海外美術散歩 10-1 (日本美術は別ページ)

 

ボルゲーゼ美術館展 10.1 ターナーから印象派へ 10.2 マッキアイオーリ 10.2 レンピッカ 10.3
ルノワール 10.3 マ ネ 10.4 朝鮮陶磁 10.4 19−20世紀水彩・素描 10.4
ユトリロ展 10.5 阿蘭陀とNIPPON 10.5 ボストン美術館展 10.5 挿絵本の世界展 10.5
ストラスブール 語りかける風景 10.5 ノーマン・ロックウェル 10.5 オルセー:ポスト印象派 10.5 ミュシャ 10.5
中国の扇面画 10.6 カポディモンテ 10.6 ドーミエ 10.6 シャガール 10.7

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シャガール ロシア・アヴァンギャルドとの出会い〜交錯する夢と前衛: 東京藝術大学大学美術館

 

シャガール:緑色の恋人たち T.地下第1室: ロシアのネオ・プリティヴィスム シャガールの作品は、1908年の《自画像》と《死者》から始まる。構成は確かに伝統的なロシア美術の影を引きずっている。1910−11年の《アトリエ》や1911年の《父》もユニークである。同時代のゴンチャローワとそのパートナーのラリオーノフの作品が多数同じ部屋に並んでいたが、平面的で濃密な色彩は初期のシャガールの画と共通する土俗性を備えている。

 U.地下第2室: 形と光−ロシアの芸術家たちとキュビスム 《ロシアとろばとその他のものたち》は、1911年パリに出たシャガールが制作した最初の大きなコンポジション。 この象徴的な画には、キュビスムの遺産である対角線の力強い幾何学的構成とロシアの大衆版画の人物像のプリミティヴな単純化という二つの要素を包含している。

 V.地下映写室: ビデオ「シャガール」が上映されていた。とてもお洒落で内容豊富な作品。

 W.3階第1室: ロシアへの帰郷 1914年一時帰郷のつもりであったが、第一次大戦の勃発のため長期滞在となり、ロシア革命の影響をもろにうける。 1916−17年の《緑色の恋人たち》や《灰色の恋人たち》といった歓びにあふれた作品が並んでいた。《立体派の風景》のようなキュビスム丸かじりの作品もあったが、その中にも故郷のモチーフが隠れている。 6点のカンディンスキーの風景画は小ぶりの油彩だが、とても和む作品たちである。

  X.3階第2展示室: 歌劇「魔笛」の舞台美術 1967年2月19日に新メトロポリタン歌劇場でこけらおとしされたモーツアルトの歌劇「魔笛」の舞台衣装、背景幕、舞台デザインはシャガールが手がけた。 そのデザイン原画が展示されていた。お気に入りは、黄色の《モーツアルトへのオマージュ》、青色の《夜の女王》、赤色の《フィナーレ》。

  Y.3階第3室: シャガール独自の世界へ 1935/1947年の《家族の凝視》は、ヒトラーによるユダヤ人狩りを逃れて渡米したシャガールがアメリカに持ち込むことに成功し、戦後まで手元に置いておいた歴史的作品。 1945年の《彼女を巡って》は、前年に愛妻ベラを失い一時筆を折った後に再開した際の作品。大きな画を半分に切り、その左側を描き直したといういわく付きのもの。画全体が淋しい青に包まれている。 その後に描かれた作品たちはすべて明るい画となっている。お気に入りは、《日曜日》、《虹》、《イカルスの墜落》。 このイカロスは画家自身なのかもしれない。太陽をめざしてがんばったシャガールの落ち行く先は故郷ヴィテブスクだったのだろう。 

(2010.7a) ブログ

 

オノレ・ドーミエ版画展―「カリカチュール」と初期の政治諷刺画: 国立西洋美術館

 

 共和党系新聞「カリカチュール」収載のドーミエの風刺画は約40点展観されている。

 7月王政、政治家、民主化のいずれに対しても痛烈な批判を浴びせている。

 この新聞は弾圧によって5年でつぶれたが、ドーミエはこのために有名になった。 

(2010.6a) ブログ

 

