MOMA展 93.2 | 芸術と自然展 93.3 | ヴィクトリアアルバート展 93.3 | ルーアン展 (19世紀) 93.3 |
マンチェスター展 93.4 | ゴーギャン展 93.4 | トレチャコフ展 93.4 | ワルシャワ展 (バロック) 93.4 |
リール展 (バロック・ロココ) 93.5 | ニューオリンズ展 93.5 | ブタペスト展 (風景画) 93.5 | 岐阜県美術館 93.5 |
ルーヴル200展 93.6 | ルノワール展 93.8 | ヨーロッパ名画展(ベルン) 93.9 | 国立ポルトガル古典美術館 93.9 |
グルベンキャン美術館 93.9 | ボイマンス展 93.10 | ムンク展 (愛と死) 93.10 | ゴッホ展(1) (ミレー) 93.11 |
ヴァチカン展 93.11 | スコットランド展 93.11 | コロンバス展 93.11 | アイルランド展 93.11 |
エルミタージュ展(2) (ルネサンス) 93.11 | ラシード・アライーン展 95.3 | ||
バーンズ展 94.1 | グラスゴー展 94.1 | 名古屋市立美術館 94.2 | カイロ展 94.2 |
クライストチャーチ展 (ルネサンス) 94.3 | ブタペストルネサンス展 94.4 | 印象派展 (マンチェスター) 94.6 | ボストン静物画展 94.7 |
ハンガリー19世紀展 94.7 | 富士美術館 94.7 | シカゴ展 94.8 | フランス肖像展 94.9 |
ゴッホ展(2)(肖像画) 94.9 | パリ1874展 94.9 | エルミタージュ展(3) (ロココ) 94.10 | マグリット展 94.11 |
秦の始皇帝とその時代展 94.11 |
目 次 ↑
その一部が世田谷美術館に来た。家内と娘と三人で出かけて感心して見てきた。(1994.11a) 等身大の兵隊像もすごいが、実物大の馬、馬車にも驚いた。しかもその数がただならぬものだ。こんなおびただしい数の兵隊に守られている地下で眠っている始皇帝は本当にすごい力を持っていたのだとつくづく思ったことだ。(1994.11t) |
私はマグリットの絵の中で好きなモチーフは雲。青空に大きくはばたく鳥、その鳥が透けていて青空になっている。下は海。しかしその絵のタイトルが何故か「大家族」。秋の爽やかな空を見るとマグリットの絵を連想する。雲の他、りんご、鈴、シルクハット、岩など独特なモチーフがある。(1994.11t) |
![]() ![]() 今回の展覧会では、17世紀のヴーエ、ル・ブラン、シャンパーニュ、ル・ナン、プッサン、ロラン、ミニヤール、18世紀のラルジェリエール、ヴァットー、ランクレ、ナティエ、ブーシェ、シャルダン、グルース、フラゴナール、ロベール、ヴィジェ・ルブランとめぼしい作家がほぼ網羅されており、本当の大規模展覧会である。 中でもシャンパーニュの「十戒を手にするモーセ」、ルイ・ル・ナンの「祖母訪問」、クロード・ロランの「港の朝」、ミニヤールの「聖カタリナの神秘の結婚」、シャルダンの「洗濯をする女」、フラゴナールの「盗まれた接吻」、ヴィジェ・ルブランの「大公妃の肖像」などは名品中の名品であり、観るだけで命の洗濯になった。 さらに多くの素描画もあり、本当に贅沢な展覧会であった。(1994.10a) |
あの有名なモネの「印象 日の出」もありました。思ったよりサイズが小さく、近くで見ると本当に単純な線描画なのですが、ちょっと離れてみると靄に包まれた朝焼けの海辺の景色がボーと浮かび、朝日の赤がとても効いています。この画は初めは散々な批評を浴びたそうです。 ドガの「バレーの舞台稽古」、セザンヌの「首吊りの家」、ルノワールの「踊り子」などの素敵な絵もありました。サロン展入選作品も同時に並べられていましたが、これと比べると印象派の画は堅苦しくなく、見ていて和むものが多く、印象派が発展したわけも理解できるというものです。(1994.9t) |
