいわれたことである。この言い回しがひどく目立って来たのは、ちょうど関東震災前後の時代からであった。」)   「夏目先生の追憶」1916年。没後8日目に書かれた漱石論)。   「京の四季」1934年。十年住んだ京都の四季を、戻ってきた東京で偲ぶ。達意の名文)。   「地異印象記」(迫真的な震災体験記。千駄ヶ谷の自宅で関東大震災を経験。和辻宅は倒壊もせず、火事にもあわなかったが、誰もが下町であのような大火が起こることを予期しなかった。また和辻でさえも放火、殺人の流言を一時的に信じた)。   「四十年前のエキスカージョン」(大正4年か5年、東大の日本絵画史講師滝精一の率いる奈良古寺巡りの修学旅行に、卒業生ながら参加させてもらう。法隆寺駅から15,6[1.6km]を歩いて法隆寺に至る。「昼食は夢殿の近くの宿屋でとった。高浜虚子の小説に出てくる家であったかと思う」とある。「斑鳩物語」を指す。宿屋の名は「大黒屋」。里見クの「若き日の旅」にも「斑鳩物語」への言及がある。明治42年に志賀直哉と共に投宿した)。  「巨椋池の蓮」(昭和25年。「二十何年目か前」、谷川徹三に誘われて巨椋池の蓮を見に行く。夜中の3時に伏見の宿を出て、舟を雇って淀川を下り、夜明け前に花咲く蓮の群落を見て回る。爪紅の蓮、紅蓮、白蓮の群落。「蓮の花の担っている象徴的な意義が、この花の感覚的な美しさを通じて、猛然と襲いかかって来たのである」。「そういう白蓮に取り巻かれてみると、これまで白蓮という言葉から受けていた感じとはまるで違った感じが迫って来た。それは清浄な感じを与えるのではなく、むしろ気味の悪い、物すごい、不浄に近い感じを与えたのである。死の世界と言っていいような、寒気を催す気分がそこにあった」。「ところで、巨椋池のあの蓮の光景が、今でも同じように見られるかどうかは、私は知らないのである」。――巨椋池はその後干拓され、昭和16年には消滅した)。  「麦積山塑像の示唆するもの」1957年。麦積山は5年前の1952年に甘粛省で発見された仏教石窟。名取洋之助の撮影した写真によって、和辻は麦積山の魏の時代の仏像に推古仏の源流を見る。また麦積山の仏像の源流を中央アジアに辿っている)。  「漱石の人物」(和辻は漱石晩年の三年間、木曜会に出席した。早稲田南町の漱石山房の間取り、弟子たちの間の関係、弟子と漱石の関係、漱石一家の表向きの平和などについての観察。弟子に対しては慈父のようであったが、長男純一にとっては気違いじみた癇癪持ちの父親。夫人の回想録によって暴露された夫婦関係の険悪さ)。  「」()。「」()。「」()。「」()。「」()。

 

森茉莉 『贅沢貧乏』()、『恋人たちの森』()。

 

丸谷才一 「年の残り」「贈り物」(映画化すればすばらしい作品になると思うのですが・・・)

 

丸谷才一のエッセイ・書評、『青い雨傘』など。(丸谷さんの書くものなら何でも好きですね。長生きして欲しい)

 

瀬戸内晴美 『インド夢幻』(すさまじい旅行記)

 

村上春樹 『羊をめぐる冒険』1982年。ストリーテラーの本領発揮。第1『風の歌を聴け』、第21973年のピンボール』に続く三部作の完結編だが、青春自伝的で、ほとんど何も起こらない前2作とは大きく異なる。ハードボイルドな探偵小説でもあり、ポストモダン小説的でもある。十二滝村の別荘で主人公が、鼠の読みかけたコンラッドの小説を借りて読む場面がある。表題は明らかにされないが、『闇の奥』だろう。それ続く鼠と会う場面に「闇の奥を眺めた」、「暗闇の奥をみつめた」などのくだりがある。このふたつの小説はよく似ている)。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』1985年。「ハードボイルド・ワンダーランド」の図書館勤めの女との二度の情事の場面が印象に残る。7章における女の食べっぷり。35章の次の一節――「私は目を開けて彼女をそっと抱き寄せ、ブラジャーのホックを外すために手を背中にまわした。ホックはなかった。「前よ」と彼女は言った。世界はたしかに進化しているのだ。」)。『ノルウェイの森』1987年。「死は生の対極としてではなく、その一部として存在している」。『羊をめぐる冒険』とは一転してリアリズム青春小説。しかし、相変わらずの圧倒的な語り。これほど一気に読めた小説も珍しい。内容は深刻だが、随所にユーモアが散りばめられている。緑とレイコの人物造形がこの小説の大きな魅力だろう)。『ダンス・ダンス・ダンス』(『羊をめぐる冒険』の続編。村上は現代作家の中でも極めて反時代的な作家だが、この小説では五反田君の扱い方にそれがよく出ている)。『ねじまき鳥クロニクル』()。『海辺のカフカ』()。『一Q八四』2009年、)、

 

堀江敏幸 『雪沼とその周辺』(新潮社、2003年。架空の町雪沼とそこにひっそり生きる普通の、というかどちらかと言えば不器用な人々をめぐる短編連作。ぐいぐいと読者を引っ張る春樹的ジェットコースター小説とは対照的なスローフード小説。しかし主題的には共通するものを感じる。最初は文体のリズムに慣れないが、いったん慣れるととても心地よい。手の込んだ語りだが、記憶の中以外では、ほとんど何も起きない話ばかり。シャーウッド・アンダソンの『オハイオ州ワインズバーグ』を思い出させるが、そういう連想は野暮というものだろう。)

 

宮本輝 「泥の河」(戦後から東京オリンピック頃までの日本は、どこもこんな感じだった)

 

野坂昭如 『東京小説』(短編集。技巧の限りを尽くして読者の意表を突く。考えに考え抜かれた仕掛けの見事さ。特に「慈母篇」、「相姦篇」、「」が秀逸) 『エロ事師たち』(野坂のデビュー作。ネタの面白さで圧倒されるが、語りの技巧も冴える。この小説、大阪弁でなければ絶対に成立しないだろうが、その理由を考えてみるのも面白かろう。)

 

山田詠美 『ひざまづいて足をお舐め』(偉大なる教養小説。この小説家は超大物です)、 「眠れる分度器」 「ぼくは勉強ができない」

 

増田みず子 『シングル・セル』()

 

辻邦生 『黄金の時刻の滴り』(短編集。語り手と12人の偉大な作家たちとの架空の会見記。語り手が両親を亡くした孤児である場合が多いのが奇妙な特徴。どの章でも、エピグラフを飛ばして読むと、最初は、誰が誰について語っているか分からないが、一定の知識があれば、少しずつ明らかになる仕掛けになっている。――「聖なる放蕩者の家で」:トーマス・マンと思しき紳士が芸術論を展開する幻想小説。ディオニュソス的なるものとアポロン的なものの共存が美を生む。 「永遠の猟人」:ハバナのヘミングウェイ。「死と直面したときにだけ、生を深く生きる――垂直に生きる」。 「丘の上の家」:語り手はフィレンツェの丘に立つモンタナ侯爵夫人の屋敷でサマセット・モームと会見し、二人で、屋敷に集まった人々を素材にして、架空の探偵小説の構想を練る。 「黄昏の門を過ぎて」:語り手はプラハでヘル・ドクター(フランツ・カフカ)と会見し、かつ街で彼のドッペルゲンガーをたびたび見かける。 「小さな食卓で書かれた手紙」:足を挫いたヴィニーの看病のためにアマーストにやって来た少女ルーとエミリ・ディキンスンの交流。 「黄金の時刻の滴り」:語り手とヴァージニアの情熱恋愛を、ベイル氏(スタンダール)が取り持つ。 「青空のかなたに」:書簡体小説。ゲーテのイタリア旅行時代に取材。 「わが草原の香り」: 近親相姦的な愛で姉を熱愛する語り手が、文学を棄てて医者となった姉と共に避暑地にアントン・チェーホフを訪ねる。 「竪琴を忘れた場所」:語り手はリルケの庇護者で、アドリア海に面するドゥイーノ城の所有者マリー・フォン・トゥルン・ウント・タクシスの姪。その実父の死の真相をリルケが語り聞かす。 「花々の流れる川」: 花屋で働く文学好きの娘とヴァージニア・ウルフの交流。 「オリガの春」:トルストイ。 「野分のあと」:漱石の熊本時代の恋。)

 

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大江健三郎  『「雨の木」を聴く女たち』1982年)(連作短編集。冒頭の「頭のいい「雨の木」」には、複数の若い愛人を引き連れたアレン・ギンズバーグが登場する。エンディングはPoe"The System of Dr. Tarr and Professor Fether"のパロディーである。2章「「雨の木」を聴く女たち」、 3章「「雨の木」の首吊り男」、4章「さかさまに立つ「雨の木」」、5章「泳ぐ男――水の中の「雨の木」」)

 

大江健三郎 『美しいアナベル・リー』(大江版『ロリータ』。冒頭の、旧制一高の教養文化を引きずった二人の老人のやり取りに度肝を抜かれる。エリオットと西脇順三郎(とダンテ)をこんな風に小説の出だしに使うのか!。大江が後書きを書いた若島正訳『ロリータ』への言及もある)。

 

井上荒野 『あちらにいる鬼』2019年。白木篤郎、妻笙子、愛人みはるの不思議な三角関係が主題。章ごとに「みはる」と「笙子」が交互に一人称で語る形式。作者荒野自身は「海里」として登場。瀬戸内晴美(寂聴)と井上光晴の出会いと8年間の不倫関係、光晴の病死、その後の妻笙子とみはるの交流、笙子の病死にまで及ぶ。2002年のエッセイ集『ひどい感じ――父・井上光晴』、瀬戸内寂聴の自伝小説等々をベースにしている。寂聴にも直接取材。)

 

瀬戸内晴美 『夏の終わり』1966年。自伝的小説。染色作家知子と妻子ある売れない作家慎吾[井上光晴がモデル]との不倫の愛)

 

瀬戸内晴美 『』()

 

井上光晴 『』()

 

井上光晴 『』()

 

井上荒野 『』()

 

篠田節子 SF短編ベスト』(ハヤカワ文庫、2013年。「子羊」――臓器採取用に育てられているクローン少女M2470年代初期のB級ディストピア映画Logan's Runを想起させる。「世紀頭の病」――28, 9歳になったヤマンバ世代の女たちを、123年の潜伏期間を経て謎の「老衰症候群」という病が襲い、29歳にして本物のババアになって死ぬ。うつされた男たちも勃起不全に陥る。スラップスティック短編。「」、「」、「」、「」、「」)

 

篠田節子 『』()

 

篠田節子 『』()

 

日本の詩歌

与謝蕪村 『蕪村句集』(岩波文庫)

 

小林一茶 『一茶句集』(岩波文庫)

 

R. H. Blyth, Haiku, 4 vols.(俳句の英訳集、北星堂)

 

北原白秋 『思い出』『邪宗門』より、こっちの方がいいと思う)

 

宮澤賢治 『春と修羅』第1集(「真空溶媒」「小岩井農場」

 

会津八一 『自註鹿鳴集』(八一は明治41年、28歳のとき初めて古都奈良を訪れた。それ以降何度かの奈良訪問の際に詠んだ歌を中心にして、大正13年、処女歌集『南京新唱』を出版。昭和15年の還暦には、それまでの歌集を集成して『鹿鳴集』を出す。晩年の昭和28年に、詳細な自註を施した『自註鹿鳴集』を上梓。奈良の古刹や用いられた古語について懇切丁寧に解説している。南都の古寺を訪ねながら読み直したい。西大寺の四天王堂にて「まがつみ は いま の うつつ に あり こせど ふみし ほとけ の ゆくへ しらず も」。中宮寺にて「みほとけ の あご と ひぢ とに あまでら の あさ の ひかり の ともしきろ かも」)

 

吉田一穂(いっすい) 『海の聖母』 

 

安西冬衛 『軍艦茉莉』 

 

西脇順三郎 Ambarvalia(「馥郁タル火夫」の末尾の「脳髄は塔からチキンカツレツに向かって永遠に戦慄する」) 。『近代の寓話』(「粘土」。「夏から秋へ」[「われこおろぎがきこえる故にわれあり」]など)。『』()

 

佐藤惣之助 「洗濯女」「マッチ製造工場にて」「産婆」「青海省」「裁判所にて」「新島にて」「航路標識管理所にて」「古風な強盗団」(歌謡曲「赤城の子守唄」「人生劇場」や阪神タイガースの応援歌「六甲颪」の作詞者として有名だが、忘れられた大詩人。それなのに現行の全集は存在しない。戦争中の昭和18年に出た『佐藤惣之助全集』(全3巻)は「全集」とは名ばかりの、「大東亜戦争」賛美の作品に偏した選詩集。1920年代前半まで(大正年間)の若い頃の作品がすぐれる。彼が戦後正当に評価されていれば、現代詩の流れはかなり違ったものになっていたかも。いつかリバイバルを起こしたい。『日本の詩歌13(中央公論社)(70頁分)は第1詩集『正義の兜』から『怒れる神』まで、詩人の全貌を視野に入れた山室静による優れたセレクション。その脚注において山室は佐藤を一方で「軽佻」、「健康で陽気なサチュロス的人物」、「平俗」などとこき下ろしながらも、佐藤が操る言葉の抗し難い魅力は認めているようである。『日本詩人全集12(新潮社)(60頁分)は前の本と何篇か重複するが、初期から晩年までを視野に入れる。『現代日本名詩集大成5(東京創元社)(65頁分)は、「お伽叙事詩・新女王」を除く『深紅の人』の全篇を収録。この詩集は佐藤の代表作であるが現在は入手困難であり、それゆえこの巻は非常にありがたい。筑摩書房の『現代日本文学大系』41巻は惣之助を含めて8人の詩人を収める。『荒野の娘』(抄)、『季節の馬車』(全)、そして入手が難しい『琉球諸島風物詩集』(抄)を収録しているのはありがたい。川崎市の富裕な雑貨商の次男に生まれる。最初の妻を亡くして後、萩原朔太郎の妹アイと再婚。朔太郎の死(昭和17年)に際しては葬儀委員長を務めるも、その4日後に急死。萩原アイは2年後の昭和19年、昭和初年以来彼女を慕っていた三好達治と再婚するも翌年離別。達治の『花筐』(はながたみ)はアイに捧げられた詩集)

 

三好達治 『測量船』(有名な「雪」という二行だけの詩がありますが、その筆者なりの解釈をご披露すると、実は、この詩には三行目があって「三郎を眠らせ、三郎の屋根に雪ふりつむ」となるのです。その後も、四郎、五郎と続けるうちに読者も眠ってしまうのです。「羊が一頭、羊が二頭...」と同じですね。三好は不眠症だったのだろうか?)

 

佐藤春夫 『魔女』(文語定型律はあまり好きにはなれないが、この詩集だけは別格)『退屈読本』(再版、上下巻、冨山房百科文庫21、冨山房、1979年。大正年間に佐藤春夫が各種の新聞・雑誌に発表したエッセイ、評論、書評、月評、画論、回想など、珠玉の名文を集める)、「女誡扇綺譚」(じょかいせんきだん。1948年。中編小説。エドガー・ポウばりの推理小説。植民地時代の台湾南部が舞台。迷信に囚われた住民たちが幽霊話にしたがる事件の謎を、合理主義者の内地人がデュパンよろしく見事に解明する。言わずもがなの種明かしを省略したエンディングがよい。ポストコロニアル的な諸問題をはらむ)

 

高村光太郎 『典型』『智恵子抄』『道程』で有名な高村だが、晩年のこの詩集がこの詩人の頂点であろう。とりわけ表題詩「典型」)。「山の秋」(戦後、花巻近郊の村はずれの小屋に蟄居し、畑を耕しながら自給自足していた頃の随筆。まるで亡き友宮沢賢治の衣鉢を継ぐかのようだ。農民の飲む火酒について――「そんなのでも村の人たちは酔を求めて浴びるようにのむから、山村の人たちの間では胃潰瘍が非常に多い。胃ぶくろに孔があいて多くの人が毎年死ぬ。酒なしには農家の仕事は出来ず、清酒は高くて農家の手が届かず、やむを得ぬ仕儀ということである」)「山の春」(「ツララは極寒の頃にはあまり出来ず、春さきになって大きなのが下る。ツララは寒さのしるしでなくて、あたたかくなりはじめたというしるしである。ツララの画を見ると寒いように感じるが、山の人がツララを見ると、おう、もう春だっちゃ、と思うのである」)「山の雪」(雪の上に残る動物の足跡についての観察――「キツネの足あとはイヌのとはちがう。イヌのは足あとが二列にならんでつづいているが、キツネのは一列につづいている。そしてうしろの方へ雪がけってある。つまり女の人がハイヒールのくつでうまくあるくように、一直線上をあるく。四本のあしだから、なかなかむずかしいだろうとおもうが、うまい。キツネはおしゃれだなあとおもう」)「ヒウザン会とパンの会」(回想文。「この第一回展で特に記憶に残っているのは、先頃逝去した吉村冬彦氏(寺田寅彦博士)が夏目漱石氏と連れ立って来場され私の油絵や斎藤与里の作品を売約したことである。当時洋画の展覧会で絵が売れるなどと言うことは全く奇蹟的のことで、一同嬉しさのあまり歓呼の声をあげ、私は幾度びか胴上げされた」。その他、吉原の若太夫に一目惚れし通い詰めたこと、雷門のよか楼の女給に入れあげた話など。)「開墾」(戦後自ら蟄居していた花巻郊外の稗貫郡太田村について:「その上、北上川以西の此の辺一帯は強い酸性土壌であり、知れ渡つた痩地である。そのことは前から知つてゐたし、又さういふ土地であるから此所に移住してくる気になつたのである。北上川以東には沖積層地帯の肥えた土地がたくさんあるのであるが、私はさういふ地方の人気のよくないことを聞き知つてゐたのである。野菜などが有りあまる程とれる地方では其を商品とする農家の習慣が自然とその土地の人気を浅ましいものにするのである。此所のやうに自給自足すら覚束ないやうな痩地の所へは買出しの人さへやつて来ず、従つて農人はおのづから勤勉であると同時に悪びれもせず、人間本来の性情を素直に保つてゐる。実際太田村山口の人達は今の世に珍しいほど皆人物が好くてのどかである」)「自分と詩との関係」(自分の中には彫刻への欲求と文学への欲求の二つがあり、彫刻が文学的欲求によって毒されるのを防ぐために、いわばガス抜きのために詩を書くのだと言う。「私の彫刻がほんとに物になるのは六十歳を越えてからの事であろう。私の詩が安全弁的役割から蝉脱して独立の生命を持つに至るかどうか、それは恐らくもっと後になってみなければ分らない事であろう」)「蝉の美と造型」(私はよく蝉の木彫をつくる。鳥獣虫魚何でも興味の無いものはないが、造型的意味から見て彫刻に適するものと適さないものとがある」。「子供は皆この生きた風琴を好む」。「木彫ではこの薄い翅の彫り方によって彫刻上の面白さに差を生ずる。この薄いものを薄く彫ってしまうと下品になり、がさつになり、ブリキのように堅くなり、遂に彫刻性を失う」)「触覚の世界」(「私は彫刻家である。多分そのせいであろうが、私にとって此世界は触覚である」。「人生そのものには必ず裸がある。むしろ、眼を転ずれば人生そのままが既に裸だと言えるのであろう。けれど人間の手に成るものは必ずそうとも限らない。人間の手に成る作品を見て、其中に実存する裸の力に触れるのは愉快である。作られ方の力ではない。又その傾向の力ではない。作られ方も傾向も皆充分考慮に値する。けれども考慮は結局時代に関する。動かし難いものを根源に探る触覚が、一番はじめに働き出す。それの怪しいもの、若くは無いものは掴むとつぶれる。いかに弱々しい、又は粗末らしい形をしたものでも此の根源のあるものはつぶれない。詩でいえば、例えばヴェルレエヌの嗟嘆はつぶれない。ホイットマンの非詩と称せられる詩もつぶれない。そんなもののあっても無くてもいい時代が来てもつぶれない。通用しなくても生きている。性格や気質や道徳や思想や才能のあたりに根を置いている作品はあぶない。どうにもこうにもならない根源に立つもの、それだけが手応を持つ。この手応は精神を一新させる。それから千差万別の道が来る。私にとって触覚は恐ろしい致命点である」)「人の首」(彫刻家の眼から見た人の首[頭部]が持つ千差万別の面白さについて語る――「私は電車に乗ると異状な興奮を感ずる。人の首がずらりと前に並んで居るからである。人間移動展覧会と戯に此を称えてよく此事を友達に話す。近代が人に与えてくれた特別な機会である」)「珈琲店より」(パリ時代。パリジェヌとのゆきずりの一夜)「」()「美の日本的源泉」(戦時中の国家主義者時代の文章[高村は戦時中、日本文学報国会の詩部会会長をつとめた]。国威発揚の意図が見え見えで、全篇読むに堪えない。戦後の岩手時代の書き物と比べるとまるで別人である。まるで狂気の沙汰である。戦前戦後の高村光太郎とエズラ・パウンドを比べると興味深いだろうと思う)