ナポリ・宮廷の美 カポディモンテ美術館展 : 国立西洋美術館

 

パルミジャニーノ《貴婦人の肖像(アンテア)》 ファルネーゼ家が収集したルネサンス・バロック美術の作品とブルボン家が収集したナポリ・バロック美術の作品がやってきた。ファルネーゼ家が中心になった以前の「パルマ展」の続きのような素晴らしい展覧会。

T−1.イタリアのルネサンス美術: ・パルミジャニーノ《貴婦人の肖像(アンテア)》、・ブロンズィーノ《貴婦人の肖像》、・ティツィアーノ《マグダラのマリア》、・エル・グレコ《燃え木でロウソクを灯す少年》。

T−2.イタリアのバロック美術: ・アンニバレ・カラッチ《聖エウスタキウスの幻視》、同《リナルドとアミーダ》、・グイド・レーニ《アタランテとヒッポメネス》、・ランフランコ《聖母子とエジプトの聖マリア、アンティオキアの聖マルガリタ》。

T−3.ファルネーゼ家と工芸: 素晴らしいの一言。

U.素描: ポントルモ、パルミジャニーノ、ティントレット、レーニ、ランフランコ、リベーラ、ジョルダーノなど。


V.ナポリのバロック絵画: ・アルテミジア・ジェンテレスキ《ユディットとホロフェルネス》、・マッティア・プレーティ《聖ニクラウス》。

(2010.6a) ブログ

 

中国美術館所蔵 中国の扇面画 : 渋谷区立松涛美術館

 

任伯年《蝋梅小鳥》 今回の展覧会には、中国美術館所蔵の明末から現代までの「扇面画」(一部は「団扇画」)が約100点展観されている。

 全体的には画と書の両者が見られるものが多く、また時代が下がるにつれて扇面のサイズが大きくなる傾向があった。

 明代のものとしては、文伯仁《平湖泛舟》と藍瑛《倣宋人山水》の2点。

 清代のもの15点の中でのお気に入りは、 蘇六朋《?瑯会琴図》、 居巣《芙蓉胡蝶》・《草虫》、任伯年《蝋梅小鳥》。

 民国時代のものと思われるものとしては11点。お気に入りは、 黄賓虹《山水》、陳衡恪《雙石》。

 今回は、近年の作品(2003-2010年制作)が大多数を占めており、現代中国絵画の多様性が扇面や団扇にも反映されていた。お気に入り多数なので、ブログを参照されたし。

(2010.6a) ブログ

 

アルフォンソ・ミュシャ展 : 三鷹市美術ギャラリー

 

ミュシャ:少女の像 第1章 パリ時代: 1.絵画とデッサン: 《フルショヴァニー城の衝立(西風とニンフ)》、《ローマの火災を見るネロ》。

2.ポスター: 《メディア》の左手の蛇のブレスレットが、実際の宝石《蛇のブレスレットと指輪》として展示。これは以前に「堺市文化館」でみている。後は《パーフェクタ自転車》、《ムーズ川のビール》。

3.装飾パネル: おなじみの《四季》、《四芸術》、《四つの星》など。4.デザイン(カレンダー、メニューなど): リトグラフ《黄道十二宮》、チラシに使われている《メニュー・モエ・エ・シャンドン》。 

5.本、雑誌の装丁と挿絵: リトグラフの書籍《主の祈り》。

6.『装飾資料集』と『装飾人物集』: 下絵だが、食器を描いたものなどは見事。

7.彫刻・工芸品など: ナント歴史博物館からのビスケットの缶や箱。

 第2章 アメリカ時代: 《レスリー・カーターのポスター》。

 第3章 チェコ時代: 1.絵画とデッサン: 油彩の《少女の像》、《ミューズ》 、《チェコの心》、《ターバンを巻いた少女》、《サマリアの女》。

2.ポスター: 《ヒヤシンス姫》、《第6回ソコル祭》が出ていたが、《南西モラヴィア挙国一致宝くじ》。

3.プラハ市民会館市長ホールの原画

4.デザイン: 《プラハ聖ヴィート教会のステンドグラスのプラン》。

5.『スラブ叙事詩』の下絵と『同胞のスラヴ』

(2010.5a) ブログ

 