アルルのルーラン一家は全員がモデルになってくれました。初めの作品はやや暗い色調ですが、だんだん明るくなって行きます。点描でなく長短の筆致で描かれています。 ルーラン家のプくプくに太った豪快な赤ちゃんの画は印象に残りました。肖像画をみてその人物の性格もわかるようでした。(1994.9t) |
変にデフォルメされたものや、色彩で表現したり分解したり、崩されたり、見苦しい顔にしたり、性格がいかにも悪そうに表現されたり・・・とそのモデルになった人は怒ったのではと思われるものがたくさんある 画と共に彫刻も同じながれである。ピカソのキュービスムの女性像も展示されていたが、これがとてもまともで気持ちの良い肖像画にうつった。(1994・9t) |
ルノアールの「ピアノを弾く婦人」 モネの「チャリング・クロス橋」 ゴッホの「子守りをするマダム・ルーアン」などが私には気に入った作品だ。ほかに、デュフィーの「開いた窓・ニース」の青もきれいであった。 いつものように、カタログを買ったが、このカタログは美術の歴史を順に追って見られるので、手近に置いて いつでも楽しみたい。(1994・8t) |
東京富士美術館は、八王子から少し離れた山の中にある創価学会が経営する美術館だ。隣には立派な創価大学がある。とにかく、大学も、美術館も目を見張るほどの建物。所蔵品もルネッサンスから20世紀まで膨大な量。また東洋陶磁器のコレクションも有名だ。 ちょうどドライブに最適の距離なので、ドライブを楽しみつつ行った。(1994・7t) |
ヨーロッパ絵画としては、クールベの「格闘する人」、ゴーギャンの「黒い豚」などが印象に残った。(1994.7t) ハンガリー国立美術館とブタペスト美術館の素晴らしい コレクションである。セガンティーニの「生の天使」は、ミラノ美術館のものより小型だそうであるが、それでも素晴らしい。日本の浮世絵の影響もあり、親しみ易い作品である。 シュトックの「春」は象徴派の絵画として非常に有名な作品である。その他に、ドラクロア、トロワイヨン、コロー、ルノワール、モネ、ゴーギャン、シャヴァンヌ、ボナール、ユトリロの名品も見られたのは、予想以上の収穫であった。ムンカーチ・ミハーイの「ほこりっっぽい道]も非常に良かった。(1994.7a) |
特にピーテル・クラースゾーンの作品は、ガラス器、しかも中にワインか何か入っているのだがそのワインが光っている様子やガラスにこちら側の景色が映っている様子を実にリアルに表している。また、銀の食器、パン、テーブルクロス、レモンなど実にそれらの質感がよく描かれているのだ。また、鳥を実に上手に描く画家もいる。 ファンタン・ラ・トゥールの静物画も リアルではないが目に優しい画で気に入った。セザンヌは例の机から転げ落ちそうな果物の画。ブラック、グリスの静物画はキュビスムだ。マチスのは、色彩がきれい。 (1994・7t) ピーター・クラースゾーンは17世紀のオランダ画家の1人であるが、本当に素晴らしい。スペインのルイス・メレンデスの「メロンと洋梨のある静物」も珠玉の作品である。シャルダン、ミレー、クールベ、ファンタン=ラトゥール、マネ、ルノワール、シスレー、モリゾ、カイユボット、セザンヌ、ヴュイヤール、マチス、アンソールらの静物画もそれぞれに味わい深かった。(1994.7a) |