 

金子光晴 『鮫』

 

井伏鱒二 「陸稲を送る」『厄除け詩集』[講談社文芸文庫]所収)

 

田村隆一 『奴隷の歓び』『腐敗性物質』[講談社文芸文庫]所収)、『若い荒地』(初版1968年。講談社学芸文庫、2007年。散文。荒地グループの誕生の経緯を自伝的に記した最初の5章がとても面白い。それ以降の章は当時の詩誌からの引用が大半で、資料としては貴重だが読み物としては退屈)

 

吉増剛造 『草書で書かれた、川』「織物」「スライダー」)。『ことばの古里、ふるさと福生』(講演「ふるさと福生」)。『太陽の川』「ヒロちゃんといった」)。『王国』「木の国」)。『熱風』「絵馬、a thousand steps and more)。

 

辻征夫 『いまは吟遊詩人』 

 

谷川俊太郎 『手紙』(巻頭の「時」)、『詩を読む:詩人のコスモロジー』(思潮社、詩の森文庫、2006年。エッセイ集。「金子光晴」[たった2頁だが愉快この上もない金子光晴讃]「茨木のり子」[「癖」の詳細な分析]「寺山修司」[若き日の二人の親密な友情]「私はこうして死にたい」「私の死生観」などが面白い)、『』()、『』()。

 

茨木のり子 『対話』「根府川の海」「行きずりの黒いエトランゼに」)、『人名詩集』「あそぶ」「トラの子」「古譚」)、『倚りかからず』「お休みどころ」「時代おくれ」「笑う能力」)、。

 

石垣りん 『石垣りん詩集』(現代詩文庫46、思潮社。「女湯」「家」「表札」「落語」「鬼の食事」などがいい)

 

新藤千恵 『』 

 

吉岡実 『サフラン摘み』 

 

正津勉 『死の歌』 

 

長田弘 『食卓一期一会』(食べ物のことを書かせたら右に出る者なし!)、『記憶のつくり方』(晶文社、1998年。散文詩。)、『人生の特別な一瞬』(晶文社、2005年。はやり飲食の詩がいい:「リトリ・イタリーの思いで」「焼酎が好きなのは」。旅の詩もいい:「旅の鞄」)。

 

粕谷栄市 『鏡と街』『化体』 (散文詩。)

 

津村信夫 『愛する神の歌』(堀辰雄、三好達治、立原道造、丸山薫らととも「四季」の創立メンバー。気鋭の抒情詩人として立原道造と並び称された。(『映画と批評』で知られる映画評論家、津村秀夫[1907-1985]2歳上の兄)。1944年、36歳でアディスン病で惜しくも夭折。「夕方私は途方に暮れた」「春の航路から」「山ずまひ」「」「」「」「」「」

 

阪本越郎 『』、 

 

及川均 『』、 

 

天野忠 『』、 

 

黒田三郎 『』、 

 

長谷川龍生 『』 

 

安西均 『安西均全詩集』(花神社、1997年。田村隆一、谷川俊太郎にも劣らない戦後屈指の詩人。大人のための大人の詩人。若いときに読んでも分からないかも。「古代新室寿歌私訳」「鶯」「明月記」「小銃記」「屠殺記」「村の理髪師」、そして「エレベーターの朝」などよく知られたいわゆる不良中年もの)

 

山本太郎 『』、

 

吉野弘 『』、 

 

生野幸吉 『』、 

 

谷川雁 『』、 

 

黒田善夫 『』、 

 

石川逸子 『千鳥ヶ淵へ行きましたか』 

 

白石公子 『ラプソディ』(「てるてるぼうず」[美容院での自分をてるてるぼうずに喩える。「誰かの帰りを/首をつってまっている」というエンディングがサイコー!]、その他に「日常の鬼」、「ぼくといってみたい日」、「新婚生活」)。エッセイ「「ぼく」願望」、「いないと知りながら」、「市ケ谷抄」(『ままならぬ想い』[1989]所収)

 

多田智満子 『』、 

 

堀川正美 『』、 

 

永瀬清子 『永瀬清子詩集』(思潮社、1990年。昭和の屈指の詩人。佐藤惣之助に師事。1960年代までの作品に力強い佳作が多い。「彗星的な愛人」「諸国の天女」「夏至の夜」[惣之助の思い出]「野薔薇のとげなど」「マイダス王」「今日精神病院へ」「私の足」など。晩年の自伝的な「女の戦い」も傑作)

 

穂村弘 『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』(2001年刊。ぶっ飛びの超前衛連作歌集。登場人物:ほむほむ、まみ、ゆゆ、黒うさぎ)『世界音痴』(2002年。とても初めてのエッセイ集とは思えない。こんな面白いものは読んだことがない。どれも3,4頁と短いが、読者を楽します工夫がたっぷり。特に「回転寿司屋にて」、「一秒で」、「あんパン」、「世界音痴」、「ジャムガリン」、「恋の三要素」、「青春ゾンビ」は傑作)

 

辻井喬 『異邦人』(詩集、1961)『叙情と闘争――辻井喬+堤清二回顧録』(著者は詩人・小説家でありかつ西武百貨店を一流企業に育て上げた社長・会長。異色の文人の回顧録・自叙伝。驚くほど面白い。文壇、財界、政界にいかに多くの友人・知己を持っていたかが分かる。多面的な戦後史とも言える。)

 

荒川洋治  『娼婦論』(詩集、1971年。)

 

新倉俊一『転生』トリトン社、2016年。詩による戦後文学論[太宰、西脇、中村真一郎、遠藤、三島、大江]

 

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古典文学、中世文学、ルネサンス文学

 

ギルバート・ハイエット 『西洋文学における古典の伝統』(上下2巻。柳沼重剛訳、筑摩叢書1421969年。Gilbert Highet, The Classical Tradition, 1949)。(研究書。ギリシア・ラテン文学が西洋文学に及ぼした影響を論じる大部の名著。訳書は絶版だが、原著はいま現在もペーパーバックスで入手可。翻訳は極めて読み易い。凄腕の翻訳者である。取り上げる作品作家は、古英語詩『ベーオウルフ』に始まり、『薔薇物語』、『神曲』、ラブレー、シェイクスピア、モンテニュー等々を経て、20世紀のジェイムズ・ジョイス、TS・エリオット、エズラ・パウンドにまで及ぶ。前半部分(訳書上巻)だけでも卓越したルネサンス論として読める。ルネサンス期のイタリア、フランス、イギリス、スペイン、ポルトガル、ドイツの無数の詩と演劇作品が、古典との関連で論じられる。その学識たるや半端ではない。この本の命は永い。まだゆうに50年は生き続ける研究書だ。どんな英文学史の本より面白い。卓越したヨーロッパ文学史としても読める。ジャンル論としては、ノースロップ・フライの『批評の解剖』(Northrop Frye, Anatomy of Criticsm [1957])の先蹤だと思えるが、フライはハイエットに一切言及していない。フライは理論化に忙しいために晦渋だが、ハイエットは百科事典的であり、明快である。)

 

ダンテ 『神曲』Divina Commedia. 寿学文章訳、集英社あるいは野上素一訳、筑摩書房、あるいは平川祐弘訳、河出書房新社)(稀代の読書家ボルヘスは言っています:「『神曲』は私たちの誰もが読むべき本です。これを読まないというのは、文学が私たちに与えうる最高の贈り物を遠慮することであり、奇妙な禁欲主義に身を委ねることを意味します。『神曲』を読む幸福を拒む理由などあるでしょうか」。ヨーロッパ文学の最高峰。大学受験の世界史のために、作者と作品名は誰でも覚える。だが、実際にどれ位の人がこの作品を読むのだろうか。この詩を読まずに終わる人生の何と空しいことか! 寿学訳は格調が高い名訳だが、基本的に文語調なので、慣れないと読みにくいかもしれない。初めて読む人には、平易な現代口語を使った野上訳か、更により平易な平川訳がよいでしょう。漫画好きには、永井豪の漫画版『ダンテの神曲』(上下。講談社漫画文庫)から入る手もあります。ドレの版画に基づいています。永井さんも天国篇は面白くないと見えて、短く端折っています。一番入手し易い岩波文庫の山川丙三郎訳は、日本語が古すぎてとても読めません。一番権威のある文庫がこんな訳をいつまでも出しているのは、ダンテ受容にとってむしろ害悪です。岩波書店さん、どうにかしてください!)

 

Sandro Botticelli, "Ascendance of Dante and Beatrice"

 

ダンテ 『新生』(再読。)

 

ボッカッチョ 『デカメロン』(再読。)

 

ボッカッチョ / ペトラルカ 『ペトラルカ・ボッカッチョ往復書簡集』(岩波文庫)

 

ウェルギリウス 『アエネーイス』(泉井久之助訳、岩波文庫。非常に「モダン」です)

 

『トリスタン・イズー物語』(ベディエ 編、佐藤輝夫訳、岩波文庫。古い話なのに、古臭くない。こういうのを古典というのでしょう)。フランスの騎士物語ではクレチアン・ド・トロワの『ペルスヴァルまたは聖杯の物語』(『フランス中世文学集』第2[白水社]所収)なども驚くほど面白い(マザコンだが無敵の少年騎士ペルスヴァルが精神的に徐々に成長していく話。有名な「漁夫王」の城も登場する)。

 

クリスチャン・ド・トロワ 『トリスタン・イズー』(中世ヨーロッパ最大の詩人の代表作)。

 

ヘロドトス 『歴史』、松平千秋訳、岩波文庫(ギリシア最初の歴史書。リュディア王国[現在のトルコ西部]ヘラクレス王朝の最後の王カンダウレスと近習ギュゲスの話から始まる。カンダウレスは后の美しさを自慢するあまり、ギュゲスに后の裸身を見せる。気づいた后は激怒し、ギュゲスにカンダウレスを殺すか自殺するかの選択を迫る。やむなくギュゲスはカンダウレスを殺し、后と王国を我がものとし、新王朝を創始する。それから五代目のクロイソスの代にリュディアは隆盛を究めるが、デルポイの神託に欺かれ(を誤読し)、周辺国との同盟関係を強化した上でペルシア外征を企てるも失敗し、逆にペルシア王キュロスに首都サルディスにまで攻め込まれ、クロイソスは捕虜となる。このあたり、時折脱線があるものの読み物として現代の読者をも飽きさせない)。

 

プルタルコス  『烈女伝』(「ペルシアの女たち」という章がすごい。昔の女[]たちは怖ろしく強かった)

 

アリストパネス  『女の平和』(たしかに『オイディプス王』はすごいが、ギリシア喜劇の方が肩が凝らないし、素直に愉しめる?)

 

アリストパネス 『蛙』(紀元前405年。筑摩世界文学大系4所収、高津春繁訳、1974年。ソポクレスとエウリピデスの死で、悲劇作者不在となったアテナイに、冥界から悲劇作者を連れ帰るために、作者アリストパネスの分身たるディオニュソス神と従者クサンティアスが旅立つ。前半は二人の弥次喜多もどきのドタバタで滑稽な道行き。後半はプルートーの神殿でエウリピデスと一世代前のアイスキュロスを競わせ、どちらが優れているかをディオニュソスが判定しようとする。勝負は拮抗してなかなか判断がつかないが、最後は苦し紛れにアイスキュロスを選ぶ。後半部は芝居の形を借りた高度な文学批評。当時のアテナイの歴史的、政治的、社会的文脈も複雑に絡む。ギリシア語を知らない現代の読者が十全に理解するのは至難の業。この後半部はギリシア劇のなかでもっとも難解ではないか。このようなものを訳出し得た翻訳者の凄腕や畏るべし!)

 

アイスキュロス 『オレイステイア三部作』(再読。)

 

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ソポクレス 『テーバイ攻めの七将』()

 

エウリピデス 『』()

 

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オウィディウス 『名婦の恋文』(泉井久之助訳。「ペーネロペーからウリクセースへ」、ペネロペイアからオデュッセウスに宛てた手紙など、十数人の古代の貞女が夫、恋人に宛てた愛の手紙)。

 

キケロ 『スピキオの夢』Somnium Scipionis。池田英三訳。対話形式の『国家論』のエピローグ。したがってごく短い。紀元前50年ごろの作品。中世を通じてもよく読まれ、注釋も多く、それゆえテクストが伝わった。しかし、先行する他の諸章は長らく散逸していた。1820年になってヴァチカン所蔵のパリンプセストから全テクストの1/4に相当する部分が発見された。「スピキオの夢」では、スピキオ(小スピキオ)の夢に養祖父の大スキピオが現われ、宇宙の構造、霊魂転生、統治者[貴族]の義務、小スキピオ・アフリカヌスの運命について教え諭し、叱咤激励する。宇宙の構造は天動説に基づくが、中心の地球は正しく球形と認識されている。また12,954年ごとに人間の歴史は振出しに戻り、更新されるというのも、中世のキリスト教的な宇宙観とは異なる。文体はキケロの散文の中でも「比類のない完成度」を誇るものらしい。)

 

ボエティウス 『哲学の慰め』()

 

ユリウス・カエサル 『ガリア戦記』(再読。)

 

タキトゥス 『ゲルマニア』()

 

タキトゥス 『アグリコラ』()

 

プラウトゥス 捕虜樋口勝彦訳)(ローマ喜劇)

 

プラウトゥス 『ほら吹き軍人』樋口勝彦訳)(ローマ喜劇)

 

テレンティウス 『アンドロスから来たむすめ』泉井久之助訳。ローマ喜劇。泉井訳は現代日本語を狂言のリズムに乗せて訳している。したがって、しばしば日本語の意味の単位を無視して七五調で訳さざるを得ず、非常に読みにくい。擬古的な文語で訳した方がまだしも読み易かっただろう

 

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『ロランの歌』(『中世文学集1』 筑摩世界文学大系651962年]所収。)

 

フランソワ・ヴィヨン 『ヴィヨン遺言詩集』(『中世文学集1』 筑摩世界文学大系651962年]所収。)

 

『サン・ヌーヴェル・ヌーヴェル』Cent Nouvelles Nouvelles. (新しい百話、新デカメロンを意味する。ボッカッチョやポッジョからの剽窃も含む。15世紀半ば)。『中世文学集1』 筑摩世界文学大系651962年]所収)。(全51話。騎士たちが代わる代わる語るホモソーシャルな艶笑話[フェミニズムの格好のターゲット]。話に登場する女たちもことごとく好色。おなじく、坊主[修道僧]もことごとく好色。寝取られ亭主の話が多い。中世における騎士階級と聖職者との対立が強調・誇張されている。騎士が語り手なので、訳者の鈴木信太郎は軍記物風の擬古文で訳している。これが猥談にふさわしい滑稽味を出している。鈴木は戦前から渡辺一夫と一緒に輪読していたとのこと。こういう日本語で翻訳できる人はもういない。)

 

J・ノードストレーム著、新倉俊一訳 「中世にあらわれた人間」(『中世文学集1』 筑摩世界文学大系651962年]所収。現代の批評家による論文。ルネサンスの曙光をイタリアにのみ見出し、フランス中世を暗黒時代としたブルクハルトに対する強力な反論。具体的な作品分析に加えて、ホイジンガの『中世の秋』を援用している)

 

『』(『中世文学集1』 筑摩世界文学大系651962年]所収。)

 

ルドヴィーゴ・アリオスト 『狂えるオルランド』(Orlando Furioso. 歌章34 [Canto 34]が大傑作である。この歌章では、アスフォルトがオルランドの狂気を癒すために、聖ヨハネとともに空飛ぶ馬車で月世界に向かう。月面のとある谷間で、アスフォルトは、人間の過失によるか、あるいは月日や偶然の仕業によって、地球上で失われたものを集めた貯蔵庫を見出す。その失われたものとは、まず第一に、華々しく出現するが、少したつともう誰も耳にしない「名声」。次に、不可能なことを求める「誓い」や「祈り」。恋人の溜息と涙。博打や虚飾や無為に費やされた「時間」。怠け者の「やる気」。根拠のない「計画、陰謀、謀略」。金製や銀製の鉤[かぎ]は、廷臣たちがもっと大きな見返りを期待して王侯へ献上した贈り物。肺を膨らましてチーチーと鳴くたくさんのバッタは、金銭目当てに詩人たちがお偉方に捧げたソネット、頌歌、献詞。元の持ち主の名前が貼ってある瓶に詰められ「思慮分別」。瓶いっぱいに詰まっている場合は、その人[オルランドがそれ]は完全に正気を失っている。『神曲』の煉獄篇から天国篇にかけての部分の愉快なパロディー。聖ヨハネはベアトリーチェもしくはウェルギリウス)

 

タッソー 『エルサレム解放』()

 

ロンゴス 『ダフニスとクロエー』(松平千秋訳、岩波文庫。この訳は実は仏訳からの重訳。紀元一世紀から五世紀に流行したギリシア小説と呼ばれるジャンルに属する。一種の貴種流離譚。レスボス島を舞台にした純真無垢な二人の捨て子、山羊飼いの少年ダフニスと羊飼いの少女クロエーの恋愛と成長がテーマ。幼馴染の二人は接吻し、裸で抱き合いながらも性行為というものを知らないが、徐々に目覚めてゆく。ときに隠微なまでのエロティシズムが漂う。結婚までいくつかの妨害に出会うが、善人はあくまで善人、悪人も根っからの悪人ではなく最後には改心する。ギリシアらしく美少年ダフニスに惚れ、わがものとしようとする「男」が登場する。最後に二人の高貴な生まれが証明され、めでたく祝言を上げる。ベッドインの場面を締め括る一文が心憎いーー「ダフニスはリュカイニオンが教えてくれたことを初めてこころみ、クロエーにもこの時ようやく、森で二人がしていたことは、幼い牧童の遊びにすぎなかったことがわかったのである」。リュカイオンは先立ってダフニスの筆おろしをした好色な人妻のことである)