オルセー美術館展2010 ーポスト印象派 : 国立新美術館

 

ラコンブ《紫の波》 キャンベラ・東京・サンフランシスコの「世界巡回展」。「ベスト・オブ・オルセー」展という表現が当たっている。

 第1章:.1886年―最後の印象派、第2章:スーラと新印象主義は、いわばイントロ。

 第3章:セザンヌとセザンヌ主義、第4章:トゥールーズ=ロートレック、第5章:ゴッホとゴーギャン、第6章:ポン=タヴェン派
が、今回の展覧会の中心。

 意外に良かったのは、第7章:ナビ派、第8章:内面への眼差し(象徴派)、第9章:アンリ・ルソー、第10章:装飾の勝利。

 ブログに詳細を書いた。

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ノーマン・ロックウェル: 府中市美術館

 

ロックウェル:家出 アメリカに愛された国民的イラストレーターのロックウェル。その心優しい作品が展示されている。

 ロックウェルの描いた世界は現在の米国内にも存在しており、報道写真家のケヴィン・リヴォーリはそういった情景を写真に収めている。今回の展覧会にはロックウェルの画に対応するリヴォーリの写真が併置されていたが、それがまた面白い。

 チラシの《家出》には、赤い風呂敷包みと杖を持って家出してきた少年とそれを保護する警官と食堂の主人が描かれている。古いラジオが時代を表し、黒板に書かれたスパゲッティー、ミートボールなどの字が田舎町の雰囲気を出している。

 これに対応するリーヴォーリの写真は《警官》では、自動車事故で病院に運ばれた母親から離れた少年と「心配ないからね」と慰めている警官が写されている。

 このような画と写真のコンビネーションが35点。心癒される情景である。

(2010.5a) ブログ

 

ストラスブール美術館所蔵 語りかける風景: BUNKAMURA

 

カンディンスキー《サン=クール公園》 ストラスブールはアルザス地方の中心都市。現在はフランスに属しているが、いわば歴史に翻弄された街で、しばしばドイツ領となっている。その中に10もの美術館・博物館があるが、今回はそのうち古典美術館と近現代美術館に収蔵されている風景画が展示されていた。

 今回のベスト・オブ・ベストはカンディンスキーの《サン=クール公園》。手前の横方向のタッチと後方の木立の縦方向の描写が見事な対照となっており、、前景の緑や青がいかにも美しい。

 ひとことでいうと穏やかな画の集合。有名画家の作品は少ない。見終ってみると、列車の窓からヨーロッパの風景が流れていったという気がする。

(2010.5a) ブログ

 

挿絵本の世界 : 町田市立国際版画美術館

 

 ケイト・グリーナウェイ《窓の下で》挿絵本といえば版画と表裏一体の関係にある。

第1章 プロローグ−版画、書物と出合う 15世紀末〜16世紀:  初期の活字印刷本のなかの版画の数々。素朴な木版画から高度に洗練されたデューラーらの作品にいたる発展が示されていた。 

第2章 百花繚乱の19世紀

 1.”きれい”: ウィリアム・モリスとバーン=ジョーンズ《チョーサー著作集》、ミュシャ《イルゼ・トリポリの姫君》、美しいファッション・プレート、 バルビエ《架空の伝記》などがお気に入り。

 2.”カワイイ”: グランヴィルの《もう一つの世界》や《生きている花々》、リチャード・ドイルの《妖精の国で》、ウォルター・クレインの《ハバードおばさんの絵本》は、分かりやすいキャプションが付けられていて楽しめた。

 3.”怖い”: ここにはブレイク、ドレ、マネ、ビアズリー、ルドン、ハリー・クラークの見慣れた作品が並んでいた。

第3章 アーチストと本−20世紀: ボナール、ドニ、カンディンスキー、ココシュカ、デュフィ、ピカソ、シャガール、エルンストなど有名画家の挿絵本が出ていた。

(2010.5a) ブログ


ボストン美術館展 西洋絵画の巨匠たち : 森ACG

 