マンチェスター美術館などイギリス・アイルランドの美術館からの借用展示会である。 1)バルビゾン派とその周辺:ミシェル、コロー、クールベ、ミレー、テオドール・ルソー、ド・ラ・ペーニャ、デュプレ、トロワイヨン、シェニョー、アルピニー、モンティセリヴォロンの美しい作品が並び、しばし幸せな気分になれる。特にクールベの「村の娘達」はメトロポリタン美術館所蔵作品の第1ヴァージョンということあるが、前者の人物像がサロンで不評だったので、風景画として人物を小さくしたこのヴァージョンを描いたのだという。私はこちらのほうが好きである。 2)印象派とその周辺:ブーダン、モネ、ピサロ、シスレー、ルノワール、ドガ、モリゾ、フォラン、シダネルの作品が展示されており、こちらも良い気分になれる。 3)印象派以後:ゴッホの水彩画「パリ城壁の上の家」が素晴らしい。シニャックの「ポントワーズの道」は色鮮やかな点描で、色彩の派手さはボナールばりの魔術師といえるほどである。 4)ボナールの「祖母と孫」は微笑ましい。その他の画もそれぞれに味があった。 総じていえば、随分良い企画であったといえる。(1994.6a) |
東欧といってもハンガリーは違いますね。特にブタペストは「ドナウの真珠」といわれる街でルネサンス時代にも東欧の中心都市だったのですから、この位のコレクションがあっても不思議と考えるほうがおかしいのでしょう。 でもやっぱり有名画家は気になりますね。ちょっと挙げてみましょうか。イタリアルネサンスでは、ジョルジョーネの「若い男の肖像」、ティツィアーノの「総督の肖像」、ロレンツォ・ロットの「天球と王笏を持つ天使」、ヴェロネーゼの「男の肖像」と「磔刑」、バッサーノの「枢機卿の肖像」と「ゴルゴダへの道」、ティントレットの「夫人の肖像」など3点、エル・グレコ?の「聖家族と聖アンナ」ほか1点(?が付いたのはエル・グレコにしては下手なのです)などがありました。 北方ルネサンスでは、デューラーの「若い男の肖像」、クラーナハの「ヨアキムへのお告げ」など4点、アルトドルファーの「聖母子」、ヘームスケルクの「キリスト哀悼」、スプランゲルの「狩の後でくつろぐディアナ」など結構ありますね。でも一部の作品は真筆なのか、工房作なのか、それとも・・・・・、と考えながら観るとちょっと疲れますね。もっともこのことは、この美術館に限ったことではなく、数年前のレンブランド事件を考えれば、どこにでも(もちろん日本ではしばしば)あることかもしれません。 今日の格言:信ずるものは救われん。(1994.4a) |
しかし、ヴェロッキオ、ダビンチ、ミケランジェロ、フィリッピーノ・リッピ、ラファエロがあるとなると、真剣だ。 多分、画学生にとっては、勉強の宝庫なのであろうが、所詮素人には素描画はちょっと退屈。これを「豚に真珠」と言うのだろうナ。 (1994・3t) |
とてもカイロまで旅行もできないので、ちょっと観てきた。女神イシスから、クレオパトラまでの彫像。 猫の形をしたバステト女神は猫の姿をしている。ほっそりとして、猫なのに背筋をピンとして坐っている姿はやはり女神猫だ。 (1994・2a) |
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実際に出掛けたのは、1994年2月6日である。流石に館内は混みあっているが、サイズの大きな画が多く、十分に堪能できた。というより先のカタログで十分に研究してあるので、これを確かめるために西洋美術館にきたといってもよい。画のサイズだけは、実際に観て観ないと分からないのである。 ルノワール、セザンヌ、ピカソ、モディリアニ、マチスの作品が多く、バーンズの好みを示している。医師であったが、目薬が当たって、購入資金となった。ただ性格的に変わった人物らしく、ほとんど公開せず、自分だけで楽しんでいたらしい。そんなバーンズもあの世まではこれらの画を持っていくことはできず(大昭和製紙の斉藤氏が手に入れたゴッホのガッシェ医師の肖像を、自分が死んだら一緒に火葬してくれといって非難をあびたことがあったが・・・)、コレクションの維持費を稼ぐため、はるか日本まできたらしい。
セザンヌは個人的にはあまり好きではなかったのであるが、有名な「緑の帽子のセザンヌ夫人」 、「赤いチョッキの少年」、「カード遊びをする人たち」、「果物皿・水差し・果実」、「大水浴」などを観ると、やはりこれは只者ではないという気がしてくる。