 

ギヨーム・ド ロリス / ジャン・ド マン作 『薔薇物語』(篠田勝英訳、ちくま文庫。この訳は絶版で入手困難。)

 

ジョフリー・チョーサー 『ばら物語』(上掲『薔薇物語』の抄訳。・・・所蔵の唯一の写本で残る)

 

トマス・マロリー作、ウィリアム・キャクストン編 『アーサー王の死』(厨川文夫・厨川圭子編訳、ちくま文庫)

 

フィリップ・シドニー 『アーケイディア』Philip Sidney, ”Arcadia”

 

サンナザロ 『アルカディア』()

 

『オーカッサンとニコレット』(川本茂雄訳、岩波文庫。古い文語訳だが味がある。13世紀初めの歌物語。舞台は南仏。韻文と散文で交互に語られる他愛もない純愛物語。唯一面白いのは、王子オーカッサンとサラセンの王女ニコレットが駆け落ちの旅の途中で立ち寄るトールロール国の、そのありようだ。この国では国王が男子を産み落としたばかりで産褥の床にあり、王妃が戦場に出て、こともあろうにチーズと卵とリンゴの大軍勢と戦っているのだ。これはまるでルイス・キャロルの不思議の国ではないか! とても中世の想像力とは思えない。ペイターが『ルネサンス』で、ルネサンスの先駆と断じたのもうなづける)

 

オウィディウス 『恋愛指南』()

 

『アベラールとエロイーズ』()

 

ペトラルカ 『カンツォニエーレ詩抄』(『ルネサンス文学集』、筑摩世界文学大系741964年)所収。)()

 

『笑話集抄』(『ルネサンス文学集』、筑摩世界文学大系741964年)所収。)()

 

『』(『ルネサンス文学集』、筑摩世界文学大系741964年)所収。)()

 

『』(『ルネサンス文学集』、筑摩世界文学大系741964年)所収。)()

 

マーロウ 『マルタ島のユダヤ人』()

 

ウェブスター 『』()

 

フォード 『』()

 

ミドルトン 『』(エリザベス朝・チューダー朝の劇作家ではシェイクスピアに次いで才能がある)

 

ベン・ジョンソン 『錬金術師』()

 

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ゲーテ 『イタリア紀行』(フィレンツェについての記述が物足らない)

 

ホイジンガ 『中世の秋』()

 

ブルクハルト『イタリア・ルネサンスの文化』()

 

 

松枝茂夫編 『中国名詩選』上中下全3冊(岩波文庫)(美しい日本語訳です。中巻から読みましょう。お薦めは王維「送別」。李白「黄鶴楼送孟浩然之廣陵」。杜甫「贈衛八処士」[杜甫の最高傑作と思います]。下巻の宋詩では蘇軾(そしょく)の「呉中田婦歎」。)

 

吉川幸次郎・三好達治 『新唐詩選』(岩波新書)(唐詩入門の名著)

 

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近現代文学(世界)

ギュスターヴ・フロベール 『聖アントワヌの誘惑』渡辺一夫訳(岩波文庫)(『マダム・ボヴァリー』より面白い。ユング、錬金術、グノーシス、異教に関心のある方にお薦め。ゲーテの『ファウスト』第二部も合わせて読みたい。ミシェル・フーコーが『誘惑』『ブヴァールとペキュシェ』を論じた名著『幻想の図書館』[工藤庸子訳、哲学書房、1991]も必読。「夢見るためには、目をつぶるのではなく、読まなければならない」[19]

 

ゲーテ 『ファウスト』2部、手塚富雄訳(中公文庫)(これもグノーシスに関心があると面白い。グスタフ・マーラーの交響曲第8番で歌詞として使われた)

 

アンデルセン 『即興詩人』(森鴎外訳。途中までは面白く読んだが、長すぎてもう何年も挫折中)

 

エーリッヒ・ケストナー『飛ぶ教室』(池内紀訳、新潮文庫。小学高学年、中学生の時に読みたい本。原著は1931年出版。ナチスにより禁書とされた。ドイツ版の『クリスマス・キャロル』。ドイツの中高一貫校ギムナジウムを舞台に、5人の生徒、舎監、その旧友が繰り広げる物語。生徒の一人にアメリカ生まれで、両親に捨てられたドイツ系・アメリカ人が含まれるのが興味深い。その子がドイツにやって来る経緯からこの小説は始まる)

 

ヘルマン・ヘッセ 『デミアン』高橋健二訳(新潮文庫)(青春の書ですね。ユングにハマった人にもお薦め。ヘッセには、中学・高校で読まされる息苦しい小説『車輪の下』より面白いものが他に沢山あります。中高で『車輪の下』を読ませるのは間違っている。読書嫌いを生むだけです)

 

フリードリヒ・ヘルダリーン 『ヒューペリオン』手塚富雄訳、世界文学体系第77巻(築摩書房)(書簡体小説。これほど心を動かされた小説も少ない。最後の手紙にしびれます。ドイツ・ロマン派の一頂点。作者の名前は従来「ヘルダーリン」と表記されることが多かったが[地獄のダーリンでもあるまいし!]、最後の音節にアクセントを置いて「ヘルダリーン」と呼ぶのが正しい)

 

ETA・ホフマン 『牡猫ムルの人生観、並びに楽長ヨハネス・クライスラーの断片的伝記(反故紙)』(岩波文庫、絶版)(「くるみ割り人形」で有名なドイツ・ロマン派の作家の長編小説。漱石の『猫』のモデル。牡猫ムルは、哲学書を読み、詩を書く天才猫。これは、そのムルの自伝。ところが、匿名の作家が書いた「音楽家クライスラーの伝記」の草稿の裏を使って書いてしまう。それを、原稿の内容などお構いなしの植字工は、表裏も続けて植字して本にしたから、さあ大変・・・)

 

ヨーゼフ・フォン・アイヒェンドルフ『のらくろ者の日記』(『愉しき放浪児』、Aus dem Leben eines Taugenichts, 1826. 英訳題From the Life of a Good-for-Nothing. フレドリック・ジェイムソンの『政治的無意識』で分析対象になったことで、読んだ読者も多いだろう。舞台はオーストリアとイタリア。画家と音楽家が沢山出てくる。能天気な童話のように始まるが、作りが凝りに凝っている。庶民の恋騒動をめぐるメイン・プロットと貴族の駆け落ち騒動をめぐるサブ・プロットがある。伝統的な階級配置が逆転している。そのうえサブ・プロットは、あたかもミステリーのように、最後の大団円の中でようやく全貌を見せる。つまりプロットの裏で何が起こっていたか、読者には最後に明かされる。最後の文は英訳では”... are you talkin of Herr Lionardo?”。川村二郎の邦訳[集英社]では、この後に1頁半の種明かしが続く[原典に複数ヴァージョンあるのか]――推定されるメイン・プロットは以下の通り[作品未読の人は読まない方がよい]――ウィーン近郊の伯爵家の令嬢には相思相愛のイタリア人貴族がいる。そこに、母親[伯爵夫人]が別の縁談を持ち込む。二人は意を決して画家になりすまして駆け落ちする[二人の偽名レオナルドとグイードはダ・ヴィンチとレーニにちなむ。令嬢は男装]。追手が差し向けられる。二人はメイン・プロットの主人公[のらくろ者]をオトリにして、追っ手をまき、ローマに逃げのびる。やがて伯爵夫人の方が折れて、二人の仲を認める。二人はオーストリアに戻り、結婚する。  メイン・プロットについて述べれば、知らないうちにオトリにされた主人公は山の上の城に誘われ、贅沢な生活を送る。主人公の寝室付きの若い美貌の女中が、隣接する女中部屋で鍵もかけずに寝ていることを発見して主人公は驚くが、これも最後に種明かしされる。ローマで知り合った画家にダ・ヴィンチとレーニのコピーを見せられ、主人公がその二人の画家なら最近一緒に旅をしたと言い、馬鹿にされる場面がある。のらくろ者が伯爵家の娘だと思い込んでいる女が、実は門番の娘であることは、注意深い読者にもなかなか分からない。  ジェイムソンは「この不思議なテクストの呪文にかかれば、フランス革命は幻覚だったことになり、ナポレオン世界戦争当時の何十年にもわたる、ぞっとするような階級闘争は、たんなる悪夢のようなものへと、ぼやけ色褪せてしまう」[邦訳262]と評した。)

 

ジュール・ラフォルグ 『ラフォルグ抄』吉田健一訳(名訳です。「ハムレット」の落ちなど最高ですね)

 

アルチュール・ランボー 「酔いどれ船」"Le Bateau ivre" フランス語で読みましょう)

 

フリードリヒ・ニーチェ 『道徳の系譜』、木場深定訳(岩波文庫)(ニーチェでは一番面白かった。ニーチェは一番有名な『ツァラツストラかく語りき』から入ると躓きやすい)

 

ジークムント・フロイト 『モーセと一神教』、渡辺哲夫訳(ちくま学芸文庫)(フロイト最晩年の問題の書。モーセはエジプト人であった。モーセ教は、第18王朝のファラオ、イクナートン[アメンホーテプ4]が創始した一神教であるアートン教を引き継いだものであった。アートン教とユダヤ教はともに死後の生、冥界に対して無関心である。モーセは出エジプトの後、ユダヤ人たちによって殺された。しかしモーセの側近集団であったレビ人らによってモーセ教は復活し、ユダヤ教の基盤となった)

 

ジークムント・フロイト 『文明とその不満』()。

 

アレクサンドル・プーシキン 『エフゲーニー・オネーギン』木村彰一訳(講談社文庫)(韻文小説。ドストエフスキーなどなくても[カラマーゾフなど二度と読みたくない]、これがあればよい。ロシア文学の最高傑作と言ってしまおう。ロシア語が読めたらと思うことしきりです!)

 

アレクサンドル・プーシキン 『スペードの女王』訳(文庫)()

 

ドストエフスキー 『地下生活者の手記』()

 

ポール・ヴァレリー 「海辺の墓地」"Le Cimetiere Marin"フランス語で読みましょう。ハマります)、「若いパルク」("La Jeune Parque") 

 

アレッホ・カルペンティエール 『ハープと影』牛島信明訳(新潮社)(何と美しい日本語となっていることか! 名翻訳者の早過ぎる死が惜しまれる)

 

ガルシア・マルケス 『百年の孤独』鼓直訳(新潮社)、『予告された殺人の記録』(新潮社。最初、今はなき『海』だったかに載ったのを読んだときの衝撃は忘れられない。司法解剖の実態を初めて知った)

 

ホルヘ・ルイス・ボルヘス 「贈賄」『砂の本』所収。短編。大学の人事をめぐる話。人間の心理の裏を衝いています)

 

パトリック・シャモワゾー 『幼い頃のむかし』恒川邦夫訳、紀伊国屋書店、1998年(マルティニク島フォール・ド・フランスに生まれた著者が、街中の木造のあばら家で過ごした、貧しくも、魅惑に満ちた幼年時の思い出を、少年の新鮮な感覚で語り直す。虫殺し、火遊び、雨漏り、鶏、ネズミ退治、豚の飼育、お気に入りの豚マタドール、上水道の敷設、ドクターと薬剤師、髪の毛、サイクロン、お遣い、シリア人商人、乾物屋のマダムなどなど。だがこれは自伝というよりは、「ニノットおばさん」と呼ばれる母親に捧げられた賛歌であろう。クレオール文学の傑作)

 

マイケル・オンダーチェ 『家族を駆け抜けて』藤本陽子訳、彩流社、1998年(小説でもないし、自伝でもない。これは名づけようがない新しいジャンルだ。もっとも嘘っぽい祖母ララとアル中の父親の話が一番面白い。スリランカの政治状況を無視しているというポリティカリー・コレクトな批判があるそうだが、クソ喰らえと言いたい。極上のナラティブはそんな批判など軽く超えてしまう。222頁の「一八九ページ」はやっぱり翻訳者のライセンスで「二二二ページ」としてよかったのでは、藤本さん?)

 

WG・ゼーバルト 『アウステルリッツ』鈴木仁子訳、白水社、2003年(20世紀後半の屈指のドイツ小説。ドイツ・ロマン派を思い出させる禁欲的な幻想性と反近代性。同時に明らかにカフカ的な夢幻性。プラハでの出来事は、おそらくウラジーミル・ナボコフの実際の体験を借用している。そういえば、どことなく『記憶よ、語れ』の雰囲気に似ている。しかしこの小説の最大の魅力は、記憶の迷路と具体的な事物(特に迷路としての都市の細部。帝国主義の遺物としての都市中央駅、近代の大要塞など)への徹底したこだわりだろう。エンディングが絶妙でよい。写真をちりばめた小説は珍しいが、この小説の強力なイメージ喚起力の前には、写真は蛇足に過ぎないのではないか。ただ、これらの写真は、物語のイラストレイションを意図したものではなく、作者のインスピレーションのソースであるのかもしれない。翻訳で本文281頁だが、段落はわずかに3つだけ。数行で段落がかわる、原稿料目当ての、消費至上主義的な、余白だらけの最近の安っぽい小説とは大違いである。訳文がすばらしい。訳者の作者への「愛」が伝わってくる)。『移民たち』鈴木仁子訳(白水社、2005年)。『目眩まし』鈴木仁子訳(白水社、205年)

 

ミハイル・ブルガーコフ 『巨匠とマルガリータ』水野忠夫訳、池澤夏樹編世界文学全集I-05、河出書房新社、2008年(集英社版世界の文学4『ザミャーチン、ブルガーコフ』所収の『巨匠とマルガリータ』の全面改訳。翻訳とは思えないこなれた日本語による名訳。モスクワを舞台にした奇想天外、抱腹絶倒のエピソードと、二千年前のユダヤ総督ポンティウス・ピラトゥスを主人公にした陰鬱な物語が対照をなし、ぐいぐいと読ませる。読者の予見をまったく寄せつけず、最後の最後まで結末は見えない。ポストモダニズム小説の先駆。)

 

ウラジーミル・ナボコフ 『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』富士川義之訳(講談社)(何と魅力的なロシア美人でしょうか!)

 

ウラジーミル・ナボコフ 『カメラ・オブスクーラ』貝澤哉訳、2011年、光文社古典新訳文庫(ベルリン時代にロシア語で書いた小説。本邦所訳。闊達で読み易い名訳。小説中の小説の末尾に訳者の一番の苦心が見られる。ホーンの再登場に読者は驚かされるが、これは周到な伏線によって準備されている。『魅惑者』とともに『ロリータ』の原型。英語版の『闇の中の笑い』[篠田一士訳『マルゴ』]とは異なる部分が多い。)

 

ウラジーミル・ナボコフ 『ロリータ』若島正訳、新潮社。(名訳。たった二か月で翻訳したそうです。もちろんその前に何十年も愛読書だったわけです)

 

アイザック・B・シンガー 『よろこびの日――ワルシャワの少年時代』(1990年、工藤幸雄訳、岩波少年文庫。ナチス・ドイツによってこの世から消し去られたワルシャワ・ユダヤ人街での貧しくも幸福な少年時代を、60代になったシンガーが回想する。最終章の幻想的な「ショーシャ」が絶品だが、これはフィクションであるように思われる。おそらくはホロコーストの犠牲になったショーシャに捧げる鎮魂歌ではなかろうか)

 

ザッヘル=マゾッホ  『毛皮を着たヴィーナス』(種村季弘訳、河出文庫。本物の小説。サドの四流ポルノ小説など遠く及ばない。加えて、恐るべき名訳である。)

 

ペトリュス・ボレル シャンパヴェール悖徳物語(世界幻想文学大系第21巻。川口顕弘訳。身も凍る残酷な話ばかり。人間はここまで背徳的になれるのか。「解剖学者ドン・ベサリウス」は澁澤瀧彦による翻訳[沖積社]もある。)

 

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ギイ・ド・モーパッサン 「墓」(ローマンティク・アゴニーの作家モーパッサン。恋愛の暗黒面に執着した作家。この小品は恋人の墓をあばくというロマン主義によくある主題だが、結構、心動かされる。「狂人日記」はペトリュス・ボレルを想起させる。「狂女」には実話と思わすリアリティーがある)

 

ギイ・ド・モーパッサン 『女の一生』(永田千奈訳、光文社古典新訳文庫。翻訳であることを忘れされるこなれた日本語が読みやすい。特に珍しくもない不幸な女性の一生だが、主人公ジャンヌの夫ジュリアンとその不倫相手の伯爵夫人の死にざま[殺され方]がすさまじい。主人公がまだ幸福な時代の以下の一節は、不思議に印象的である――1章末「船頭の一人がジャンヌたちに歩み寄り、魚を見せた。ジャンヌはこの男から舌平目を買った。自分でこの魚をレ・プープルの家までもち帰るつもりだった。重い魚を運ぶうちにジャンヌは疲れてきた。魚のえらに父の杖を通し、二人がかりで運んでいくことにした。」)

 

ギイ・ド・モーパッサン 「羊飼い落とし」()

 

ギイ・ド・モーパッサン 『脂肪の塊・テリエ館』(青柳瑞穂訳、新潮文庫。「脂肪の塊」は有名なモーパッサンのデビュー作。普仏戦争直後のフランスの世相、社会の断面がよく分かる。しかし個人的には「テリエ館」の方に好感が持てる。娼婦五人を抱える娼館のマダムが、彼女たちを引き連れて、田舎の姪の聖体拝領式に参列する話。訳者青柳瑞穂の日本語がすばらしい。えも言われぬ、うっとりするような日本語だ。)

 

ギイ・ド・モーパッサン 『モーパッサン短編集(1)(青柳瑞穂訳、新潮文庫。名訳者による短編集。フランス文学の同一作品に翻訳が複数あるときは、私は迷わず青柳瑞穂訳を選ぶ。)

 

ギイ・ド・モーパッサン 『モーパッサン短編集(2)(青柳瑞穂訳、新潮文庫)

 

ギイ・ド・モーパッサン 『モーパッサン短編集(3)(青柳瑞穂訳、新潮文庫)

 

ギイ・ド・モーパッサン 『』()

 

バルザック  「グランド・ブルテーシュ奇譚」(宮下志朗訳グランド・ブルテーシュ奇譚(光文社古典新訳文庫、2009)所収。(けっして珍しくもないフランス貴族の残酷さが主題だが、周到な語りのテクニークが冴えわたる)。「ことづけ」(相手に屈辱感を与えずにお金を貸すために嘘をつく貴族の細やかな心遣いが主題であろう)。

 

バルザック 『ペール・ゴリオ』()

 

バルザック 『従妹ベット』()

 

バルザック 「サラジーヌ」()

 

テオフィル・ゴーティエ 「ポンペイ夜話」()

 

テオフィル・ゴーティエ 「クラリモンド」(岡本綺堂訳。)

 

テオフィル・ゴーティエ 『魔眼』()

 

テオフィル・ゴーティエ 「死霊の恋」()