 ボストン美術館の作品は何度も見ているが、優れた作品は何回みてもその時に応じた感動がある。今回は、次の8章に分かれていたので、それぞれ別の記事としてブログにアップした。

 モネの作品が一堂に集められていたこと、肖像画のセクションが充実していたことが記憶に残る。

 T 多彩なる肖像画、 U 宗教画の運命、V オランダの室内へ、W 描かれた日常生活、X 風景画の系譜へ、Y モネの冒険、Z 印象画の風景画、[ 静物と近代絵画

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阿蘭陀とNIPPON : 塩とたばこの博物館

 

川原慶賀:シーボルト像 副題は「レンブランドからシーボルトまで」。それほど期待しないで見に行ったが、それは嬉しい誤算。

 実際には「近世考古学」にしっかりと裏打ちされたレベルの高い展覧会だっ会場が狭いため、いろいろ展示に工夫はされているが、それでも展示しきれなくて図録やデジタルDBにまではみ出していた。


 プロローグ 南蛮の時代、第1章 VOCによる通商、第2章 交流と影響、第3章 シーボルトと川原慶賀、エピローグ 出島の終焉ー商館長から領事へ、という章立てであるが、第三章が一番面白かった。

(2010.5a) ブログ


モーリス・ユトリロ展 パリを愛した孤独な画家 : 損保ジャパン東郷青児美術館

 

ユトリロ:テルトル広場 自分のユトリロに対するイメージとしては、@アルコール依存症により入退院を繰り返した自己管理のできない画家、A母ヴァラドンやその夫ユッテルさらには妻リュシーによって鉄格子のはまったアトリエに監禁され、画の代金は母・その夫・妻に搾取されたダメ男、B絵はがきを手本としてステレオタイプなパリの風景を描いた平凡な画家、といったネガティブなものが多かった。

 そこでこの展覧会の期待度も低かったのであるが、実際に見てみると、今回の展示品は「今まで見てきたユトリロよりも一クラス上のものが多い!」ということを認めざるをえなかった。 「今回の展示品はある1人のコレクターの本邦初公開作品ばかりである」ということも今回の売りである。

 章立ては、1.モンマニーの時代(1904-)、2.白の時代(19010-)、3.色彩の時代(1920-55):。

(2010.5a) ブログ


19-20世紀水彩・素描展: 国立西洋美術館

 

 ブラングィン展の関連小企画展として西美で開かれている「19−20世紀水彩・素描展」を観てきた。

 習作としてあるいは独立作品として制作された水彩・素描作品には、油彩画とは違う味わいがある。紙作品は光や湿度など環境の変化に弱いためあまり展示の機会は多くないのであるが、会場でフラシュなし写真を撮っても良いという期待せぬサービスにも恵まれた。詳細はブログ参照。

(2010.4a) ブログ


朝鮮陶磁ー柳宗悦没後50年記念展: 日本民藝館

 

朝鮮白磁壷 1階ホールの陳列ケースには白磁が並び、階段の正面や左右の壁には立派な民画や官画が掛けられていた。

 2階へ上がると、展示室は板敷きの床で、採光には紙障子が、陳列ケースには木製のものが用られている。展示品の名称は小さな板に手書き文字で書かれ、題名以外の解説的な文章は一切添えられていない。これは無心に物と向かい合うべきだという柳の信条に基づくものだとのことである。

 最初の企画展示室には李朝の茶碗、2階奥の新館の特別展示室には沢山の壷が陳列されていた。

 再び本館2階に戻って反対側の展示室に入ると、ここには文房具が沢山陳列されていた。2階の最後の展示室には高麗青磁が出ていた。発色の良いものとしては《青磁象嵌雲鶴文瓶》や《青磁象嵌菊牡丹文盒子》があげられるが、北宋汝窯の天青とはちょっと違っている。やはり翡色というべきなのだろうか。