ピカソでは、「曲芸師と幼いアルルカン」、「男の頭部」・「女の頭部」が印象的であり、マチスでは「生きる喜び」、「三姉妹のトリプティック」、「音楽のレッスン」、「ダンス(メリオンの壁画)」などが良かった。(1994.1a) |
エルミタージュ展の第2弾である。今回はルネサンスである。このような世界の至宝をいながらにして楽しめる日本となったのである。第 特にジョルジョーネの「風景の中の聖母子」が素晴らしい。ジョルジョーネといえばヴェネツィア派でも、横綱級の巨匠であるが、意外と見る機会が少ない。私の好きな作品はエルミタージュの聖母子像が第一である。特に聖母マリアに顔が優しく、赤と緑の服装も優雅である。背景に拡がる谷、森、館、遠くの山々も独特な輪郭のぼやけと微妙な陰影を伴って、一度見たら忘れられない絵となっている。 ペルジーノの「若い男の肖像」、ボッティチェリの「聖ドミニクスと聖ヒエロニムス」、パルマ・ベッキオの「キリストと姦淫の女」、ロレンツォ・ロット の「老人の肖像」、ベッカフーミの「聖女カタリナの神秘の結婚」、ティッツィアーノの「若い女性の肖像」と「全能者キリスト」、ヴェロネーゼの「聖女カタリナの神秘の結婚」と「キリストの復活」、アンニバーレ・カラッチの「キリストの墓を訪れる聖女たち」などの油彩画の他に、フィリッポ・リッピ、ポントルモ、パルミジァニーノ、バッサーノ、ティントレット、ヴェロネーゼ、カラッチなどの素晴らしい素描画もあり、一つ一つの画の前で立ちすくみ、出口に来るや、もう一度最初から観なおして、これらの傑作に別れを惜しんだ。(1993.11a)
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ダブリンからはるか海を越えて来たルネサンス・バロック・ロココの作品はどれも素晴らしいものであった。どうしてアイルランドにこのような名品が揃っているのであろうか。やはり日本とヨーロッパの差を感じざるを得ない。 とりわけティツィアーノの「エマオの晩餐」、ルーベンスの「貢の銭を見出す聖ペテロ」、スルバランの「聖女ルフィーナ」、ムリ−リョの「子羊と遊ぶ幼い聖ヨハネ」、ドラクロアの「海辺のデモステネス」が印象的であった。 スルバランの聖女ルフィーナは3世紀セビーリャの貧しい陶工の娘で、隠れたキリスト教徒であった。姉フスタとともに父親の陶器がヴィーナスの神殿で使われるのを止めようとして、女神像を砕いたため、姉妹ともに絞首刑となった。(1993.11a) |
各章ごとに一つか二つずつ私が気に入った作品をあげると、1.ルノワールの「舞台衣装のアンリオ夫人」の上品な藤色、ドガの「断崖のふもとの家並み」の素晴らしい紫色、2.アンソールの「貝殻」の多彩な色合い、3.ボナールの「二人の裸婦のいる風景」やマチスの「サフラン色の薔薇と鳥篭のインコ」の鮮やかな黄色、4.ノルデの「強風に立つひまわり」の輝く黄色、5.クレーの「思案に暮れて」の茶紫色、6.ピカソの「果物皿とグラス」の黒緑色の細かい斑点、7.モランディの「静物」の陶土色などが印象的であった。これだけ作品数が多いと、ぱっと目に入ってくる色彩が人の心をまず捕らえるのだろう。(1993.10a) |
ヴェロネーゼ、エル・グレコ、シャルダン、ブーシェ、グルーズ、グァルディ、ゴヤ、レイノルズ、ゲインズバラ、トマス・ローレンス、ジェラール、ドラクロア、トロワイヨン、コロー、ドービニー、ファンタン・ラトゥール、クールベ、ピサロ、シスレー、モネ、ドガ、ルノワール、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、ボナール、ヴィヤール、ロセッティ、ミレイ、サージェント、エルンスト、ミロ、、レジェ、ピカソ・・・と絶品が揃っており、本当に西洋美術史の陳列そのものであった。さらにスコットランドの絵画もラムズィ、レイバーンのような古いものから、グラスゴー派の作品まで揃っていた。 有名なゴーギャンの「三人のタヒチ人」に邂逅できたのも幸運であった。 私はサージェントの「ロックノーのレディ・アグニュー」が素晴らしいと思った。というよりは私が画の中で観た最高の美人であると信じている。(1993.11a)