 

テオフィル・ゴーティエ 「スピリット」()

 

テオフィル・ゴーティエ 『モーパン嬢』()

 

アンドレ・ジッド 『狭き門』(青春小説、悲恋小説。高校、大学時代に読みたい本。アリサ、ジュリエット姉妹と、従兄弟のジェロームとの三角関係。村上春樹の『ノルウェイの森』から性表現を抜き去ると、この小説にそっくりという感じがする)

 

アンドレ・ジッド 『法王庁の抜け穴』()

 

アンドレ・ジッド 『』()

 

マルセル・プルースト 『スワン家の方へ』()

 

JK・ユイスマン  『さかしま』(À rebours 澁澤龍彦訳、河出文庫。自然主義小説を小説とすれば、これは百科全書的「反小説」。あるいは元祖引きこもりの架空自叙伝。引きこもりの原因はブルジョア嫌い。第3章:ラテン文学論。ウェルギリウスを嫌悪し、ペトロニウスの『サテュリコン』を賛美。第4章:大亀を買って、宝石を鏤めた黄金の鎧をまとわせ、東洋風絨毯の上を這わせて悦に入るデ・ゼッサント。急に痛み出した虫歯の臼歯を、庶民相手の歯医者に抜かせて、死ぬほど痛い思いをした話は抱腹絶倒。第5章:絵画論。デ・ゼッサントのお気に入りは、モローの「サロメ」と「まぼろし」。これもさもありなん。その他のお気に入りは、ヤン・ロイケンJan Luykenの『宗教的迫害』、ロンドルフ・ブレダンRondolphe Bredinの『死の喜劇』Comedie de la Mortと『よきサマリア人』、オディロン・ルドン。第6章:16歳の少年に娼婦を買ってやり、犯罪者に仕立てようと企てるも失敗。歯医者事件でもそうだが、デ・ゼッサントは道化を演じさせられている。この作品全体もあまり額面通りに読み過ぎてはならないのかもしれない。第7章:宗教論。第8章:熱帯植物狂い。食虫植物。関係した娼婦が植物=梅毒に化する悪夢。この挿話は傑作。第9章:絵画論。ゴヤ、媚薬、女曲芸師ウラニア嬢の思い出、女腹話術師。第10章:香水学。第11章:ロンドン行きを思い立ちパリまで出るも挫折し、フォントネエに戻る。これまた滑稽な挿話。第12章:書物論、ボードレール論、フランス文学論、カトリック文学批判、サディズム論。第14章:同時代フランス文学論。ヴェルレーヌ、コルビエール、アンノン、ド・リイル、ポオ、ド・リラダン、マラルメ、第15章:音楽論、神経症の悪化、浣腸による滋養摂取、ブルジョア批判。医者の命令によりパリに転居を強いられ、人工楽園生活は終わる。これまた滑稽な結末。この小説はブルジョア嫌いの貴族の失敗に次ぐ失敗を嗤う滑稽小説でもある)。

 

ディドロ 『ラモーの甥』()。

 

ディドロ 『ダランベールの夢 他四篇』(新村猛訳、岩波文庫、1958年。「ダランベールとディドロの対談」「ダランベールの夢」「対談の続き」「或哲学者と***元帥夫人との対談」「肖像奇譚」を収める。プラトンに倣ってすべて対話形式。ダランベールは当時最高の数学者でディドロの親友。執筆年代は17681774年。分子論の発達、細胞分裂、進化論、フロイト、そしてDNA発見の遥か以前である18世紀に生きる最高の知性が、ルクレティウス的原子論(唯物論)と機械論に基づいて、物質と生命の違い、人間の自己同一性、生命発生の謎について演繹的思考を展開する。この200年間には多くのパラダイム転換があったとはいえ、ディドロの思想にはモダンの萌芽が確実にあり、今日でも読むに値する。というかモダンを理解するには必須とも言える。ときに猥雑で、風刺的で、ユーモラスであり、したがって文学的でもある。訳注も合わせて読まないと十全な理解は難しい。訳者は「肖像奇譚」を先に読むことを推奨しているが、むしろこれは読む必要がない。収録の順序で読んでいくのがよい。)。

 

フランツ・カフカ 『審判』1980年代のスコセッシの映画After Hoursの原作はこれだと思う)。

 

フランツ・カフカ 『城』()。

 

フランツ・カフカ 『アメリカ』()。

 

トーマス・マン  「幻滅」(語り手はヴェニスのサン・マルコ広場でひとりのイギリス人に話し掛けられる。これが如何にも典型的なイギリス紳士のイメージなのだろうか)。

 

トーマス・マン 『魔の山』(高橋義孝訳、新潮文庫。スイス・アルプス山中のダヴォスにある結核療養施設[サナトリウム]を舞台にした長編)。

 

ヴィルヘルム・イェンゼン 『グラディーヴァ――ポンペイの幻想小説』(1903年。フロイトが「『グラディーヴァ』における妄想と夢」[1907]で分析対象としたことで知られる。このフロイトの論文はマリー・ボナパルトによって仏訳され、それを読んだパリのシュルレアリストのあいだに熱狂を引き起こした。ちなみに、このドイツ語小説は、先行するテオフィル・ゴーチエの幻想小説Arria Marcella (1952)[邦訳題「ポンペイ夜話」、『死霊の恋・ポンペイ夜話』岩波文庫、所収]にそっくりである)

 

ヨハンナ・シュピリ  『ハイディ』(1880-81年。Johanna Spyri[1827-1901]. 原題はHeidis Lehr- und Wanderjahre [ハイジの修行および遍歴時代]及びHeidi kann brauchen, was es gelernt hat[ハイジは使うことができる、習ったことを]。ゲーテのビルドゥングスロマンに倣った作品。5歳から10歳までの成長を描く。聖書のなかでハイディが一番好きなのはルカ伝の「放蕩息子」の喩え話で、これは「アルムの伯父さん」の回心とも関わっている。高畑勲監督のTVアニメ『ハイジ』(1976年)はキリスト教色を完全に排除しているらしい。またハイジは最初から最後まで5歳のままらしい。このアニメは松永美穂著『アルプスの少女ハイジ』(100de名著シリーズ、NHK出版、2019年)によれば、スペイン、ドイツでは吹き替えでTV放映され、好評だったが、スイスでの放映は見送られたとのこと。漱石の『坊ちゃん』をスイス人がアニメ化して、日本で放映した場合のことを考えれば、これは納得がゆく。

 原作では「アルプスの少女」ではなく「スイスの少女」と呼ばれる。都市(フランクフルト)と自然、ドイツのブルジョワ階級とドイツ語圏スイスの農民、都市生活者の神経症、自然や温泉の治癒力の発見、鉄道の発達とスイスの観光化の始まりなど、歴史学的、社会学的、政治経済学的な観点も分析に持ち込める作品。

 アルムの伯父さんはペーターが連れた山羊たちを軍隊に見立て、からかいまじりにペーターを「将軍」と呼ぶ。ブルジョワ階級ではないゆえの劣等感のためにブルジョワ以上にブルジョワ的価値観を体現しているハウスキーパーのロッテルマイアー嬢(中年女性)以外には、悪役は登場しない。児童文学にふさわしいが、その点が文学との違いだろう。シュピリに触発されたかもしれないイギリスのバーネットの、ほぼ同じ主題の『秘密の花園』[The Secret Garden, 1910]の方が、児童文学より大人の文学により近いだろう)

 

サンテグジュペリ『夜間飛行』1931年。夜間飛行による航空郵便[エアメール]事業の黎明期。南米に進出したフランスの航空郵便会社が舞台。主人公はアルゼンチンの首都ブエノスアイレスに事務所を構える会社の社長。チリとパタゴニアとブラジルからそれぞれ郵便飛行機がブエノスアイレスに向かっている。上首尾なら午前2時にヨーロッパ行きの別便に三か所から集まった郵便を積み替えるのだが、パタゴニア発の飛行機の到着が悪天候のために遅れている。太平洋からアンデスを越えて東進して来たハリケーンに飛行機は翻弄されているのである・・・。ジッドが序文でいうように現代の悲劇的叙事詩。この時代まだ飛行機は夜間飛行のための万全の装置を備えていない。飛行機はパイロットと無線技士の2人乗り。夜間飛行はジャイロスコープと高度計だけがたより。無線機もまだ原始的。キャノピーがないので、驚くべきことに2人の意志疎通は筆談のみで、ままにならない。資本の論理の冷徹さひしひしと感じさせる小説。わずか2時間の出来事を視点を変えながら、緊密な構成で描いている。アン・モロー・リンドバーグ著のNorth to the Orient1935年。邦訳『翼よ、北に』中村妙子訳 みすず書房 2002 と合わせて読むと一層興味深い。)

 

『』()

 

近現代文学(英米)

[イギリス]

『澁澤瀧彦文学館−脱線の箱』、筑摩書房、1991年。(1718世紀イギリスの奇書『憂鬱の解剖Anatomy of Melancholy』(ロバート・バートン著)の部分訳[恋愛病理学]と、『壺葬論』(トマス・ブラウン卿著)の邦訳を収める貴重な本。)

 

ホレス・ウォルポールHorace Walpole 『オトラント城奇譚The Castle of Otranto』 1764年。英語も平易。ゴシック小説の原点だが、ゴシック小説好きには、どこがゴッシクなのか分からないだろう。冒頭のシーンがショッキング。オトラントはブーツの形をしたイタリア半島のかかと部分にあるアドリア海に面した風光明媚な町)

 

アン・ラドクリフAnn Radcliffe  『ユードルフォーの秘密The Mysteires of Udolpho (英語は美辞麗句が多く、読みにくい)

 

アン・ラドクリフAnn Radcliffe  『イタリアの惨劇The Italian 訳(ユードルフォーよりは平易)

 

マシュー・グレゴリー・ルイスMatthew Gregory Lewis 『僧侶The Monk1796年。)

 

ジェイン・オースティン 『プライドと偏見』Pride and Prejudice [1813]。一度読み始めたら止まらない。もちろん、やや古い英語[admitの代わりにownを用い, complacencecomplaisanceの意味で用いる、等々]も出てくるし、この小説のさわりである、DarcyElizabethの会話などは、とても一筋縄ではいかない。18世紀末のジェントリーの社交生活がどういうものだったかよく分かる。主題は、年頃の娘たちの結婚問題。まあ、その点では小津安二郎の映画とよく似ている。ただ、この小説は主人公の男女の愛憎についての物語であると同時に、それを取り巻く何組もの女と女の間の愛情あるいは憎悪の物語でもある。上等なウィット、辛辣な皮肉に満ちている。英文学史上の傑作とされるが、ElizabethDarcy以外の登場人物はみなステレオタイプ的であり、戯画的であり、メロドラマ的である)

 

ジェイン・オースティン 『マンスフィールド・パーク』()

 

ジェイン・オースティン 『エンマ』()

 

ジェイン・オースティン 『ノーサンガー・アビー』()

 

ジェイン・オースティン 『説得』()

 

 

シャーロット・ブロンテ 『ジェイン・エア』Jane Eyre, 1847

 

シャーロット・ブロンテ 『ヴィレット』Villete, 1853

 

シャーロット・ブロンテ 『』()

 

メアリー・シェリー 『最後の男』Mary Shelley, The Last Man [1826])(未来小説。24世紀の世界に謎の疫病が流行し、人類は一人の男を残して絶滅する。語り手がナポリ近郊の洞窟で見つけた古い「シビュラの書」に、遥か未来の惨事が予言されているというフレームワークが、ポーの「ユリイカ」や「メロンタ・タウタ」を想起させて興味深い

 

メアリー・シェリー 『フランケンシュタイン』Frankenstein 1818])()

 

『』()

 

エミリー・ブロンテ 『嵐が丘』田中西二郎訳(新潮文庫)(Wuthering Heights (1848)。何とも激しい恋愛でしょうか。ヒースクリフの死顔の描写が忘れらない。ヴィクトリア朝のブルジョア社交界とは真逆の、ホッブズ的な自然状態にある人間同士のぶつかり合い。ヒースクリフを自然災害[natural disaster]と看破した批評家は誰だったか? キャシーのセリフ――「ネリー、あたしこそがヒースクリフなのよ!」["Nelly, I am Heathcliff"]

 

ウォルター・スコットSir Walter Scott, "My Aunt Margaret's Mirror"(舞台はエディンバラ。夫が大陸での戦闘で行方不明になった貴族の妻とその姉が、不明者の居所を言い当てることで評判の、パドゥア出身のイタリア人ドクターを訪ねる。遠く離れた場所で起きていることが映る魔法の鏡に、若い金持ちの娘と重婚しようとする寸前の夫が映る。Phantasmagoria。(まるでタイムトンネル)。たまたま居合わせた義弟が重婚を阻止しようと決闘をいどむ・・・  その話に到達するまでの前段が非常に長い。話の中に話がある。入れ子状態)

 

ウォルター・スコットSir Walter Scott, "Phantasmagoria"(若い息子を持つ未亡人。軍人志望の息子の将来を懸念する母親に、軍人だった縁者の亡霊が現われ、息子の未来を予言し、息子の意思に任せるように告げる。軍隊に入った息子は出世し、母親を看取ったはるかのちに、長寿を全うする)

 

ウォルター・スコットSir Walter Scott,  『アイヴァンホー Ivanhoe (リチャード獅子心王の時代のイングランドを舞台とする歴史小説。ノルマン・コンクエストによってイングランドの支配階級となったノルマン人と、没落を強いられた土着のサクソン人との対立が物語の背景をなす。獅子心王が黒い騎士として、ジョン失地王が悪役として登場する。ロビン・フッドを思わすヨーマンも。かつては英文学の代表作のひとつだったが、イギリスでも日本でもあまり読まれていない。近頃は手ごろな新しい邦訳もない。しかし非常によくできた作品で、ぐいぐい読ませる。中世の人物、風物の描写がきわめて緻密で、まるで映画を観ているようである(実際何度も映画化されているが、どれも原作の足元にも及ばないだろうことは確実)。とくに前半の馬上槍試合の場面がすばらしい。人物造型にも一切手抜きがない。とくにWambaは英文学史上でも屈指の道化ではないか。スコットが天才であることが実感できる。まったく古さを感じさせない作品だが、近頃読まれないのには理由がある。スコット自身はけっして反ユダヤ主義者ではないだろうが、この中世を舞台にしたロマンスでは、ノルマン人支配者階級によるユダヤ人蔑視と迫害、そして程度は劣るがサクソン人のユダヤ人蔑視が随所で描かれる。『ヴェニスの商人』のシェイクスピア同様、スコットが、愚弄されるユダヤ人を描くことで読者を愉しませようとしているのは確かである。)

 

ウィリアム・メイクピース・サッカリーWilliam Makepeace Thackeray 『虚栄の市Vanity Fair: A Novel without a Hero』(中島賢二訳、岩波文庫)(1847年。英語も読み易い。才女であり悪女であるベッキー・シャープの成り上がり物語。これほど面白い小説も珍しい。Beckyが最初に誘惑するAmeliaの兄Josephは超肥満体[メタボ]。東インド会社に勤めており、インド勤務から帰ったばかりだが、当時、インド勤務を終わったのイギリス人の多くが超肥満になって帰ってきたという)

 

ジョゼフ・コンラッドJoseph Conrad 『闇の奥The Heart of Darkness中野好夫訳(岩波文庫)(最後の章は原文で30回は読んだ。ミソジニーな(misogynous)小説だ。女嫌いのエリオットが惚れ込んだのも分かる。中野好夫訳は太平洋戦争開戦直前の1940年の出版だが、斎藤一著『帝国日本の英文学』(人文書院、2006年)は、西洋人による西洋植民地主義批判であるジッドの『コンゴ紀行』『闇の奥』の翻訳が、いかに日本の南方進出の正当化を準備したかを論じている。)

 

ジョゼフ・コンラッド 『ロード・ジム』()

 

ジョゼフ・コンラッド 『ノストローモ』()

 

トマス・ハーディー 『ダーバーヴィル家のテス』『テス』井上宗次、石田英二訳、岩波文庫)(名にし負う名作。やはりハーディーは偉大だ)

 

オスカー・ワイルド 「幸福の王子」(小学校のときの愛読書。王子の用を言い付かる燕が哀れだった)

 

ロバート・ルイス・スティーヴンソン『宝島』(Robert Louis Stevenson, Treasure Island [1883](小学校のとき二度読んだ唯一の本だが、それ以来読んでいない)

 

ジェイムズ・フレイザー『金枝編(縮約版)』1922)(ネミの祭祀王。共感呪術[sympathetic magic]、類感呪術[homeopahic magic]、感染呪術[contagious magic)

 

ジュリアン・バーンズ 『フロベールの鸚鵡』斎藤昌三訳(白水社)

 

ヴァージニア・ウルフ 『オーランドー』(杉山洋子訳、国書刊行会。『灯台へ』はさっぱり面白くなかったが、この「はちゃめちゃな」小説はおそろしく面白い。同じ著者とは思えない。翻訳もおそろしく上手い)

 

ジョージ・マクドナルド 『リリス』(George Macdonald, Lilith(1895). 荒俣宏訳、月刊ペン社、1976年。ちくま文庫、1983年。『ナルニア年代記』のCS・ルイスにも大きな影響を及ぼしたスコットランドの児童文学、幻想文学作家の代表作。父の屋敷を相続した若いヴェイン氏は、書斎司書レイヴン氏の亡霊に導かれて、屋敷の屋根裏部屋にある鏡から、本が死者であり、書斎司書が墓守であるようなパラレルワールドに入り込む。冒頭からぐいぐいと読者を引き込み、読むのが止められなくなる。リリスはユダヤの伝説ではアダムの最初の妻。荒俣訳は名訳だが、ときどき誤訳がある)

 

ジョージ・マクドナルド  「鏡中の美女」(短編。岡本綺堂訳あり。「鏡にうつっている部屋のうちには、彼女の眼を()いた物はないらしかった。そうして、最後に彼を見るとしても、彼は鏡にむかっているのであるから、当然その背中しか見えないわけである。鏡のうちに現われて いる二人の姿――それは現在の部屋において彼がうしろ向きにならない限り、彼と彼女とが顔を見あわせることが出来ないのである。しかも彼がうしろを向け ば、現在の部屋には彼女の姿は見いだせないのである。そうなると、鏡のうちの彼女からは、彼が(くう)を見ているように眺められて、眼と眼がぴったりと出合わないために、かえって相互の心を強く接近させるかとも思われた。」)

 

ロバート・グレーヴズ 『さらば古きものよ』(工藤政司訳、岩波文庫、上下、1999年。原著Goodbye to All That [1929])。(ロバート・グレーヴズはイギリスの詩人、作家。オクスフォード入学直前に第一次大戦が勃発し、従軍し、西部戦線で塹壕戦を体験した。第10章から第25章までが、数ある第一次大戦従軍記のなかでも傑作とされる。戦争の凄惨さ、残虐さをこれほど仮想体験できる本も珍しい。第1章は家系、第2章は父母のこと。第3章はパブリックするスクールまでの学校生活。第4章はドイツの親戚、特に祖父のこと。第5章はウィンブルドンの実家での生活。第6章〜第8章はパブリックスクール、チャーター・ハウス・スクールでの苦い思い出[イギリス作家の自伝にはありがち])。第9章はジョージ・マロニー[後に世界的な登山家となり、エベレスト登頂中に行方不明となる。1999年になって遺体が発見されるも、まったく腐敗していなかった]らとの登山体験。第26章は除隊と妻ナンシーの最初のお産と結婚生活。第27章はオクスフォード入学と大学生活。第28章はTE・ローレンスとの出会いと友情[グレーヴズは1927年に有名なT. E. Lawrence and the Arabsを書いている]。第29章は妻と雑貨店を経営するも失敗する話。第31, 32章では、王立エジプト大学の英文学教授として赴任するも、短期間で辞職しイギリスに戻る。 「エピローグ」では数十年後の時点から、その後の人生を短く振り返る。