 ちょうど通りの向こうの西館の公開日だったのでお邪魔してきた。栃木県から移築した明治期の石屋根の長屋門が目立つ柳の旧居である。2階の書斎の窓の障子が開けられており、美しい枝垂れ桜を鑑賞できた。書棚の本の背を目で追っていくと、柳の人生をたどれるようだった。階下には声楽家だった柳兼子夫人の顕彰室があり、グランドピアノが置かれていた。

(2010.4a) ブログ


マネとモダン・パリ: 三菱一号館美術館

 

 丸の内に新しい美術館が誕生した。「三菱一号館」は、1894年ジョサイア・コンドルによって設計された洋風事務所建築であるが、老朽化のため解体されていたものである。これが、今回、以前の設計に沿って同じ場所に美術館として再生した

 開館前日の内覧会に参加することができた。レトロな建物の内部では、以前の銀行窓口が美術館のチケット売場となっており、各展示室には暖炉が置かれ、階段には昔の材料も使われていた。内部には沢山の小部屋があり、それをつなぐ廊下を通っていく。まるで迷路のように感じるところもあった。

マネ:すみれの花束をつけたベルト・モリゾT.スペイン趣味とレアリスム: 1850−60年代 マネは若い頃からスペイン美術に興味を持っていた。今回展示されている《ローラ・ド・ヴァランス》はその1例で、舞台のそでに立つ派手な衣裳の踊り子が描かれている。黒・赤・緑はマネ特有の色としてその後も大きな影響をたもっていくようである。《死せる闘牛士》では黒が目立つ。この画はもっと大きな作品として制作されたものであったが、評判が悪かったため、カンヴァスを切断して今のような横長のものになっているもの。《街の歌い手》は、飲み屋からギターを抱えて出てきた女性にモデルを頼んだが断られ、代りにお馴染のモデルを使って画を仕上げたという。この画でも黒と灰色の印象が強い。

 版画が沢山出ている。有名な《オランピア》については、銅版画が2点、木版画が1点である。

 有名な《エミール・ゾラ》が来ていた。この画にはジャポニスムの影響が見られ、花鳥画の屏風や力士絵が描き込まれている。スペインの影響は、黒い色彩のほかに、ベラスケスのバッカスの複製版画として取り込まれており、マネ自身との関わりはオランピアの写真とMANETという青い冊子で表されている。

U.親密の中のマネ: 家族と友人たち ここでは断然ベルト・モリゾの肖像が光っている。1873年の《横たわるベルト・モリゾの肖像》と1872年の《すみれの花束をつけたベルト・モリゾ》。両者ともに黒服で、胸元の緑(前者)や菫色(後者)が目立っている。また両者ともに大きな眼をじっとこちらに向けてくる。モリゾがマネの弟のウジェーヌと結婚したのは1874年12月であり、その少し前のモリゾがマネに向ける眼差しにはえもいわれぬ雰囲気が感じられる。

V.マネとパリ生活: ここではマネの作品の色調が全体として明るくなってきていることに気付く。例えば《ラティユ親父の店》では、戸外の明るい光の中に女性を口説く男とそれを眺める給仕が描かれている。男の黒い蝶ネクタイがなければ印象派絵画といってよいかもしれない。静物画の色彩も鮮やかになってきている。《花瓶に挿したシャクヤク》はナカナカ良い。《秋(メリー・ローランの肖像)の黒服は、美しい花が撒かれた空色の壁紙の明るさに圧倒されている。《フォリー=ベルジェールのバーの習作》が面白かった。コートールドの完成作と比較すると、鏡に映る女性と実像の距離は習作のほうが自然であり、女性を口説く男性の鏡に映った姿の大きさも習作の方が遠近法にかなっていると思われる。

(2010.4a) ブログ


ルノワールー伝統と革新: 新国立美術館

 

ルノワール:読書するモネ 今回のルノアール展のチラシやHPを見ると、何回か観た画が多いのでパスしようと思っていた。ところが昨日の日曜日はポカポカ陽気。思わず孫に電話して一緒に観にいくことになった。長女の下の子、小学校1年生のWちゃんがつき合ってくれた。