爽やかな、美しい絵もあった。パン屋さんでよく見かける「ポンパドール夫人」はモーリス・カンタン・ド・ラトゥールのもののようですが、この「ポンパドール夫人」はブーシェのもの。ルーブル美術館には、モーリス・カンタン・ド・ラトゥールのものとブーシェのものがあって紛らわしいが、スコットランド美術館のは別なブーシェで、周りの情景が省略され、夫人自身に焦点が当てられたものだ。ブーシェのリボンや、花、レースをたっぷり使った優雅なドレスを身につけた夫人、頬がほんのりとピンクにしてある、ブーシェ独特の描き方である。(1993.11t) 追記:パン屋さんの「ポンパドール夫人」はルーブル美術館のブーシェのものだと思っていたのだが、BBSでこれはモーリス・カンタン・ド・ラトゥールのものだとのご注意を受けたので、その箇所を書き換えた。(2005.5a)
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システィーナ礼拝堂の大壁画修復を記念して、企画された展覧会だ。 一番のめだまは、レオナルド・ダビンチ の「荒野の聖ヒエロニムス」。「モナリザ」以来日本で公開されるダビンチの2作目の真作油彩画とのふれこみである。聖ヒロエニムスが荒野でガリガリの身体に石を打っている。その前には、いつものようにライオンがハチ公のように、忠実に坐っている。(1993.11t) |
画の題材もミレーに影響を受けて、農民を描くことを目指したのだ。農民画家ゴッホの誕生だ。(1993.9t) 安田火災東郷青児美術館で5年間にわたって開かれるアムステルダム・ゴッホ美術館のコマギレ美術展の第1弾である。私は忙しかったので観ることができなかったが、家内は観に行ってきて、大したことはなかったという。そう云われると見逃したのがますます残念になる。(1993.11a) |
ムンクの他の作品も、彼自身の経験した、家族の死、恋愛、それにまつわる事件が モチーフとなっている。「不安」、「メランコリー」、「声」など感情を表す絵が多い.(1993.10t) |
ピーター・ブリュ−ゲルのバベルの塔はウィーンとロッテルダムに残っているが、ついに後者が日本にやってきた。天まで届く巨大な塔を建てようとする人間の傲慢さを諌めるため、神が人類が同じ言葉を使うことができなくしたと言う「旧約聖書」の物語。バブルの時代の建築である東京都庁「バブルの塔」はさしずめ経済大国と称して奢っている日本人の象徴であり、そのうち神罰が下るかもしれない。 この画家は本当の職人だったのだろう。それでなければ、こんなに時間のかかる作業をやるはずがない。よく見ると、本当に細かいところも手抜きしないで、しっかりと描かれており、その発想の豊かさに驚かされる。 本当に脱帽、そして敬礼!(1993.10a) (追記)1993年の日本は、まだバブル景気を謳歌しており、新しい東京都庁はバブルの塔と呼ばれていた。このボイマンス美術館展はセゾン美術館で開催されたのであるが、バブルがはじけるや、セゾン美術館自体が閉館されたのは、まさに聖書の創世記にしるされた「天まで届く塔のある町」に対して主なる神が下された混乱の再来のようである。 |
例えば、ホドラー、ジャコメッティ一族、クーノ・アミートなどのスイス派の作品の他に、ドラクロア、ピサロ、ルノワール、リーバーマン、ウーデ、ヴァロットン、スレフォークト、マティス、ドラン、,ピカソ、ブラック、レジェ、ユトリロ、スーティン、カンジンスキーなどの好品が並んでいた。よかった。(1993.9a) |
グアルディやレピーヌの風景画もすごく沢山あった。せっかくリスボンに来たのでカタログを買おうとしたが、ポルトガル語のしかなく、作品が膨大にあるのでかなり厚く重いもので、絵画はほとんどモノクロ・・・ちょっと残念だが買った。(1993.9t) |