 

ロバート・グレイヴズ 『アラビアのロレンス』(小野忍訳、平凡社、1963年。T. E. Lawrence and the Arabs, 1927)()

 

ロバート・グレーヴズ 『ギリシア神話』(高杉一郎訳、紀伊国屋書店、上下、1973年。Greek Myths [1955])(太古に母権制が存在したことを前提とした立場から書かれた特異なギリシア神話論。厳密な学術書ではけっしてない。半分以上、詩人の想像の産物だが、めっぽう面白く、説得力がある)

 

ロバート・グレーヴズ 白い女神』(The White Goddess [])()

 

ヘンリー・ジェイムズ 『アスパンの恋文』The Aspern Papers 行方昭夫訳、岩波文庫。ジェイムズ入門には、「デイジー・ミラー」や「ねじの回転」より向いているかも。舞台はヴェニス。文学研究者・編集者が主人公という珍しい小説。悔いの残る、ほろ苦い結末がよい。最後がロマンティックな結末だったら、この作品は台無しだっただろう。そのような結末を望む読者を裏切るところが、ジェイムズらしさ、新しさなのだろう。でも映画化されたら、ミス・ティータが幸せをつかんで終わるのだろうな)

 

コナン・ドイル 『失われた世界』The Lost World [1912]。これも小学校低学年のときの愛読書。その時読んだのは、多分、翻案した児童用。四方田犬彦に倣って、40数年ぶりに、今度は原語で再読した。あまりに面白くて、あっという間に読了。四人の登場人物の性格が、それぞれの話す英語の違いによって書き分けられている。話者のMaloneはアイルランド人だが、もっとも標準的な英語を話す。Professor ChallengerProfessor Summerleeは誇り高く、慇懃無礼な科学者の英語。Lord Johnの英語は、スポーツマン貴族の英語だろうが、これが一番分かりにくい。明らかにコンラッドの「闇の奥」[1899]を意識して書かれている。どちらも「女嫌い」(ミソジニー)を共有している。男だけの冒険譚だから、当然、ホモ・ソーシャルな小説。コンラッドの小説の象徴主義性の方はまったく共有していない。プラトー上でのApe-menIndiansの戦いは、多分、1968年のアメリカ映画『猿の惑星』にヒントを与えている。黒人Zamboが白人に心の底から忠実な召使である一方で、スペイン人とインディオとの混血児たちが邪悪な存在として描かれているところに、この時代の人種主義が表れている。子供頃から、高い塔の頂上に一人取り残される悪夢に悩ませされてきたが、ひょっとしたらこの小説を読んだ影響だったかもしれない。)

 

HG・ウェルズ 『タイムマシン』(The Time Machine [1895])()

 

ジョージ・オーウェル 『一九八四』(George Orwell, 1984 [1948])()

 

オルダス・ハクスリー 『すばらしい新世界』(Brave New World [1932]1960年代ヒッピーの愛読書)

 

ブラム・ストーカー 『ドラキュラ』(アイルランド作家による小説。1897年。6人の登場人物の手紙、日記、電報などによって構成される作品。当時最新のテクノロジーが随所に顔を出す。タイプライター、電報、電話など。Dr. Sewardは日記をつけるのに当時売り出されたばかりのエジソンの蠟管式蓄音機を用いる。オランダ人医師はアムステルダムとロンドンの間を短時間に何度も往復する(蒸気船+鉄道)。5人のチームがドラキュラ伯爵を追ってオリエント急行で黒海沿岸まで赴くのに要するのは3日に過ぎない。ドラキュラ伯爵は召使も家来も持たない。城に招待した客のために自らベッド・メイキングし、料理を作る。恐ろしい吸血鬼だが、こんな滑稽で哀れを誘う場面もある。ドラキュラ伯爵は黒海沿岸から船でイギリスを目指す。その船中で乗組員を一人残さず殺すという恐るべき挿話があるが、映画『エイリアン』はこの部分のリメイクかも知れない。はわざわざルーマニアからロンドンに進出したドラキュラ伯爵の餌食になるのはたった一人の女(Lucy)に過ぎない。)

 

ブルースチャトウィン 『パタゴニア』()

 

ブルース・チャトウィン 『パタゴニア、ふたたび』『パタゴニア』より、この続編の方が面白かった)

 

ブルース・チャトウィン 『ソングラインズ』()

 

ラドヤード・キプリグン『プークが丘の妖精パック』(金原瑞人他訳、光文社新訳文庫。再評価が進んでいるキプリングの代表作のひとつ。児童文学だが、英国の小学高学年向けだろうか。大人も十分楽しめるし、歴史の復習にもなる。ローマ支配期のブリテンの話が面白い)

 

[アメリカ]

ヘンリー・デイヴィッド・ソロー 『コッド岬』(代表作『ウォールデン』より面白いかも。私的には最終第10「プロヴィンスタウン」が興味深い。それまでのアメリカ史では等閑視[隠蔽?]されてきたピルグリム・ファーザーズ以前の、フランス、スペイン、そしてオランダ等による北米の探険と殖民の歴史に光をあてることによって、間接的ながらピューリタンの歴史イデオロギーを批判しているように思われる。後のウィリアム・カーロス・ウィリアムズの『アメリカ気質』In the American Grain(1925)を先取りしている)

 

ヘンリー・デイヴィッド・ソロー 『ウォールデン』(飯田実訳『森の生活』上下、岩波文庫。名訳です。ソローの代表作。第1「エコノミー」だけでも読んで欲しい。ユーモアと皮肉に富む。資本主義産業社会を蝕む病は根が深い。第2章「住んだ場所と住んだ目的」の最初数頁は途方もない冗談です。冗談の分からない生真面目な読者には難解かも。)

 

エドガー・アラン・ポウ 「ランダーの別荘」"Landor's Cottage"。幻想的な風景庭園めぐり)

 

Edgar Allan Poe, "Eureka"(形而上学の部分は別にして、当時の文学者が天文学についてどれだけ知り得たかが分かり、興味深い)

 

Edgar Allan Poe, "The Unparalled Adventure of One Hans Pfaall"(ヴェルヌの『月世界旅行』にインスピレーションを与えた作品。離陸直後の事故を克服する場面には20世紀末の映画さながらのスリルがある。眠っている間に地球の重力圏から月の重力圏に移行するのだが、ウェルギリウスに連れられてダンテが地球の中心を通過する場面を思い出させる。しかし今日の科学からすると、当然ながら馬鹿げた記述も多い)

 

Edgar Allan Poe, "The Balloon-Hoax"(当時の読者のなかには、これを読んで気球による大西洋横断が成功したと思い込んだもの者いたという。凝った作りで一息に読ませる佳作)

 

Edgar Allan Poe, "The Man That Was Used Up"(インディアン討伐のヒーロー、スミス将軍の正体は・・・? ロンドンからティンブクトゥーまで気球の定期便が飛ぶ未来世界。でもアメリカ合衆国は依然として抵抗するインディアンと戦っている。まるで「ロボコップ」のような話。将軍の黒人召使に対する差別が甚だしい。アンソロジーとかにはまず絶対入らないだろう)

 

Edgar Allan Poe, ""()

 

Richard Dana, Jr., Two Years Before the Mast (1840年に出版され、ベストセラーとなり版を重ねた。メルヴィルの『白鯨』の先駆。小説形式を取るが、実質はノンフィクション。作者にも小説家であるという意識は全くなく、これが最初で最後の文学作品。その後は弁護士になっている。1835年、Harvard Collegeを病気でドロップアウトしたインテリが一介の水夫として貨物船に乗り組み、ケープホーン周りで太平洋に出て、カリフォルニアで牛皮獲得を目的とする商業活動に2年間従事する。『白鯨』以上に、19世紀初めの奴隷同然の水夫の生活実態がよく分かる。作者の動機も、海上での船長のtyrannyと搾取の告発にあった。帆船操船用語が頻出し、ときに辟易させられる。それがいまだに邦訳の出ない理由だろう。水夫の生活実態に加えて、メキシコ統治時代のカリフォルニアがどんな風だったかも一瞥できる。とくに第21章の"California and Its Inhabitants"が興味深く、遠からずアメリカに併合されるだろうことを予感させる。1864年版以降には"Twenty-four Years After"と題されたあとがきが追加されている。1859-60年にデイナは世界一周旅行をしているが、その手始めに、18598月、パナマ地峡のパナマ鉄道経由で、蒸気船でカリフォルニアを訪れている。このあとがきはその記録であり、サンフランシスコを拠点に、南はサン・ディエゴまでのカリフォルニア沿岸を再訪し、関係者と再会している。Two Yearsで有名になったデイナは各地で名士として歓迎を受けた。1836年にはPresidio(要塞)とMission Doloresの他には掘立小屋一軒しかなかったサンフランシスコはその後の金鉱の発見で一変し、1859年には人口10万人大都市に変貌していた。因みに翌年18603月には咸臨丸で福澤諭吉がサンフランシスコを訪問しているが、諭吉が目にした町は、デイナがあとがきで記述しているサンフランシスコである。デイナは旅行客に開かれたばかりのヨセミテも訪れている)

 

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ナサニエル・ホーソン 『緋文字The Scarlet Letter(12章がよく出来ている。ボストン村の真夜中。ウィンスロップ総督死去の夜。漆黒の闇の中の晒し台にディムズデール、へスター、パールの親子が立つ。流星の光で一瞬あたりが昼間のように明るくなる。近くに居合わせたチリングワースは、晒し台の上の三人を目撃する)

 

ナサニエル・ホーソン 「美の芸術家」"The Artist of the Beautiful" 大橋健三郎訳、河出書房)

 

ナサニエル・ホーソン 『七破風の屋敷』The House of the Seven Gables 大橋健三郎訳、筑摩書房)(世界文学的に見れば突出した傑作とは言えないが、第18章「知事ピンチョン」だけは稀に見る異常な章だ。居間の椅子に座ったまま動かぬピンチョン判事を語り手は一昼夜観察する。しかし、ここにはクリフォードの30年間の独房暮らしが一日に凝縮して暗示されてはいないだろうか。それにしても、ホーソーンには「生きられなかった人生」という主題が何度か出てくる。一方で、19世紀半ばのアメリカの風物も活写されていて、とても面白い――乗合馬車、貸し馬車、鉄道、電信、行商人、手回し風琴等々。舞台となったセイレムの古い家は、20世紀になって復元され、町一番の観光名所となっている)

 

Nathaniel Hawthorne, Blithedale Romance (1852年出版。これも傑作とは言えないが、Zenobiaの水死体を川底から引き上げる最終章がすごい。『七破風』の第18"Governor Pyncheon"と同じくらい異常な章ではないか。ホーソンの死体描写へのこだわりは尋常ではない)

 

Nathaniel Hawthorne, "Alice Doane's Appeal"1835年発表。作家志望の一人の若者が、二人の若い女性[ElizabethあるいはMary Peabody 、後に妻になったSophia Peabody?]を連れて、SalemGallows Hills[魔女裁判の犠牲者たちが処刑された刑場跡。2016年に科学的調査によって実際の処刑場が東隣のProctor's Ledgeであることが判明し、翌年には記念碑が設けられた]に散策に訪れ、自作を読み聞かせる。[最後に双子と判明する]兄弟とその妹の近親相姦的な愛憎関係と殺人の物語。双子[ドッペルゲンガー]の殺人事件という点ではPoe"William Wilson"(1839)を思わせる。曖昧な語りの手法を含めて、William FaulknerAbsalom, Absalom!Henry SutpenによるCharles Bon殺しにも似ている。また兄妹の近親相姦的な愛という点ではThe Sound and the FuryQuentin CompsonCaddyの関係にも似ている)

 

Nathaniel Hawthorne, "The Main Street"1849. クランクを回すと動き出す機械仕掛けの「紙芝居」装置を発明したshowmanが、弁士をかねて、Naumkeag [Salem]のメインストリート風景を見せながら、入植から1717年の大雪までの、百年間のピューリタンの歴史を、25セントの料金を取って客に見せる。後のスライド・ショー、映画の前身。最初の植民者Roger ConantからEndicottの過酷な統治、Quakersの到来、インディアン戦争、魔女裁判の被告たちの処刑を経てガードナー将軍の葬儀まで。)

 

Nathaniel Hawthorne, "The Select Party"(高い山中の空中楼閣のような豪邸[]でアレゴリカルな貴顕だけ集めたパーティーが開かれる)

 

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Nathaniel Hawthorne, ""

 

ハーマン・メルヴィル 「煙突物語」杉浦銀策訳(『乙女たちの地獄』下巻、国書刊行会、"I and My Chimney")(へんてこな話だが味がある)

 

ハーマン・メルヴィル 『白鯨』千石英世訳(講談社学術文庫)(ぐいぐいと読ませる名訳です。恐いくらいに読み易い)(最初にこれを読んだのは阿部知二訳でしたが、恐ろしく読みにくかったですね。読了するのに2週間もかかったような気がします。こんな退屈な小説が、どうして名作なのかとも思いましたね。今はかなり違う意見ですが。最後に「棺桶」のお陰でイシュメイルひとりが生き残るというのがすばらしいアイデアですね。私的な勘ですが、この小説を構想する最初の段階に、このアイデアがメルヴィルの頭の中にあったのだと思いますね。つまりこの場面を演出するために、それ以前のストーリーが書かれたと?)

 

ハーマン・メルヴィル 「エンカンタダス--魔の島々」"The Encantadas or Enchanted Isles" 「エンカンタダス」はスペイン語で魔法にかけられた島々を意味し、ガラパゴス諸島のこと。これはその島々を舞台にした短編集。冒頭の詩的想像力の飛翔には、文字通り「魅せられる」: "Take five-and-twenty heaps of cinders dumped here and there in an outside city lot; imagine some of them magnified into mountains, and the vacant lot the sea; and you will have a fit idea of the general aspect of the Encantadas, or Enchanted Isles."")

 

ハーマン・メルヴィル 「ベニトー・セレノー」(身も氷る問題作。"the chalky comment on the chalked words below, 'Follow your leader.'"

 

ハーマン・メルヴィル 『イスラエル・ポッター』Israel Potter 独立戦争に取材した一種の冒険活劇小説、歴史小説。メルヴィルの小説の中で一番読み易いのではないか。ロンドンの貧民窟でのどん底生活と、マサチューセッツ西部のバークシャーズ郡の美しい自然との対比が印象的。エンディングが読者の涙を絞る。ポッターがパリでベンジャミン・フランクリンと面会する章におけるフランクリンの描写が目を引く。なお、ポッターは実在の人物で、フランクリンの遺品にはポッターからの手紙が含まれる)

 

ハーマン・メルヴィル 『レッドバーン』Redburn [1849]. リヴァプールを初めて訪れたレッドバーンが街をうろつくうちに偶然、開業したばかりの世界最初の旅客鉄道マンチェスター・リヴァプール鉄道のリヴァプール駅の威容に接する。現在のリバプール駅の次の駅Edge Hillの近くにあった。丘を開削した地下に造られた駅。当時は排気用の巨大な煙突が二本立っていて、イスラム教のモスクを想わせた。世界遺産に登録されてもおかしくないが、現在は廃墟。"Liverpool", "Edge Hill", "railway"でグーグル画像検索されたし)

 

ハーマン・メルヴィル 『ホワイト・ジャケット』White-Jacket, 1849. Redburnと同様に著者自身が「金を稼ぐために書いたやっつけ仕事」だと言っているが、そんなことはない。尊敬するデイナのTwo Years before the Mastを強く意識した、至極真面目な「社会派」小説。ペルーからホーン岬をまわってヴァージニアに帰還する合衆国軍艦が舞台。海軍の悪しきむち打ち刑[flogging]の慣習を、合衆国憲法論まで開陳して告発した作品)

 

ハーマン・メルヴィル 『マーディ』Mardi 失敗作という定評だが、50章あたりまでは海洋冒険小説として非常に面白く読める。)

 

·  ハーマン・メルヴィル 「ピアザ」"Piazza", 短編。「ピアザ」はベランダのこと。最初読んだときはあまりにも難解でさっぱり分からなかった記憶があるが、数年前に再読したときには案外とすんなり読めた。不思議だ。望遠鏡的、光学的、ピクチャレスク美学的な仕掛けが凝りに凝っている。Grey Lock山頂に住む女は本当に生きた人間なのか?

 

ナサニエル・ウェスト 『孤独な娘』丸谷才一訳(Miss Lonelyhearts (1933) ポストモダン小説を先取りする傑作。Miss LonelyheartsとボスのShrikeの関係は、JoyceUlysses StephenBuck Mulliganの関係を思い出させる[コリン・ウィルソンも『夢見る力The Strength to Dream』のなかで同じことを言っている]Harold BloomThe Breaking of the Vessels (1982)のなかで、Miss LonelyheartsprecursorMiltonParadise Regainedであると言っている。丸谷訳の邦題は誤解を招く。『ロンリーハーツ嬢』あるいはカタカナで原題のまま『ミス・ロンリーハーツ』とすべき)

 

ウィリアム・フォークナー 『八月の光』加島祥造訳(新潮文庫)(より前衛的な『アブサロム!アブサロム!』を最高峰とする人も多いが、これこそフォークナーの最大傑作) 

 

ウィリアム・フォークナー 『行け、モーゼ』大橋健三郎訳(フォークナー全集16、冨山房)(でも有名な「熊」はいただけませんね。できの悪いtall taleじゃないかと思う。熊が巨木のように倒れる最後の場面など滑稽過ぎて・・・) 

 

ジャック・ケルアック 『ザ・ダルマ・バムズ』The Dharma Bums)中井義幸(講談社学芸文庫。同訳者による『ジェフィ・ライダー物語』の改訳。『オン・ザ・ロード』もいいけど、こっちが好きかな)

 

アニー・ディラード 『アメリカン・チャイルドフッド』柳沢由実子訳(パピルス社)

 

JD・サリンジャー 「ゾーイー」『フラニーとゾーイー』野崎孝訳、新潮文庫)(サリンジャーの傑作。狭小空間(ここではバスルーム)を描かせるとサリンジャーの右に出るものはいない。フラニーの抱えている問題以上に、ゾーイーのそれは深刻だ。ゾーイーの方が心配になる)

 

J. D. Salinger, Raise High the Roof Beam, Carpenters (これもタクシーという狭小空間が舞台。都会小説の白眉)

 

バーナード・マラマッド 『魔法の樽』(「天使レヴィン」:度重なる不幸に見舞われた男の祈りに答えて彼の目の前に現われた天使レヴィンは、黒人だった。「弔う人々」:アパートの管理人とトラブルを起こし、屋根裏部屋から追い出されれそうになるケスラーの人生とは。表題作の「魔法の樽」:花嫁を探すラビの卵とユダヤ人結婚仲介業者の話。)

 

エドワード・アビー 『砂の楽園』越智道雄訳(東京書籍)(Desert Solitaire1968)何度も読んだ数少ない本のひとつ。特に第5"Polemic: Industrial Tourism and the National Parks"の自動車文明の批判は痛快。環境文学の傑作であると同時に、ビート・ジェネレーションの文学でもあろう。アーチズ国立公園(ユタ州)に行ってみたい!)