 わたしはWちゃんのボランティア・ガイド。忙しくて自分で楽しむ余裕はほとんどない。一方、Wちゃんはチラシとリストを片手にチャッカリ画の前に出て、しっかりと観ている。その部屋で一番良かった画はどれ?などと聞きながら、飽きないように結構なスピードで見ていく。子供の肖像画が一番好きで、風景画は嫌い。なるほどルノワールの風景画は上手とはいえないという意見にはわたしも賛成である。裸体画の部屋では好きな画は皆無。ショップは大混雑。

 子供連れでは絵はがきを選ぶこともできないので、10枚800円のセット絵はがきを買った。見おわってオープン・カフェでランチ。テーブルの上にこのセットの絵はがきを広げて、自分の分とお姉さん、パパ・ママへのお土産を選択。 自分のものの決断は意外に早かった。《団扇をもつ少女》と《アンリオ夫人》である。

 エスカレーターやシースルー・エレベーターを使って館内ツアーの後、まぶしいばかりの春の陽光を浴びながら外から美術館を見て、地下鉄の駅に向った。良い一日だった。最後に自分のお気に入りを1枚。《読書するクロード・モネ》である。

(2010.3a) ブログ


レンピッカ展: Bunkamura

 

 彼女の経歴は波乱に富んでいる。1898年ワルシャワの裕福な家庭に生まれ、イタリアやスイスで画を学ぶ機会があったが、1961年ロシアの伯爵と結婚した。1917年のロシア革命で、パリに亡命し、肖像画家としての才能が認められた。

レンピッカ:緑の服の女 展覧会は、この時代を第1章「狂乱の時代(レ・ザネ・フォル)」としてまとめている。その頃の作品として目についたのは、《初めて聖体を拝領する少女》。これは娘ギゼットをモデルにしたもので、「白の交響曲」といわれる美しい色彩であるが、冷たく娘に対する愛情が感じられない。《ピンクの服を着たギゼット》では、反抗的ともとれる娘の表情が見てとれ、片方の靴が脱ぎ捨てられているところを描くなど、当時の母娘関係がうかがわれる。今回のチラシやチケットに使われている《緑の服の女》のモデルもギゼットであるが、車を運転する《自画像》との類似に驚く。レンピッカは娘に対して複雑な感情を抱いていたような気がしてくる。1928年に離婚。その頃の夫の肖像画には、結婚指輪があるはずの左手が未完であり、全体的に暗く、夫に対する憎悪が感じられる。有名な車を運転する《自画像》も出ていた。ドイツのファッション誌の表紙原画と雑誌が並べられていたが、その中では《サン・モリッツ》に目がいった。

 またその頃の彼女自身の写真が沢山出ていた。スコブルつきの美人である。1929年には訪米しているが、当時描いた《ニューヨーク》や《摩天楼を背景にした裸婦》の風景の暗さはどうしたことなのだろうか。彼女は両性愛者であるが、特にレズ的な傾向が強かったらしく、レンピッカの愛人でもあり、モデルでもあった女性の画が出ていた。彼当時の静物画としては、中央の《カラーの花束》が出ていた。これは平滑な東郷青児的な画。

 第2章の「危機の時代」に入ると画風が一変する。当時の世界恐慌や本人のうつ病も関係しているとの説明であるが、《難民》、《マンドリンを弾く物乞い》、《逃亡》などの北方絵画的な作品は、いずれも観客の心を打つ。特に《修道院長》の涙は感動的である。

  第3章は「新大陸」。彼女は1934年に男爵と再婚しているが、1943年にニューヨークに転居した。そのころに描いた静物画や風景画は素人的で、肖像画もあまり受け入れられず、抽象画もパットしなかった。1961年にパリで開いた回顧展では、アール・デコは時代遅れとみなされて失敗に終わり、再婚相手も死んで、彼女は娘ギゼットの住むテキサス州に引っ越している。1972年再びパリで開かれた回顧展が成功し、再評価のきっかけとなったそうであるが、その展覧会に出席したレンピッカの皺だらけの76歳の顔には、彼女の波乱万丈の人生が刻み込まれていた。