絵画ではデューラーの「聖ジェロニーモ」と、なんといってもボッスの「聖アントニウスの誘惑」三連祭壇画。不気味な妖怪、悪魔のオンパレード。しかも皆変な事をしている。残酷、変態 、よくもこんな発想ができるものだと感心するやら・・・。本当にボッスって変な画家。 ヌーノ・ゴンサルべスがエンリケ航海王子を描いた「多翼祭壇画」も素晴らしかった。(1993.9t) |
ルノワール展:
東武美術館 |
![]() この展覧会には、三重県立美術館の「青い服を着た若い女」、エルミタージュの「扇を持つ女」、ル・アーブルの「ハイカー」、メトロポリタンの「ピンクと黒の帽子を被った少女」、ロスアンジェルス・カウンティの「本を読む二人の少女」、クラーク・アートの「本を読む少女」や「手紙」、ハイドコレクションの「ココ」など少女にたいする優しいまなざしが注がれた優れた作品が揃っており、しばし和やかな気分に浸ることができた。(1993.8a) |
ジェリコー「メデュース号の筏」(下絵)、ドラクロアの「サルダナパールの死」(下絵)、アングル「アンジェリカを救うルッジェーロ」、ヴェラスケスの「王女マリア・テレーサの肖像画」など堂々たる絵画がある中、私のお気に入りは シャルダンの「食前の祈り」、ジョルジュド・ラトゥールの「聖トマス」、 スルバランの「聖女アポロニア」だ。(1993・6t) やっぱりルーブルは凄い。素晴らしい画の集合で、圧倒された。お気に入りはヴェルネの「海景、月明かり」、ヴェロネーゼの「子供と犬を連れた婦人の肖像」、グロの「アルコール橋のボナパルト」、シャルダンの「食前の祈り」と「葡萄の籠」、ボルドーネの「フローラ」ドラクロアの「ストーブ」、ロランの「港、霧の効果」などなど・・書き出せばきりがない。(1993.6a) |
翌朝はうってかわった快晴で、私は岐阜駅からバスで15分のところにある岐阜県美術館に出かけた。 この美術館はルドンのコレクションで有名である。チケットもルドンの「目を閉じて」である。期待通り、ルドンの鮮やかな色彩は、立派な前庭の5月の緑に映えて見事であった。 (1993.5a) |
ライスダールの広い空にちょっと暗い雲が描かれている風景画、クロードロランの風景画、バルビゾン派の風景画、モネ、ピサロの風景画・・・と、風景画の歴史が楽しめた。(1993.5t) |
印象派の絵画が中心です。このころのパリはまさしく国際都市ですね。印象派の中でもピサロはカリブ海のセントトマス島出身です。私は一度だけ行きましたが、良い所ですよ。ピサロの生まれたころはデンマーク領でしたが、今はアメリカ領となっています。ただし関税がかからない自由港なので、ショッピングとマリーンリゾートを目的に観光客で賑わっていました。 閑話休題、私が書きたかったのはドガのことです。彼の祖母と母はなんとこのニューオリンズ出身なのです。そこで彼も5ヶ月間、ニューオリンズに滞在しています。もちろんそこでも画を描いており、シカゴ美術館には滞在した親戚の仕事場の画がありました。何々、随分あちこち遊んでいるではないかって。仕事ですよ、仕事。ただしちょっと時間を作って美術館に出かけてはいますが。
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ポーランドにも素晴らしいコレクションがあること実感した。しかし本展覧会では名前の知らない画家も多かった。これは自分の知識不足というよりも、当時のバロック絵画の底辺の広さを物語るものなのであろう。画は作家のブランド名で見るのではなく、作品自体で評価すべきものであるが、どうしても名前に目がいってしまう。(1993.4a) |
ロシアの絵画を見直した美術展だった。特にクラムスコイ、シーシキン、レーピン、スリコフらの移動派の画家たちの作品は素晴らしい。 クラムスコイの「読書」の妻に対する暖かいまなざし、シーシキンの「森のはずれに咲く花」の小雨の表現、レヴィタンの「春の氾濫」の白樺の色などは、長く心に残る。(1993.4a) |