 

ウィリアム・リースト・ヒートムーン 『ブルー・ハイウェイ』真野明裕訳(河出文庫)William Least Heatmoon, Blue Highways。マンハッタンのブロードウェイに立つ27階のコンドーミアムで読んだ。日本では人気がないが、これはケルアックの『路上』を完全に越えている)

 

Carl Sagan, Broca's Brain: Reflections on the Romance of Science 1979年。1974-79年に発表したエッセイを集めた本。科学とテクノロジーに関するエッセイ集。科学の可能性について、核戦争による人類破滅の危機意識を背景にして語っている。惑星探査に関するものが多い。電波による地球外知性探査を展望するエッセイは、後の小説Contactに直結する。Paul Broca19世紀のフランスの解剖学者。大脳の運動性言語中枢領域を発見した。"Broca's area"と呼ばれている。冒頭のエッセイでは、セーガンがパリの人類博物館を訪れ、資料庫の奥に眠るフォルマリン漬けのブローカの脳と対面する)

 

カール・セーガン 『コンタクト』 Carl Sagan, Contact: A Novel [1985])池央耿、高見浩訳(新潮社)(原書の文章がすばらしい。冒頭のモトローラ製のラジオを修理するエピソードは、理工系小説家にしか書けない。映画版[1997年]ではワームホールを旅行するのはジュディー・フォスターひとりだが、原作では7人。)

 

アーサー・C・クラーク 『幼年期の終わり』Arthur C. Clark, Childhood's End [1952, rev. ed. 1990])(20世紀後半のSF宇宙小説の古典とされる。三部構成。仮に、各部を先行する作品・思想になぞらえるとすれば、第1部はHG・ウェルズの『宇宙戦争』、第2部はオルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』、そして第3部はメアリー・シェリーの『最後の男』となるだろうか。思弁的、形而上学的な第3部は、19世紀のエマソンの脱人間思想やそれを継ぐニーチェの超人思想を想起させるが、個人的には蛇足の感が強い。この小説は第1部で終わってよかったのではないか、と正直思う。なお、"Overmind"の概念は明らかにエマソンの"Oversoul"を意識している。)

 

AE・ヴァン・ヴォークト 「遥かなるケンタウルス座」A. E. van Vogt, "Far Centaurus"(1944).  『目的地:宇宙! Destination: Universe!』所収。人工冬眠薬と原子力宇宙船によって、地球に一番近い恒星ケンタウルス座のα[4光年]を目指して、4人の男たちが旅立つ。500年後に到着してみると、すでに地球人類によって植民地化されているのを発見し、驚く。その間に科学が急速な進展を遂げ、地球からケンタウルス座までは、たった3時間の旅となっていたのである。男たちはこれから何をすべきか途方に暮れる。微生物がいないはずの宇宙船内で死体が腐臭を発するというのは、おかしい。500年間、故障も劣化もしない宇宙船について、自動修復装置だとか何らかの説明ができるはず。植民地の人口が190億といのはあまりに非現実的。また地球・ケンタウルス座間が3時間というのも同様。せめて3か月位にできなかったか。ハッピー・エンディングには、科学的にも小説的にも無理がある。英語は平易だが、三流SFにありがちな月並みかつ杜撰な文体。全く味わいがない。アイデアのすばらしさだけが際立つ)

 

Harry Bate, "Farewell to the Master"(1940. 1951年公開のモノクロSF映画The Day the Earth Stood Stillの原作だが、映画とはかなり内容が異なる。人類は既に2隻の宇宙船を建造し、1隻は火星に到達している。ある日、ワシントンDCのスミソニアン博物館わきの空き地に忽然と異星人の宇宙船[時空航行機]が出現する。宇宙船の中から神々しい異星人と背丈8フィートの巨大な緑色がかったロボットが現れる。異星人は友好的な態度でKlaatuと名乗り、ロボットの名はGnutだと紹介する。地球の代表団と会見しようとしたとき、樹上にいた狂信者に狙撃されKlaatuは死亡する。遺体はTidal Basinのなかに造られたピラミッドに埋葬される[以下略]。ユニークなのは、録音された声から死んだ生命のコピーを作り出す装置が登場すること。KlaatuGnutが地球に来た目的は最後まで明かされないが、最後にロボットが発する"You misunderstand, I am the Master"が読む者の意表を突く)

 

ラヴクラフト 「時間からの影」H. P. Lovecraft, "The Shadow Out of Time"(1936)。晩年の作品。ラヴクラフトにしては出来がいい。5年間のあいだ、The Great Raceと呼ばれる異星人[Yithians]の一人に肉体を乗っ取られ、その精神だけ、1.5億年も昔の別の場所[オーストラリアのThe Great Sandy Desert]に住む異星人の肉体に閉じ込められる男の物語。末尾の地下遺跡の探検とそこからの帰還の部分が、狭所恐怖症の人間にとっては、息苦しくなるほどの迫力とスリルがある。しかし、1.5億年前の都市の遺跡が残っているというは超非現実的。数千年でも無理がある。せいぜい数百年とすべきだったろう。主人公のThe Library Cityへの瞬間移動が、ナルニア物語の『魔法使いの甥』[1955]中の、The Wood Between the Worldsから、女王Jadis[後のThe White Witch]が支配する国Charnへの瞬間移動を想起させる。)

 

ドン・デリーロ 『ホワイト・ノイズ』森川展男訳(集英社)(White Noise )(抱腹絶倒!)

 

Charles Frazier, Cold Mountain (1997) (Pulitzer賞受賞作。南北戦争の南軍の脱走兵とその恋人を主人公とする歴史小説。ノースカロライナを舞台に、脱走し徒歩で同州西部の故郷Cold Mountainに帰るInmanの苦闘と、恋人の帰りを待つAdaの苦しい生活が章ごとに交互に語られる。Home Guardという組織の脱走兵、徴兵忌避者への残酷さが際立つ。またこの頃の南部が、西部劇の西部と何ら変わらぬ無法地帯であったことが分かる。この小説を読むと百年前のStephen Craneの南北戦争小説The Red Badge of Courageが子供だましに見える。)

 

ウィリアム・ギブスン&ブルース・スターリング 『ディファレンス・エンジン』(William Gibson & Bruce Sterling, Difference Engine [1990])。(現実には未完成に終わったチャールズ・バベッジ[Charles Babbage]設計の、蒸気駆動の計算機「階差機関Difference Engine」が完成され、長足の進歩を遂げ、19世紀半ばのイギリスがコンピュータ社会になっているという、トンデモなSF小説。猟奇的な殺人が頻発するので心臓の悪い人にはお勧めできない。バベッジの階差機関は多項式の対数表を計算・印刷する純粋な機械式計算機であったが、19世紀前半の製造技術では完成させられなかった。20世紀末[1989-91年]に復元され、バベッジの設計が正しかったことが証明された)

 

スティーヴ・エリクソン『黒い時計の旅』(柴田元幸訳、白水社。長くて複雑で奇想天外だが、おそろしく面白い。フォークナーとカフカとナボコフを掛け合わせたような小説だ。)

 

その他の本

クルト・ブラウプコプフ 『マーラー:未来の同時代者』酒田健一訳(白水社、1974年)

 

ウィリアム・ジェイムズ 『宗教的経験の諸相』(岩波文庫)

 

四方田犬彦 『月島物語』(集英社文庫)(突然、月島の長屋に住むことになった著者が、体験と文献の両面から、1980年代末から90年代初めの月島と佃について語る。東京の「下町」について書かれた本で、これほど面白いものも珍しい。かつて司馬遼太郎の『本郷界隈』[「街道をゆく」シリーズ]に驚嘆したものだが、四方田氏の本に比べるとブッキッシュに見えてくる。なにしろ佃祭では半纏と半タコで神輿を担いでしまうのだ。脱帽)、『ハイスクール1968』(新潮社、2004年。19684月に始まる著者の高校生活の記録。高校3年間をこれほど濃密に生きた生徒がいたとは! 教育大附属駒場高校におけるバリケード封鎖事件をひとりの当事者として振り返る第5章は圧巻である。ただし、すごい本に変わりはないが、なぜか後味がよくない。[友人と呼ばれた鈴木晶は「ほとんど嘘」と一蹴している]。記憶を文献や知人の証言等で訂正しながら記述する方法は、大岡昇平の自伝『少年』に倣っている。大岡氏の自宅があった渋谷宇田川町付近は、高校時代の四方田氏のstamping groundであった。講談社文芸文庫版の『少年』の解説は四方田氏が書いている。) 『ソウルの風景』(岩波新書、2001年。主として1979年と2000年の2回の韓国長期滞在の経験に基づいて、韓国社会の激変の諸相を、鋭い観察眼に加えて、韓国の映画・アニメ・文学等についての該博な知識によって、描き出す。友人宅で20年を隔てて見聞した中秋[秋夕]の儀礼のこの間の変化、光州事件犠牲者の二つの対照的な共同墓地を訪ねる話、1979年滞在時に心ならずも半日だけKCIAに協力する羽目になった話、元従軍慰安婦の共同住居を訪ねる話など、興味深いエピソードに富む。林権澤監督の映画『祝祭』、李清俊著の短編連作『南道の人たち』などの紹介もあり。近くて遠い隣国を知るための絶好の入門書。)

 

宮本常一 『忘れられた日本人』(岩波文庫)(柳田國男以降の最大の民俗学者にして日本全国の農民に慕われる百姓「世間師」。「対馬にて」(江戸の昔から続く民主的な寄り合い。だがデモクラシーとは違う)、「名倉談義」(愛知県名倉村の五人の古老が村の歴史を方言で語る)、「女の世間」(村の女たちの猥談)、「土佐源氏」(橋の下にすむ盲目の老乞食が語るヰタ・セクスアリス)、「梶田富五郎翁」(周防大島久賀出身のメシモライが語る漁民の生活と対馬での漁村作り)など、古老自らが語る人生の物語[ライフ・ヒストリー]。昔の貧しい日本人はこういうふうに生きていたのだ。網野善彦『「忘れられた日本人」を読む』(岩波書店、2003年)は宮本の著作を賞賛しつつ、一方で批判的に読み直した好著。網野歴史学の入門書としても最適)、『民俗の旅』(宮本常一の自伝。特に、渋沢敬三との師弟関係や11,12章の戦中戦後の農業指導の話が興味深い)、『塩の道』3部構成。第1部の「塩の道」の「塩木」の話が興味深い。第2,3部には、西日本と東日本における馬の使い方の違い、稲作の発達などをかなり大胆な仮説で論じている部分があるが、一般人向けの講演であるためかやや実証性に不満が残る)、『イザベラ・バードの「日本奥地紀行」を読む』(平凡社、2002年。バードの旅行記を民俗学者が検証する。例えば、一部の地域を除き明治以前に飼育されていた日本の馬はポニー程度の貧弱な体格の種であった。大河ドラマなどで、サラブレッドを使って演じられる「ひよどりの逆落とし」とか「長篠の戦い」の勇壮な騎馬の戦闘シーンがまったくのフィクションであることがよく分かる)、『家郷の訓』(岩波文庫、周防大島の幼児期、自分がいかに躾けられ、育てられたかという話を軸に、貧しい島の生活を回想する。『民俗の旅』と重なる部分もある。簡潔だが、よく練り上げられた名文で、自伝文学としても第一級であろう。「女中奉公」では、島では娘が年頃になると、秋仕[アラシコ]と呼ばれる出稼ぎや、家出までして女中奉公をしたがった話が興味深い。「母親の躾」では母親への愛が語られるが、時節柄だろうが銃後の母たちをやや美化し過ぎているように思える。「父親の躾」では、父親から教わった百姓仕事のやり方がきわめて具体的に語られ、当時の農民の姿を髣髴とさせる。「子供仲間」では、ドーシや子供宿、娘宿と呼ばれる朋輩の集まり、つまり同年代の子供たちの横のつながりを回想する。学校での成績競争のために、こういう風も徐々に廃れたという。「」)、『女の民俗誌』()、『庶民の発見』()、『ふるさとの生活』()。

 

網野善彦 『歴史を考えるヒント』(新潮新書、2001年。第1[日本という国号が定められたのは689年の浄御原令の時で、対外的には702年の遣唐使の時であった]。第5章「誤解された『百姓』」[百姓は農民と同義ではないという有名な説がここでも説かれる。従来百姓は田畑を耕す農民と見なされ、江戸時代までの日本は農民が人口の80%を占める農業国とされた。しかし、実際には「百姓」には、農民以外に漁業、林業、商工業、運送業等に携わる人々が含まれ、人口に占める農耕民の比率は5割以下であった。日本では13世紀頃から商工業・金融業が発達し、南北朝から室町期には重商主義も顕著となった。明治期における西洋化の成功は、江戸期までの商工業・金融業の発達の延長線上にあった]。第8章「商業用語について」[割符、切手、手形、為替、寄付きなどの商業・金融用語が翻訳語ではなく、中世に遡る古い言葉であることは、日本では商業・金融がこれまで考えられてきた以上に早くから発達したことを示している])、『異形の王権』(平凡社ライブラリー、1993年。聖なるものである天皇・神仏と結びつき、その奴婢となることで自ら平民と区別された「聖」なる集団としての特権を保持していた供御人、犬神人、寄人らの地位は、建武の新政の崩壊と南北朝の動乱を契機に失墜し、また、その職能の性質から天皇・神仏の「聖性」に依存していた非人、川原者、海民らは、職能自体の「穢」との関わりも加わって、「聖」なるものからから「賤」しいものに転落し、社会的な蔑視の下に置かれた)。『日本中世に何が起きたか--都市と宗教と「資本主義」』(初版1997年。洋泉社新書、2006年。)『無縁・苦界・楽』(平凡社ライブラリー、1996年。)

 

中沢新一 『僕の叔父さん網野善彦』(集英社新書、2004年。第1章「『蒙古襲来』まで」:網野が中沢の父厚の妹真知子と結婚して、中沢家の一員となる経緯から、網野をまじえて中沢家で交わされた政治社会について談議を回想する。中沢厚の「飛礫」についての民俗学的な観察が、いかに網野の『蒙古襲来』の発想につながったかが明かされる。この点で亡き父へのオマージュでもある。第2章「アジールの側に立つ歴史学」:東京帝国大学国史科教授で皇国史観の大立者だった平泉澄(きよし)の若き日の著作『中世に於ける社寺と社会との関係』をめぐる網野善彦と院生時代の中沢新一とのやり取りを再現している。かつて対馬の天童山にアジール[asyle]が存在したことを立証した平泉を讃え、それが網野の『無縁・苦界・楽』の先駆であることを認めている。それはまた中沢自身の「野生の思考」にもつながっている。ただし、アジールを「一種変態の風習」とする平泉の凡庸な結論への失望と苦言は隠さない。この章は、まるで短編小説のように、よく考え抜かれた構成が印象的である。第3章「天皇制との格闘」:「なぜ日本人は天皇制を消滅させることができなかったか」という問題系をめぐる網野と中沢との共同の思索の記録。「あとがき」:中沢が山梨の実家でこの本を執筆した際に経験した幻想的な体験について述べている。感動的である)

 

中沢新一 『東方的』(せりか書房、1991年。第2章「四次元の花嫁」は、モダニズムとヒントンの四次元論についての刺激的な論考)。『森のバロック』(せりか書房、1992年。南方熊楠論。特に第7章「浄のセクソロジー」は、熊楠のユニークなセクシャリティーを論じて興味深い)

 

内田樹(たつる) 『「おじさん」的思考』(晶文社、2002年。その表題にもかかわらず、若い人たちにもぜひお薦めしたい本である。「教育とエロス」[教師必読のエッセイ。ソクラテスを引き、レヴィナスとフロイトの転移論を援用しながら、知への愛はエロティックなものであり、学生が教師に抱く欲望は「知への愛」の表出であることを論じる。教育の場が本来的にエロティックな場であることを忘れた教師がセクハラ教師となると看破]「「私」は私の多重人格のひとつにすぎない」[「場面ごとの人格の使い分けをかつては「融通無碍」と称した。...しかるに、近代のある段階で、このような「別人格の使い分け」は、「面従腹背」とか「裏表のある人間」とかいうネガティヴな評価を受けるようになった。単一でピュアな「統一された人格」を全部の場面で、つねに貫徹することが望ましい生き方である、ということが、いつのまにか支配的なイデオロギーとなった」(73頁)]。)『下流志向』(講談社、2007年)(若者はなぜ学びから逃走し、労働から逃走するのかを、市場競争原理の社会の隅々への浸透という現象によって説得的に説明する。子供は消費者マインドで学校教育に対峙している! ビジネス・マインドによる教育改革を自殺行為として批判。贈与理論による教育・社会改革を示唆。ジョージ・ルーカスの『スターウォーズ』を黒澤明の『姿三四郎』へのオマージュと看破。師であることの条件は、自分もまた師を持っていたという事実だけである)。『こんな日本でよかったね』(文春文庫、2009年。内田さん冴えまくり!再読、三読したい本。構造主義入門としても読める)

 

内山節 『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』(講談社現代新書、2007年)(1965年を境に日本人はキツネにだまされなくなった。われわれは何を手に入れる代わりに、何を失ったのか。第4章「歴史と「みえない歴史」」、第5章「歴史哲学とキツネの物語」)

 