(2010.3a) ブログ


マッキアイオーリー光を描いた近代画家たち: 東京都庭園美術館

 

 イタリアが19世紀に国家統一を図る時期にフィレンツェ周辺に集まったリアリズム画家の集団がマッキアイオーリあるいはマッキア派と呼ばれている。マッキアとは斑点であるが、印象派がこれを色彩の表現法として採用しているのに対し、マッキア派ではこれを光の表現法としているようである。すなわち色のブロック毎に明暗を捉えていくのである。

 リアリスム絵画の対象としては、風景、戦争、家庭、肖像が並んでいたが、全体を通してみると強い光と影のコントラストの強い画が多かった。これには、トスカーナという光に満ちた草原や海と、バルビゾンのようなやや暗い森との差であるような気がした。

 4人のマッキアイオーリーの主要画家のお気に入り作品を列挙する。

1.ジョヴァンニ・ファットーリ(1835−1908): カフェ・ミケランジェロの常連となったのは1850年と早い。最初は《自画像》のような古典的な画を描いている。1867年の《荷車をひく白い牛》にはマッキアと明暗が、1872年の《歩哨》にはマッキアを通り越した極端な明暗法を見ることができる。

シニョリーニ:リオマッジョレの屋根2.テレマコ・シニョリーニ(1935−1901): 1956年にヴェネチアに出かけ、古くティッツィアーナが下絵に用いていたマッキアで素早く描く技法を直接戸外での描画に応用した。1960年の《日向の子供たち》や1962年の《ビアジェンティーナ》にはマッキアを光の表現に取り入れられている。1880年頃の《セッティニャーノの行進》にもその技法が残っている。

3.シルベストロ・レーガ(1826−1895): 1861年の《ジュセッペ・ガリバルディ》は、彼の愛国心の結晶。クールベを想起させる堂々たる肖像画である。1960年代後半の《庭園での散歩》では、やわらかな光と影が二人の女性を包んでいる。マッキアの技法も使われているようだ。1884年の《母親》では、落書きをしている子供が毛糸を巻いている母親の着物の裾を踏んでいる。こうなると印象派絵画に近い。

4、ジュセッペ・アッパーティ(1836−1868): 戦争で半盲となり、最後は狂犬病で死ぬというドラマチックな人生。1961年の《フィレンツェのサン・ミニアート・アル・モンテ教会の内部》は美しい室内画であるが、光と影のコントラストが著しい。1961年の《カスティリオンチェッロの谷》は明るく、1863年の《トスカーナへの道》は明暗がハッキリしているが、いずれにもマッキアの技法が使われていることも見てとれる。

(2010.2a) ブログ


ターナーから印象派へ: 府中市美術館

 

 19世紀初頭から20世紀初頭のイギリス風景画(水彩画が多い)→フランス印象派→イギリス印象派の流れを、ベリ美術館、マンチェスター市立美術館、マンチェスター大学ダブり・ハウス・コレクションならびに個人蔵の合計100点で展観している。

ウィリアム・ヘンリー・ハント《イワヒバリの巣》T章 純粋風景主題と自然
 お気に入りは、・ コンスタブル《ハムステッドのブランチ・ヒル・ポンド》、・ネイスミス《クラモンド、エディンバラ郊外》、・ウィリアム・ヘンリー・ハント《イワヒバリの巣》、・リーダー《夕日の最後の輝き》、・ミレイ《グレン・バーナム》

U章 海、川、湖、そして岸辺の風景
 ・フィールディング《荒天、スコールの来襲》、・スタンフィールド《テクセル川河口》、・ワッツ《ネス湖》

V章 旅人
 ・ターナー《エーレンブライトスタイン》、・デイヴィッド・ロバーツ《ガラリアのカナ》

W章 仕事と風景―人、動物、農耕
 ・リネル《小川を渡る》、・ランシア《乱射》

X章 人のいる風景
 ・エリザベス・アデラ・フォーブス《ジャン、ジャンヌ、ジャネット》、 ・ローラ・アルマ=タデマ《鷹狩り》、・ヘンリー・ハーバート・ラ・サング《プラム拾い》、・ゴッドワード《金魚の池》