ベルナールの作品もたくさんあった。そのほか私が知っているのはドニ位で、後はあまりなじみのないポン・タヴァン派の画家であった。風光明媚なこの地で、仲間といっしょに画を描いたり、芸術論を語り合ったりと、皆すごく楽しかっただろうなと思いつつ、ゴッホも、このような環境を作りたくってゴーギャンをアルルに呼んだのかなとも思った。(1993.4t) ゴーギャンは私の好きな画家の1人である。今回はたっぷりとゴーギャンを満喫した。家内はなぜかゴーギャンを好きになれないという。好みというのはいわく不可解である。(1993.4a)
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イギリス絵画は確かにフランス絵画とは異なっている。そのことはこの展覧会を観て痛切に感じられた。
フランスにくらべ、イギリスには美人が少ないので、このように理想化した画が多いのであろうか。周りに綺麗な人がいなくても、画を観れば「素晴らしい美人がそこにいる」というわけなのだろうか。 それにしても近い国なのに、料理にも格段の差がある。(1993.4a) |
有名な画家のものとしては、モローの「馬に喰われるディオメデス」、ジェリコーの「馬」、ドラクロアの「アルジェのユダヤ女の化粧」シャセリオーの「ローマ帝国アウグスットゥスとその奴隷」、ドービニーの「オブトブスの水門」、ドガの「木陰で死んでいるキツネ」、モネの「ヴェトゥイユを流れるセーヌ河」、コローの「ヴィル・ダブレーの朝」、ラファエル・コランの「眠り」、アングルの「麗しのゼリー」、ミレーの「海軍将校の肖像」などがあったが、失礼ながらこれらの画家の作品としては中等度のものばかりであった。 しかしそれほど有名ではない画家のものとしては、ルフェーブル、ブイヨン、ルニョー、モンシオ、レヴィ、デュヴァル、ルモニエ、クール、シュネッツ、ドゥカン、シャプラン、ボワリーらの画は本当に美しいものであった。もし旅行でルーアン美術館を訪れたとしても、有名な画家の作品をツマミ食いしながら、駆け抜けるだけで、これらの作品をゆっくりと鑑賞する暇はとてもないものと思われる。 特にレヴォワルの「ルーアンの牢内のジャンヌ・ダルク」と、ラロッシュの「牢内でウィンチェスター枢機卿に尋問されるジャンヌ・ダルク」、パトロワの「処刑場に引かれるジャンヌ・ダルク」は、彼女が火焙りにされたルーアンの地から運んでこられたものだけにのものだけに、まことに鬼気迫るものがある。(1993.3a) |
14代の徳川将軍家茂からの献上品の染付けの重箱もあった。(1993.3t) |
作品構成は、ストラスブール美術館長によるもので、テーマ別に13に分類して展示してあったが、それぞれに年代が違いすぎるものを無理にまとめたような感じがあった。むしろ国別・時代別に分類した方が良かったのではないか。 有名なデューラーの版画「騎士と死と悪魔」やターナーの「遠方に革と湾の見える風景」はとても気に入った。、(1993.3a) |
3月の第1週は福岡に滞在することになった。学会が三つもしまったためである。心地よい春の陽光に誘われて、学会場を抜け出し、大濠公園から美術館へと散歩してみた。 福岡市美術館では、パキスタン出身のラシード・アライーン展が開かれていたので、これを覗いてみることにした。 9枚ののパネル構成で比較的分かり易い主張を載った作品が並んでいた。この福岡市美術館はこのようなアジアの現代アートに力を入れているとのことであった。 常設展もかなりしっかりしており、洋画・日本画のほかに茶道具も並んでいた。(1993.3a) |
バッラ、ボッチオーニ、セヴェリーニなどの未来派の作家には、ここではじめお目にかかったが、それぞれの画にスピード感があり、なかなか面白いと思った。(1993.2a) |