内藤湖南 『日本文化史研究』(上下。講談社学術文庫)(全体に戦前の風潮に迎合した朝鮮蔑視の言辞が散見され気になるが、それを除けばいまでもとても興味深く読める。とりわけ上巻の「近畿地方における神社」と下巻の「応仁の乱について」は読み応えがある。前者は、近畿地方の神社の起源に関する間違った伝承を文献学を駆使して正す。後者は応仁の乱が日本史の画期であり、日本を知るにはそれ以前の歴史の知識はないと極言する。上巻の「飛鳥朝のシナ文化輸入について」、「唐代の文化と天平文化」、「弘法大師の文芸」なども面白い。この本には1910年の有名な「卑弥呼考」は収録されていない。本居宣長以来優勢だった邪馬台国九州説に抗して、宣長以前の畿内説を復活させ、20世紀の邪馬台国論争の端緒となった論文。なお、20世紀の邪馬台国論争史について内藤湖南を主軸に据えて論じた研究書としては、佐伯有清『邪馬台国論争』(岩波新書、2006年。2004年に没した佐伯の遺著)が優れる。学説を比較検討するだけでなく、諸学説登場の背景や研究者間の協力関係を書簡等の未公刊資料を駆使して紹介しているのがこの手の本としては異色。内藤と白鳥庫吉が「東洋学ノ振興」のために、1910年ほぼ同時に「卑弥呼考」と「倭女王卑弥呼考」をそれぞれ発表したという指摘も、学問の政治性を考える上で興味深い。大逆事件の被告たちが、九州説を唱える久米邦武の『日本古代史』に強烈な影響を受けたことや、石川啄木が同書を読み、「邪馬台の考証時代は既に通過したり、今は其地を探験すべき時期に移れり」をもじって、日記に「今は社会主義を研究すべき時代は既に過ぎて、其の実現すべき手段方法を探験すべき時代に移れり」と記したというような逸話なども紹介している。)ついでに古代史に関する良書を紹介すれば、邪馬台国問題を含む古墳時代については、少し古いが次の本がお薦め:和田萃(あつむ)著『体系日本の歴史第2巻古墳の時代』1988年初版、1992年小学館ライブラリー。史書だけでなく、それ以上に考古学的成果を重視し、大和王権の実体、古墳群の性格、古墳の被葬者等について魅力的な仮説を多数提出している。中村修也著『偽りの大化改新』(講談社現代新書、2006年。いわゆる大化改新における蘇我入鹿の暗殺事件の首謀者が中大兄と中臣鎌足ではなく、皇極天皇の弟孝徳天皇による王位簒奪事件であったとする。中大兄(天智天皇)を血塗られた英雄として描く『日本書記』の記述には、壬申の乱による近江王朝打倒を正当化しようとする天武天皇の意図が働いているとする。『書記』に見られる矛盾や不自然さの原因を、無理なく合理的に説明することに成功している。実に魅力的な仮説。読者の古代史観を一変させる好著)。中村修也『女帝推古と聖徳太子』(光文社新書、2004年。一時話題になった聖徳太子非在論ほど劇的な仮説ではないが、厩戸皇子は推古帝の摂政でも皇太子でもなかったと説く。推古には能力も野心もあり、蘇我馬子の思惑に反して厩戸の大王即位を全力を阻んだ。同時に、日本書紀によって悪役に仕立て上げられた蘇我馬子の実像を探る。『偽りの大化改心』ほどは文書資料が裏づけに用いられておらず、その分憶測が多いため、いまひとつ物足らないが、まあ面白い。古代史に蘇我氏が果たした役割の見直しについては、水谷千秋著『謎の豪族蘇我氏』(文春新書、2006年)がお薦め。雄略以来不安定化した大王支配を、大陸文化の積極的な輸入と渡来人の活用等によって立て直した蘇我氏の功績を、多数の史料を用いて、また諸学説を検討しつつ、再評価する。)

 

梅原猛 『京都発見』9巻(19972007年、新潮社)、1巻「地霊鎮魂」(梅原猛が、本性寺、伏見稲荷、東福寺、法成寺、宇治平等院、浄瑠璃寺など、京都の古社寺を巡り歩き、そこに住み着いた怨霊や古い霊たちに耳を傾ける。博識と薀蓄を満載。適量のユーモアもあり。この本を読むことなく京都の古刹巡りはできない!)、2巻「路地遊行」(因幡堂、六角堂、壬生寺、広隆寺、栄西と建仁寺、後醍醐天皇と三十三間堂、道真と北野天満宮など)、3巻「洛北の夢」(八瀬の酒呑童子の子孫たち、大原の小野一族、惟喬親王の旧跡、鞍馬寺と貴船神社)、4巻「丹後の鬼、カモの神」()、5巻「法然と障壁画」()、6巻「ものがたりの面影」()、7巻「空海と真言密教」()、8巻「禅と室町文化」()、9巻「比叡山と本願寺」()。

 

白洲正子 『かくれ里』(1971年。白洲正子の最高傑作。特に面白いのは「薬草のふる里」[人麻呂の「ひんがしの野」を探訪する]、「吉野の川上」[谷崎潤一郎の『吉野葛』と合わせて読みたい]、「金勝山をめぐって」[狛坂廃寺の磨涯仏を訪ねる]、「湖北 菅浦」、「越前 平泉寺」[平泉寺は戦前のアジール論の先駆者、帝大教授平泉澄の実家。今はまったくの廃寺だが、白洲の文章を読むと無性に訪ねたくなる]、「葛城のあたり」[柏原の神武天皇社を訪ねる]、「葛城から吉野へ」[役行者の足跡をたどる]など)『十一面観音巡礼』(1975年、新潮社。「山の仏、水の女神」である十一面観音を訪ね歩く。南都古寺巡りのガイドブックとして最適。情報と薀蓄と想像力と地理感覚に富む。著者の知識欲と行動力[韋駄天お正]には敬服させられる。ちなみに白洲次郎、正子は戦時中に小田急線鶴川駅近くの農家を購入し、疎開した。武蔵と相模の境にあるので「武相荘」と名づけられた)『近江山河抄』(1974年。近江路・琵琶湖周辺を歩き尽くす。歴史と文学の薀蓄を満載。第4章「紫香楽の宮」では、東大寺の前身金鐘寺の由来について驚くべき説を唱えている[pp.76-77]。第7章「あかねさす紫野」では、額田王の名歌にある「紫野」を雪野山と同定し、この歌の背景について興味深い見解を打ち出している[pp.129-134])『古典の細道』(1970年。業平、世阿弥、継体天皇をめぐるエッセイが興味深い。世阿弥の「花筺」に登場する継体天皇の寵妃を、古事記に記述のある継体帝のニ番目の妃と同定している。また、世阿弥の妻の家の南朝とのつながりを手掛かりに、世阿弥が遠島になった理由を探る。業平についての章も面白い)『心に残る人々』(1963年。民芸運動の浜田庄司、正宗白鳥、骨董の殿様細川護立、壷中居の広田煕、吉田茂、祖父樺山資紀についての章が面白い)『鶴川日記』(戦時中に購入した鶴川村の農家での生活を振り返る。農村に溶け込み、馴染んでいった経緯を語る)

 

飯島幡司(飯島曼史) 『青衣女人』(昭和17年刊の随筆集。全国書房。東大寺の修二会について詳しく紹介したおそらく最初の文章。著者の本業は経済学者だが、達意の名文が印象的。末尾に付録として、修二会で読み上げられる「東大寺上院修中過去帳」を写真複写で収録)『南窓雑記』(日本評論社、昭和14年。)。

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塩野七生 『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』(新潮文庫。塩野の出世作。法王アレッサンドロ六世の庶子チェーザレ・ボルジアの生涯。血に飢え、毒殺を多用した冷酷非道な独裁君主とされてきたチェーザレ像を、マキャヴェッリの『君主論』に近い立場から、現実主義的な軍事的政治的天才として書き直す。第一部、フランス王シャルル八世のイタリア侵攻。封建領主と共和制都市国家が群雄割拠する分裂国家の弱点と、いち早く絶対君主制を確立したフランスの侵攻がボルジアに与えた衝撃。第二部、枢機卿から還俗して教皇軍総司令官となったチェーザレによる教皇領ロマーニャ統一の戦い。傭兵の反乱と鎮圧。フィレンツェ特使マキャヴェッリとのやり取り。第三部、チェーザレ、志半ばでマラリアに倒れ、その間に旧勢力が復権。旧勢力による報復。スペインでの幽閉の日々とナヴァーラ王国への脱出。スペインとナヴァーラの戦いで戦死)

 

塩野七生 『海の都の物語――ヴェネツィア共和国の一千年』(新潮文庫。全六巻。全十四話。3では第四次十字軍が取り上げられる。聖地奪還の遠征としては失敗に終わった一方で、兵員と物資の運搬を担当したヴェネツィアが、ドーチェであるエンリコ・ダンドロの指導の下、いかに巧妙冷徹にこの遠征を利用し、結果として東地中海における独占的な交易権を確立したかを描き出す。理想主義的なフランスの十字軍騎士たちと、リアリズムに徹したヴェネツィア人たちの対比が鮮明である。4では、『ヴェニスの商人』のアントニオが実際にはまったくヴェネツィア商人らしくないとする指摘を枕に、ヴェネツィア商人の実体と、共和国挙げての通商振興戦略が詳細に述べられる。この本の白眉。8「宿敵トルコ」では、コンスタンティノープル陥落以後の、ヴェネツィアとトルコの長期にわたる戦いが描かれる。こういう戦記になると塩野の筆はより一層闊達に動くようだ。ただし、ヴェネツィア側の史料は存分に用いられているが、トルコ側の見方が忖度されているかどうかは疑問であるように思われる。スルタンとトルコ軍の残忍さ、冷酷さの記述が、かなりステレオタイプ的に見えるからだ。9「聖地巡礼パック旅行」では、主としてミラノの官吏サント・ブラスカが残した聖地巡礼日記(1481年刊)に基づいて、前年の巡礼旅行を詳細にたどってゆく。商魂たくましいヴェネツィア商人よって、聖地巡礼旅行が如何に営利事業として組織化されていたかが分かる。面白いことこの上ない。14「ヴェネツィアの死」では、ナポレオン台頭の契機となったフランス軍のイタリア侵攻とそれに対して非武装中立で臨んだヴェネツィアの誤算と共和国の滅亡が、ナポレオンとヴェネツィア側の生々しいやり取りを交えて語られる。)

 

塩野七生 『神の代理人』(中公文庫。2章「アレッサンドロ6世とサヴォナローラ」1494年のフランス王シャルル8世のイタリア侵攻から、一時フィレンツェ政治を牛耳った修道士サヴォナローラの失脚と処刑[1498]までの経過を、ボルジア家出身の法王アレッサンドロ6世とサヴォナローラの間に交わされた往復書簡・教書と、フィレンツェの一商人ルカ・ランドゥッチの実在の日記と、法王秘書官バルトロメオ・フロリドの架空の日記[実は塩野の創作]によって実録風に描き出す。読み応えがある力作。途中、ランドゥッチの日記の記述にはマキアヴェッリも顔を出す[225]第章「」:。第章「」:。第章「」:。)

 

塩野七生 『わが友マキアヴェッリ』(新潮文庫。全3巻。フィレンツェ市のノン・キャリア官僚ニコロ・マキアヴェッリの生涯。マキアヴェッリ入門に最適)

 

須賀敦子 『ヴェネツィアの宿』(文春文庫。自伝的エッセイ。「ヴェネツィアの宿」:ヴェネツィアでの学会、ハードスケジュール。フェニーチェ・ホテル、隣のフェニーチェ劇場からもれ聞こえるオペラ。父親の贅沢な欧米旅行。父親の家出、入院、愛人。「夏の終わり」:戦争中、小野の伯父伯母のもとに難を逃れる。いとこの子、かずちゃんの病死。母の熱病。戦後分かった伯父の息子の戦死。伯父の死。伯母の自殺。「寄宿学校」:ミッションスクールの寄宿学校生活。シスターたちの思い出。雑司が谷のシスターたちの墓所。「カラが咲く庭」:1958年。ローマ留学。修道女が経営する寄宿舎、精神のバランスを崩したキムさんの帰国。寮を移る。「夜半の歌」:父の家出。母と対照的な愛人。父と母を会わせ、話し合わせるまでの経緯、父の帰宅。「大聖堂まで」:1971年時点の回顧。ミラノから車でパリへ。パリの宿からはノートルダムが見える。19538月、シャルトルまでの徒歩巡礼。高校生、大学生の大集団。パリからランブイエまで列車。そこから30キロを討論しながら徒歩で。シャルトル聖堂内は満員で入れず。ヨハネの像。「レーニ街の家」:1986年。フィレンツェ旅行。ミラノ時代の友人カロラにばったり会う。カロラ一家の悲劇、娘の死、離婚。「白い方丈」:伏見の竹野夫人との出会い。浄瑠璃寺での昼食。禅寺の老師。白い方丈。「カティアが歩いた道」:パリ留学の翌年、寮で同室になったドイツ人のカティア。エディット・シュタイン著作集を読み耽るカティア。イタリア語初歩を習う。ペルージャ留学。数十年後の日本での再会。「旅のむこう」:母の思い出。「アスフォデロの野をわたって」:ペッピーノとの結婚数年後、夫の友人ロサリオの勧めで、ソレントで夏を過ごす。ロサリオの恋人エレナを含めて四人で訪れたポセイドニア。ロサリオの死。ペッピーノの死。「オリエント・エクスプレス」:イギリス旅行。ロンドンでサブレットした屋根裏部屋。フライング・スコッツマンでエディンバラへ。エディンバラの超豪華なステイション・ホテル。エディンバラ城の強烈な印象。病床の父の願い。ミラノ駅に停車したオリエント急行の車掌長に願い出て、コーヒーカップをわけてもらう。父、見舞った翌日に死去。)

 

須賀敦子 『遠い朝の本たち』(ちくま文庫。少女時代の読書を回想。冒頭の章と巻末の章が涙をさそう。第5章「サフランの歌」:隣家に越してきたマサコちゃんの家の書庫に驚く。)

 

I・モンタネッリ R・ジェルヴァーゾ『ルネサンスの歴史――黄金世紀のイタリア』(上巻) 『ルネサンスの歴史――反宗教改革のイタリア』(下巻)(藤沢道郎訳、中公文庫、1995年)(初心者向けのルネサンス史。原著は古代ギリシアから現代までをカバーした6巻からなるシリーズのうちの2巻である。著者はジャーナリスト。平易な記述で、学術的というより物語風であり、楽しく読める。あまりに面白すぎる部分もあるので、史実よりも伝承・伝説をあえて採り入れている部分もあるようだ[特に第23章冒頭のナポリ女王ジョヴァンナについての記述]。要注意。かなり煽情的な記述も散見する[例えば第25章の傭兵隊長ジョン・ホークウッドについての記述]。上巻では世俗勢力の一つに成り下がった教皇庁の腐敗・衰退が、随所で強調される[ほぼ同時期の室町幕府の衰退に似ている]。文化的には黄金期でも、一方で分裂国家イタリアの悲惨も際立つ。すでにイタリア史に詳しい読者には無用の本だが、ただ上巻第12章「十四世紀の商人」は読む価値があるかもしれない。記録魔の商人フランチェスコ・ダティーニが残した15万通の書簡と帳簿500冊についての経済史家の研究に基づき、十四世紀当時の商工業の実態が克明に再現されており、大変興味深い。下巻ではイタリア人著者には稀有なことだが、宗教改革をかなり客観的な視点から取り扱っている)

 

I・モンタネッリ R・ジェルヴァーゾ 『ローマの歴史』(藤沢道郎訳、)

 

伊藤貞夫 『古代ギリシアの歴史』(講談社学術文庫、2004年。第1章: 線文字Bは、1953年にイギリスの建築家マイケル・ヴェントリスと言語学者・古典学者であるジョン・チャドウィックによって解読された。元来、線文字Bは、アーサー・エヴァンズが1900年にクノッソスで発見したものだが、野心家のエヴァンズはこれを公表することを遅らせた。ヴェントリスが使ったのは1939年にアメリカの考古学者カール・ブレーゲンがピュロスで発見した粘土板に刻まれた線文字Bであった。これはエメット・ベネットよって公刊された。解読の先駆者はアメリカの言語学者アリス・コーバーで、線文字Bが動詞も名詞も語尾変化によって性・数・格を示すインド・ヨーロッパ語あるらしいことを予測し、文字を整理した簡単な「格子Grid」を作成していた。ヴェントリスはピュロス文書によって、コーバーの格子を拡張した。この拡張された格子を、1952年ようやく不十分ながら公開されたクノッソス文書に適用したところ「鍛冶屋」「神官」を意味するギリシア語が読み取れた。この後、チャドウィックがヴェントリスに協力し、さらに多くのギリシア語を見分けることができた。揺るがぬ証拠は、第二次大戦後にピュロスで新たに発掘された粘土板を研究したブレーゲンによって提出された。すなわち、一枚の粘土板に把手や鼎のついた壺の絵文字と線文字Bが一緒に書かれていたが、線文字Bにも「把手」や「鼎」を意味するギリシア語が読み取れたのである。これで線文字Bが古代ギリシア語であることが最終的に確定した。ヴェントリスの成功の鍵の一つは、クノッソス文書に存在するが、ピュロス文書に存在しない単語を、クレタ島の地名と措定したことである。ロゼッタストーンの解読でも王名という固有名詞が解読の手掛かりとなったのと同じである。線文字Bの解読過程は、エドガー・アラン・ポウの「黄金虫」を地で行っている。余談だがヴェントリス(交通事故あるいは自殺、34歳)もコーバー(病死、ヘビースモーカーだったのでおそらく肺がん、43歳)も、エジプトのヒエログリフを解読したシャンポリオン(コレラ、41歳)と同じく夭折している。未知の文字の解読は、命を縮めるほどの集中力を要するのかもしれない)。

 

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上田正昭 『私の日本古代史』(上下巻、新潮選書)

 

和田萃 『体系日本の歴史古墳の時代』(小学館、1992年。考古学の成果を満載した古代史。)

 

和田萃 『飛鳥』(岩波新書、2003年。著者は古代史の専門家だが、考古学の成果も積極的に取り入れる。読みやすい達意の文章。飛鳥歩きの最良のガイドブック)

 

会田誠 『カリコリせんとや生まれけむ』(幻冬社文庫、2012年。日本の現代アートを代表するアーティストのエッセイ集。文章うまい! 抱腹絶倒かつ現代アートとは何かをシリアスに考えさせる)

 

石川英輔、田中優子 『大江戸生活体験事情』(講談社文庫、2002年。江戸時代の時刻に従って生活するとどういうことになるか。火打石で火をつける実験。行灯の灯りはびっくりするほど暗い。60W電球の100分の1程度。江戸時代の「巻筆」の書き心地。現代の画一化された着付けに対するに、江戸時代の自由な着物の着方。)

 

石川英輔 『実見 江戸の暮らし』(2009年:講談社文庫、2013年。江戸の庶民の食生活を、おかず番付「為御菜」から知る。江戸の町のいたるところに食堂、飲み屋、料理屋があったが、食卓、テーブルのたぐいは一切使われていなかった)

 

石川英輔 『大江戸リサイクル事情』(1997年。講談社文庫、2010年。植物だけを利用することによってほぼ完全な循環社会を実現していた江戸の実情)

 

中野三敏 『江戸文化評判記』(中公新書、1992年。「洒落本とは半可通を笑うという主題で書かれた人間喜劇の名シナリオである」[p.91]。「浮世絵の春画はなにゆえあれを大きく描くのか。・・・江戸人にとって春画は笑いの対象であり、笑いながら見るものだった」[p.97]。「北斎は[鍬形]恵斎の真似ばかりした」[p.108]。「江戸を理解するのに、現代の感覚そのままで臨もうというところに、すべての問題が生じてくる」[p.191])

 

田中優子 『江戸百夢』(ちくま文庫、2010年。名著。百の図像で江戸を読み解く。『清明上河図』、『干将莫邪図』、『百福図』など未知の絵の面白さを教えてくれる)

 

田中優子 『江戸の想像力』(1986年。ちくま学芸文庫、1997年。田中の代表作。名著。特に第二章「「連」がつくる江戸十八世紀」は圧巻)

 

田中優子 『張形と江戸をんな』(洋泉社新書。浮世絵春画に描かれた江戸時代の〈大人の玩具〉についての恐るべき蘊蓄)

 

大野晋、丸谷才一 『光る源氏の物語』(中公文庫。国語学者と英文学者・小説家による源氏物語をめぐる対談。型破りな源氏論。刺激たっぷりで、滅法面白い。)

 

丸谷才一、山崎正和 『日本史を読む』(中公文庫。古代、中古、中世、江戸、20世紀まで、日本史をめぐる刺激的な対談。目から鱗が落ちっぱなし)

 