Y章 建物のある風景―建築物と土地の景観図
 ・ターナー《タブリ・ハウスー准男爵JFレスター卿の屋敷、風の強い日》、
・アルフレッド・ウィリアム・ハント《移動クレ−ン、釣鐘型潜水器−タインマウス桟橋の工事現場》、・ウィリアム・クレイン《ホイットピー修道院》

Z章 フランスの風景画
 ・ピサロ《ルーヴシェンヌの村道》、・ゴーギャン《ディエップの港》、・ロワゾー《ポール=マルリ近くのセーヌ川》

 なかなか良い展覧会だった。

(2010.2a) ブログ


ボルゲーゼ美術館展: 東京都美術館

 

 ローマのボルゲーゼ美術館はその庭園、建物、コレクションすべてが超一流であり、以前に訪れた時には古代彫刻、バロック彫刻、ルネサンス・バロック絵画そして天井画などに感嘆した(そのときの記事はこちら)。そのボルゲーゼのコレクションがまとまった形で紹介されることとなった。なかなか良い作品が来ていた。作品数は50点弱であるが、概して大きな作品が多いのでかなりの規模の展覧会となっている。以下、章別にお気に入りを紹介してみたい。

序章 ボルゲーゼ・コレクションの誕生

〇プロヴェンツアーレ《パウルス5世の肖像》、《オルフェウス姿のシピオーネ・ボルゲーゼ》・・・いずれもモザイクであるが、細かいモザイクなので普通の画のように見えてしまう。別室のビデオでは拡大されていたので確かにモザイクだと納得した。

〇ベルニーニ《シピオーネ・ボウルゲーゼ枢機卿の胸像》・・・表面の仕上げが巧い。ボルゲーぜにはベルニーニの名作が揃っているが、これもその一つに入れても良いかもしれない。

ラファエロ《一角獣を抱く貴婦人》T 15世紀・ルネサンスの輝き

〇ボッティチェリとその弟子《聖母子、洗礼者ヨハネと天使》・・・複雑な構図のトンド。大きく美しいルネサンス絵画である。

〇ラファエロ《一角獣を抱く貴婦人》・・・今回の目玉で、以前に聖カタリナ像に描きかえられていたといういわれのある作品。

〇レオナルドの模写《レダ》・・・原作が失われているため有名になっている作品の一つ。

U 16世紀・ルネサンスの実り−百花繚乱の時代

〇ヴェロネーゼ《魚に説教する聖アントニオ》・・・みごとな構図と色彩の作品。

〇プレシャニーノ《ヴィーナスとふたりのキューピッド》・・・自分が生まれてきた帆立の貝殻を鏡に使っているヴィーナス。バランスの良い美しい脚。画から抜け出てきそうなダマシ絵。これが今回のマイベストである。

〇カンビアーソ《海のヴィーナスとキューピッド》・・・海豚の上に乗るヴィーナスの曲がりくねった体位、明るい色彩。マニエリスムの技巧が素晴らしい。

V 17世紀・新たな表現に向けて−カラヴァッジョの時代

〇カラヴァッジョ《洗礼者ヨハネ》・・・これによって恩赦が与えられたのだが、画家の死のほうが一歩早かったといういわれの作品。

〇グエルチーノ《放蕩息子》・・・おなじみの主題だが、説得力のある画。

ボルゲーゼと日本:支倉常長と慶長遣欧使節

〇リッチ《支倉常長像》・・・ローマの個人蔵。色彩豊かな見事な作品である。

 ボルゲーゼには他にも有名な作品が沢山あり、今回はその一部に過ぎないが、それでもそのコレクションの豪華さを味わうことのできる良い展覧会だった。

(2010.1a) ブログ