丸谷才一、山崎正和 『二十世紀を読む』(中公文庫、1999年。「カメラとアメリカ」[アメリカの写真家マーガレット・バーク=ホワイトの人生を通して二十世紀を考える]。「ハプスブルグ家の姫君」[多民族国家オーストリア=ハンガリー二重帝国の在り方から、民族自決を無条件に是とする二十世紀の常識に挑戦]。「近代日本と日蓮主義」[満州国建国の立役者の多くが日蓮宗信者、それも田中智学の国柱会のメンバーだった。宮澤賢治も同会のメンバーで熱烈な法華教信者だった。もしかれが太平洋戦争まで健在だったら、どうなっていただろうか。国粋主義と無縁でいられただろうかと思うと空恐ろしい]

 

梅原猛 『海人と天皇』(新潮文庫、上下。聖武天皇を生んだ藤原宮子は、実のところ、不比等の実の娘ではなく、海人の娘であったことを論証。その事実が聖武天皇と娘孝徳天皇の治世に微妙にしかし大きく影響したとする。下巻第16章の「望まれぬ皇女の出生」で引用される、孝謙天皇を淫欲の権化とする歴史書の記述には、心底驚く。まるでポルノ小説である。歴史上これほど悪く書かれた天皇もないだろう)

 

森浩一 『僕は考古学に鍛えられた』(ちくま文庫、2012年。著名な考古学者の自伝。これほどひとつのことに、わき目も振らず、一生涯を捧げられれば、なんと幸福なことだろう)

 

ドナルド・キーン 『ドナルド・キーン自伝』(中公文庫、2011年。『私と20世紀のクロニクル』[2007]を改題。偉大な日本文学者の自伝。実に多彩な人脈に驚かされる)

 

司馬遼太郎の「街道をゆく」シリーズ。 『本郷界隈』(薀蓄の限りを尽くす)、『本所深川散歩、神田界隈』(薀蓄の限りを尽くす)、『近江散歩、奈良散歩』(近江散歩では浅井長政に関する諸章。奈良散歩では東大寺二月堂修二会に関する諸章。錬行衆は四職[和上、大導師、呪師、堂司]と平衆[北座の衆一・衆二、南座の衆一・衆二、中灯、処世界、権処世界]から成る。事務局は小綱。その他に堂童子、駆士、木守、大炊、院士などの職がある) 『』、『』、『』、『』。

 

ポール・モラン  『シャネル、人生を語る』(山田登世子訳、中公文庫。 第二次世界大戦後、スイスに亡命していたポール・モランは同じく亡命中のココ・シャネルと再会。シャネルがその人生を語るのを筆録した。20年代パリの文人、芸術家との交流が興味深い。とりわけディアギレフとストラヴィンスキー。後者は一時シャネルにぞっこんだった。またシャネルがいかにワーカホリックであったかが分かる。男性遍歴についても率直に語っている。50歳の時10年間付き合ったイギリスのウェストミンスター公と別れる際のやり取りーー「彼が言った。《あなたの勝ちだ。あなたなしには生きてゆけない》。わたしは答えた。《愛してないわ。あなたを愛していない女と寝るって面白い?》」。女性読者向けの『シャネル格言集』が作れるのではないかと思えるくらい洒落た警句に満ちているーー「お金は儲けるために夢中になるのじゃなくて、使うためにこそ夢中になるべきよ」、「男はずるいものが多いが、女はひとり残らずみなずるい」、「モードは死ななければならないし、ビジネスのためには早く死ぬ方がいい」、「モードははかなければはないほど完璧なのだ」、「モードはパリでつくられる」等々)

 

森銑三 『明治人物夜話』(岩波文庫。なかでも「饗庭篁村」には力が入っている。ほかに「三遊亭円朝」なども興味深い。編者のあとがきによれば、森は読むのが速かった。露伴全集全21巻を仕事の合間に1週間ほどで通読したという。まあ再読、再再読ではあったのだろうが、おそるべし)

 

林達夫 『思想のドラマトゥルギー』(平凡社、。1973, 74年に行なわれた久野収との対談集。寡作だった林達夫がなぜ偉大かよく分かる。その超人的な記憶力、語学力、博覧強記......。どんな分野を勉強していても必読。精神史、思想研究に演劇研究が重要であることが強調される。巻頭近くの生い立ち、京都時代についての回想、巻末近くの子供時代の柔道、学生時代のボート部員活動についての回想も興味深い)

 

林達夫  『林達夫セレクション2(平凡社、年。「文芸復興」はルネサンス研究には必読。)

 

竹田篤司 『物語「京都学派」――知識人たちの友情と葛藤』 (中公叢書、2001年。資料を徹底駆使し、なおかつ「読ませる」西田学派盛衰史。敗戦直前の死去した西田の葬儀に際して撮られた一枚の集合写真から語り始められる。)

 

下村寅太郎 『私のブルクハルト』()。

 

葉室麟 『恋しぐれ』2011年。連作短編集。巻頭の「夜半亭有情」で与謝蕪村が、続く6篇で、蕪村周辺の人物が、それぞれ主人公となる。「夜半亭有情」が凝った作りで、しかもエンディングでホロリとさせる。蕪村の若き日の道ならぬ恋が主題。円山応挙、上田秋成が登場する。葉室麟は2017年に66歳で病没。仕事のやり過ぎか。惜しい)。『乾山晩愁』2005年。尾形乾山、長谷川等伯、狩野永徳)。『刀伊入寇――藤原隆家の闘い』2011年。藤原道長のライバル藤原隆家の生涯。突如九州に来襲した異民族刀伊と藤原隆家が闘う)。『山桜記』2014年。7編からなる短編集。戦国時代を生きた女たち)。『孤蓬のひと』2016年。茶人小堀遠州の生涯。NHKの大河ドラマへの採用を狙っていないか?)。『冬姫』(蒲生氏郷に嫁した信長の次女冬の生涯。道三の娘帰蝶と信長の隠し子とされる。冬姫にはクィアな甲賀忍者もずと大男鯰江又蔵が仕える[水戸黄門と格さん助さんを思わす]。これも大河ドラマ化を意識しているように思われる)。『実朝の首』2007年。鎌倉将軍実朝が暗殺されるが、その首が持ち去られ行方不明に。権威の失墜をおそれた幕府は首の捜索に躍起になる・・・)。『墨龍賦』2017年。戦国期に武士に生れ、絵師に転じた海北友松の生涯)。『緋の天空』2014年。奈良時代前期が舞台。藤原不比等と県犬養三千代の娘で、聖武天皇の皇后、光明子を主人公とする。しばしば藤原氏による讒言によって滅ぼされたとされる長屋王が、悪玉とされていることが目を引く。しかしその息子膳夫[かしわで]は光明子に思慕を寄せる、潔い悲劇のヒーローとして描かれる。子供時代に光明子が膳夫、葛木の弓削清人、玄ム、真備らと力を合わせて、贋金づくりの拠点を急襲するあたり、あるいは成人して後、玄ム、真備、女医[にょい]の竹と協力して、亡き長屋王の手先「唐鬼」を退治するあたりはちょっとファンタジーっぽい。しかし全体として確かな時代考証に基づいているようだ。奈良時代の歴史を少しおさらいすれば、大いに楽しめる)。『いのちなりけり』()。 『孤蓬のひと』()。 『山桜記』()。

 

万城目学 『鹿男あをによし』2007年。同年制作の玉木宏、綾瀬はるな、多部未華子、佐々木蔵之介、児玉清出演のTVドラマ版も近年まれにみる秀作。演出とキャメラが出色。多部の「マイ鹿です、先生」[9話エンディング]が記憶に残る。柴本幸演じるマドンナが狐メイクなのは分かるが、綾瀬演じる藤原先生が狸メイクである理由が、なぜか説明されない。原作では藤原先生は妻子ある男性教師)

 

井上章一 『京都ぎらい』2015年。全篇これ意趣返し[リベンジ]の書。京都人すなわち洛中人の、洛外人への差別意識[中華意識]が主題。洛外嵯峨育ちの著者が、京都大学工学部建築学科時代に、綾小路新町の杉本家の当主秀太郎氏[『洛中生息』(1976)著者]から受けたいけず「むかしあのあたり[嵯峨]にいるお百姓さんが、うちへよう肥をくみにきてくれたんや」に込められた差別意識を40年を経て告発する。その他「宇治のくせに京都いうな」、「そやかて、山科なんかいったら[=嫁したら]、東山が西のほうに見えてしまうやないの」。洛中同士の差別「西陣ふぜいのくせに、えらい生意気なんやな」。大阪と京都「京都をみくびる度合いは、大阪がいちばん強い」)

 

井上章一 『京都ぎらい――官能篇』(一般受けをねらった前著『京都ぎらい』の書名にあやかっているが、こちらの方がはるかに読みでがある。エロスとポリティクスが主題。第56章「共有された美女」と「王朝の力」では、『とはずがたり』の語りに、後深草上皇と弟亀山上皇の美女[一条]共有[穴兄弟]を探り当てる)

 

吉田健一 『三文紳士』(1956年。吉田健一も、砕けた文章が書けることがこの本で分かった。酒と食い物の話を満載。中村光夫、福田存との交友が面白い。

 

円地文子 『妖・花食い姥』(短編集、講談社文芸文庫。)

 

円地文子 『なまみこ物語』1965年。)

 

円地文子 『女坂』1939年。)

 

円地文子訳 『源氏物語』(全10巻、1972-73年、新潮社。源氏はこれで通読した)

 

小川靖彦 『万葉集と日本人』(角川選書、2014年)、『万葉集――隠された歴史のメッセージ』(角川選書、2010年)。(両書とも、一般読者にも手が出せそうな表題だ。実際、文章は平易である。しかしながら、内容的にはきわめて学術的レベルの高い萬葉論である。万葉学も専門分野が細分化しるが、この本はどの分野にも満遍なく目配りしている。著者は、やまと歌だけでなく和歌全般に通じている。古点、次点の評価をめぐる通説に修正を求めている。温厚で、やさしい人柄が文章から伝わってくる。当代最高の万葉学者ではないか。)

 

田中大士(ひろし) 『衝撃の「万葉集」伝本出現--廣P本で伝本研究はこう変わった 、はなわ新書、2020年。(平成5年に発見された萬葉集写本[定家書写系統本の忠実な写本]の研究。広瀬捨三氏[英文学者、関西大学元学長]がデパートの古書市で偶然手に入れた江戸時代の、一見どこにでもある写本がとんでもない大発見だった。著者は日本女子大の先生で、広瀬本研究の第一人者)。田中大士『万葉集伝本の書写形態の総合的研究--論文編』(より専門家向けの論文集。大いに読み応えあり)

 

WH・ハドソン 『鳥たちをめぐる冒険』黒田晶子訳、講談社学術文庫(原著Adventures among Birds [1913])(第2章「コウカンチョウ、初めて飼った鳥」。初めて飼った鳥は、少年の時、牧師が譲り受けたコウカンチョウ(紅冠鳥、Red-crested Cardinal)。だがそれがハドソンが飼育した最初で最後の鳥となった。生態観察学者の原点となったトラウマ的な体験。)

 

ヘレン・S・ペリー 『ヒッピーのはじまり』(阿部大樹訳、作品社、2021年。原著 Helen S. Perry, The Human Be-In [1970])(ヒッピーがメディアで取り上げられ、全米でファッション化する1967年夏以前のヘイト・アシュベリーの原ヒッピーの実態を、ほとんど偶然そこに居合わせ、かつ共感した社会心理学者の眼で観察した貴重な記録。黒人スラムのフリー・ストア運動など、黒人下層階級内の互助精神の影響が強調される。また1840年代ニューイングランドのAmos Broson Alcott主導のFruitsland運動とヒッピー運動とがしばしば比較される。)

 

ロラン・バルト 『恋愛のディスクール・断章』Roland Barthes, A Lover's Discourse: Fragments. Translated by Richard Howard [1977]

「嫉妬する私は四重の苦しみにあえぐ。自分が嫉妬するゆえに、自分の嫉妬を罪深いと感じるゆえに、自分の嫉妬が他者を傷つけることを怖れるがゆえに、嫉妬という陳腐な感情につい身を委ねてしまうがゆえに。私は排除され、攻撃的になり、頭が狂い、凡庸になることに苦しむ」

 

ミリチア・エリアーデ 『世界宗教史』(全3巻、筑摩書房)(第1巻。第2巻。第3巻。)

 

アーサー・シュレジンガー、ジュニア 『アメリカの分裂』都留重人訳、岩波書店(The Disunting of America: Reflections on a Multicultural Society, 1991. 多文化主義に共感を示し、かつ優れたバランス感覚を保ちつつ、建国の理念を過小評価する過激な多文化主義に警鐘を鳴らす。)

 

上野千鶴子 『上野千鶴子が文学を社会学する』(朝日新聞社、2000年。朝日文庫、2003年。「平成言文一致体とジェンダー」: 末尾に添えられた、自己言及的メタ・テクスト「付記」がサイコー! 「老人介護文学の誕生」: 介護小説二作、佐江衆一『黄落[こうらく][1995]と有吉佐和子『恍惚の人』[1972]を、四半世紀の社会の変化を背景に、比較分析している。」 「女装した家父長制」: 元は英語論文。古沢平作/小此木啓吾の阿闍世コンプレックス理論に依拠して、「超自我の確立には「父の抑圧」[去勢恐怖]だけでなく、「母の自己犠牲」というオプションもあるとし、日本の「「母性」の名における家父長制支配、とりわけ「自己犠牲する母」「自虐する母」のすがたを借りた母の代行支配」を、「女装した家父長制[transvestite patriarchy]」と呼ぶことを提案している。「江藤淳の戦後」: 「<>という<他者>の発見」:。「連合赤軍とフェミニズム」:。「うたの悼み」:。「うたの極北」:。「男歌の快楽」:。「癒し手とは誰か」:。「ベッドの中の戦場」:。「トラウマを旅する」:。 )

 

森浩一『京都の歴史を足元からさぐる』5巻 (学生社、2007-9年) (森歴史学の集大成。表題の「足元から」は、梅原猛『京都発見』全9巻への対抗意識を秘めているのであろうか。ときに想像力が飛躍する梅原に対して、考古学者だけあってさすがに地に足がついている印象がある。京都歩きの必読書)

 

金関丈夫『長屋大学』(法政大学出版局、1980年)(戦前から戦後にかけての著名な人類学者。アジア各地でフィールドワークに従事。昔の学者の博覧強記は尋常ではない。独仏英語、ラテン語、言語学、漢籍、日本のあらゆる古典籍、落語も含めた古典芸能、等々に通暁している。ただし、戦前の言説には現在から見ると人種主義的なものも散見される)、『孤燈の夢』『お月さまいくつ』『日本民族の起源』『南方文化誌』『形質人類学』、『』

 

金関丈夫『発掘から推理する』(岩波現代文庫、2006)(著作のセレクション。)。

 

『六国史』(岩波新書)

 

陳舜臣『中国の歴史』15巻(1980年)(面白過ぎて読み始めたら止まらなくなる。当時最新の考古学の成果を採り入れている。漢文にはほぼすべて平易な和訳が施されている。むずかしい人名、地名に見開きページが変わるごとにルビが振ってあるのがありがたい。)

 

フロベール『サランボー』()

 

『笑府』上下、松枝茂夫訳(岩波文庫、1983年)(名訳者による中国笑話集)。

 

Albert Einstein and Leopold Infeld, The Evolution of Physics (1938)(一般読者向けの入門書。ベストセラー。ガリレオ、ニュートン力学から相対論、量子力学までの物理学の歴史を、数式をいっさい使わずに平易な語り口で解説する。戦前の邦訳が今でも岩波新書で刊行されているが、訳語や用語が古い。英語で読む方が早い)

 

ディーノ・ブッツァーニ『神を見た犬』(関口英子訳、光文社古典新訳文庫。幻想小説集。表題作の「神を見た犬」を読んで久々にいい小説に出会った気がした(20241月)。訳がものすごく上手い。)

 

吉田裕『アジア・太平洋戦争』(岩波新書、2007年。太平洋戦争[大東亜戦争]の優れた入門書。)

 

半藤一利『決定版 日本のいちばん長い日』(文藝春秋、1995年。1965年、大宅壮一編[名義]で出版された本の著者による改訂版。昭和20814日正午から翌15日正午の玉音放送までの克明な記録。鈴木貫太郎内閣によるポツダム宣言受け入れまでの経緯、本土決戦を唱える陸軍青年将校のクーデター未遂事件、玉音番[レコード]の争奪戦など。翌年[1966年]の同名映画の原作。)

 

半藤一利編・解説『なぜ必敗の戦争を初めてのか――陸軍エリート将校反省会議』(文春文庫、2019年。昭和523月から533月まで一年にわたって雑誌『偕行』に連載された旧陸軍のエリート将校による座談会[反省会]を編集したもの。巻末の半藤による「余談と雑談」が必読。通説の陸軍悪玉説に対して、米国の石油禁輸を招いた南部仏印進駐に親ナチス派海軍青年将校らが果たした役割を解き明かす。彼らの大半が旧薩長の出身者だったと半藤は言う。座談会では、山本五十六の真珠湾奇襲案や東条英機内閣誕生についても、それまでとは異なるニュアンスで語られる。なお、半藤は本が読まれない現状に何度か愚痴を漏らしている。)

 

半藤一利『幕末史』(新潮文庫、2008年。『日本でいちばん長い日』とは異なり、平易な語り口で語られる幕末史。アジア・太平洋戦争は幕末史から勉強しないと理解し得ない、と半藤は考えている。)

 

半藤一利・加藤陽子『昭和史裁判』2011年、文藝春秋社。文春文庫、2014年。自称歴史探偵の半藤と昭和史研究の第一人者加藤東大教授の対談。広田弘毅、近衛文麿、松岡洋右、木戸幸一、昭和天皇の五人を取り上げて論じる。かなり専門的でアカデミックな内容。)

 

山本七平『一下級将校の見た帝国陸軍』(朝日新聞社、1976年。文春文庫、1987年。旧帝国陸軍の実態を語る自伝。)

 

山本七平『私の中の日本軍(上・下)』(文藝春秋、1975年。)

 

加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(朝日新聞社、2009年。新潮文庫、2016年。)

 

E・H・カー著、清水幾太郎訳『歴史とは何か』(岩波新書、1962年。)

 

リルケ著、松永美穂訳『マルテの手記』(光文社古典新訳文庫、2014年。昔、長編小説だと思って読み始めて途中で挫折したことがあるが、この本の松永のまえがきを読むと、)

 

リルケ著・森有正訳『フィレンツェだより』(ちくま文庫、2003年。)

 

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漫画・アニメ

『フィーリックス・ザ・キャットFelix the Cat(アメリカ・アニメ。最近、子供の頃夢中で見ていたのを思い出した)

手塚治 『ロップくん』(手塚漫画のなかで一般にはほとんど人気がないが、子供のとき雑誌の連載の中で一番気に入っていた作品。ガラクタからスーパーマシーンを作り出してしまう超能力ロボットの話。敵のロボットを倒す[壊す]アトムとは対照的。)

小沢さとる 『サブマリン707(これも小4の頃に雑誌連載を読んだ。特に第3巻の「救われたふたり」というエピソードが強烈に印象に残っている。)

鳥山明 Dr.スランプ』(あかねちゃんが山吹センセに化けるエピソードが最高だった)