日本美術散歩 07-1 (海外美術は別ページ)

謹賀新年 07.01 博物館に初もうで 07.01 ギメ美術館浮世絵名品展 07.01 石山寺と紫式部展 07.01
七福神と干支の動物たち展 07.01 相原求一朗展 07.01 生々流転 07.02 都路華香展 07.02
日本美術が笑う 07.02 氏家浮世絵コレクション@鎌倉国宝館 07.02 小島烏水版画コレクション展 07.02 動物絵画の100年 07.03
靉光展 07.03 川合玉堂展 07.03 熱帯花鳥への憧れ 07.04 松浦屏風と室町江戸美術 07.04
西のみやこ 東のみやこ 07.04 日本を祝う 07.04 風俗画と肉筆浮世絵07.04 蕗谷虹児展07.04
パリへー洋画家たちの百年の夢07.04 鳥居清長展07.05 若冲と応挙07.05 黒田記念館 黒田清輝の作品T07.05

目 次 ↑


若冲と応挙:龍泉寺 ほほえみ美術館

 このような地方の展覧会、それも連休の3日間だけという展覧会の情報を知ることができるのはネットのおかげである。両毛線足利駅からタクシーで龍泉寺へ。庭にある満開の「一丈藤」が迎えてくれた。早速「本堂」に上がる。入場無料。本尊の両脇まで江戸時代の画がびっちりと並んでいる。

伊藤若冲の《庭鶏図双幅》 伊藤若冲の《庭鶏図双幅》: 左幅の雄鶏の目は右幅に雌鳥とひよこに注がれている。家庭を持つことがなかった若冲の鶏の家族に注ぐ心情が表れている。《伏見人形図》は以前にも観たモチーフ。二つの人形のうち一つが後ろを向いている。大徳寺大室宗宸の画賛には「どうして後を向いているの」といった意味のことが書かれている。

 田能村竹田の《秋卉倚石図》も良かった。目が悪かった竹田には大きな画はないが、これは通常の大きさの軸。徳川慶喜の一行書≪忠臣無二心≫は大政奉還直前の正月に書かれた悲劇の書。立派な字である。一ツ橋家に仕えていたことのある後の実業家、澁澤栄一の二行書は巧いが力強くない。菊池澹如(1828-62)という名は初めて知ったが、≪国華≫という力強い書と≪山水画≫が出ていた。

 河鍋暁斎の≪白衣観音≫、鳥文斎英之の≪松図≫、谷文晁の≪鉢の木≫と≪帰去来図≫、土佐一得の≪林和靖図≫、田崎草雲の≪白衣大士図≫と≪山水図(松下弾琴)≫、池大雅の≪指頭画山水図≫、椿椿山の≪大橋淡雅夫人民子像≫など良品が陳列されていた。

 円山応挙は≪幽居雪積図≫と≪狗子≫。前者は雪かきの画、後者は二匹のかわいい仔犬。どちらも巧い。

 本堂に木村武山の大きな画が3点あった。≪光明皇后≫、≪武神≫、≪平重盛≫である。

 階段を降りて、「大樹の間」へ。下村観山の≪鵜舟≫、木村武山の≪秋の雨≫と≪林和精≫、横山大観の≪牧童≫などの軸が並ぶ様は壮観である。

 次の小特集「小杉放庵と小川芋銭」は充実していた。小川芋銭については、≪河童≫のほかに、≪むぐっちょの雛≫、≪俳趣十二月≫、≪六月桜≫、≪抱桃≫、≪豊葦原瑞穂の秋≫、≪春雨渡頭≫、≪菊慈童≫、≪かわかり≫など、空間を残した芋銭独特の野趣のある画が並んでいた。また高村光太郎の≪芋銭先生敬慕詩≫の屏風が出ていたが、詩の素晴らしいことは当然であるが、字の巧いことにも舌を巻いた。さらに、芋銭が近衛文麿の弟、水谷川忠麿に宛てた手紙が出ていたが、このような一流の文化人から自邸の画を頼まれていたことが分かり驚いた。

 小杉放庵は、東京大学安田講堂の大きな壁画を描いていることで知られているが、今回は≪良寛≫、≪梅下小禽図≫、≪巌上観世音菩薩≫、≪五字扁額≫、≪岩上人≫、≪漁磯問答≫、≪竹画≫、≪叢竹梅花≫、≪雪中紅≫、≪白衣大師≫など老荘思想に裏打ちされた画が沢山出ていた。

 その他、平櫛田中の≪大日如来尊像≫、川端康成の短冊≪国境の夜の底が白くなった・・・≫、東山魁夷の≪濤声≫の複製と≪秋丘≫、十四代柿右衛門の≪濁手ほおずき大鉢≫と≪濁手藤文花瓶≫、棟方志功の≪釈迦十大弟子≫、川上澄生の≪南蛮竹枝≫などが良かった。澄生の着色版画本は手袋をはめて手にとって観ることができた。

 観覧の途中、非常にレベルの高いギャラリー・トークに遭遇した。署名、印鑑、表装などについても勉強することができた。

 この方たちはボランティア。このお寺の展覧会は3回目で、昨年は書だったこと、ご住職が知り合いから借りて出展しておられるとのことなどをボランティアの方たちから伺った。

 本堂に戻り、住職とお話した。セキュリティについて心配している、今年はネットを見て来た人が少なくなかった、明年は棟方志功をやりたいとのお話だった。丁寧にお礼を申し上げて、この素晴らしい「ほほえみ美術館」を後にした。

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鳥居清長展:千葉市美術館

 このように沢山の清長が日本に集結するするのは、江戸時代以降では初めてである。清長は、初期には家業の役者絵をかいており、美人画にも手を染めたがその頃の画は鈴木清信らのものと同じ程度のものであった。これが大判で八頭身美人を描くようになり、一変して有名浮世絵師となった。その後、続絵を描くことによってさらに売れっ子となったが、後進の喜多川歌麿などに押されて、再び役者絵に戻っていった。

 本展はこのような流れに沿って展示されていた。お気に入りを並べてみるだけでも大変である。

 

1.浮世絵デビュー 初期作品

2
三代目松本孝四郎の楠亡魂と沢村喜十郎の大森彦七 清長16-7歳の作というが、かなり巧い。
6
中村里好の本蔵女房となせ 美人画であるが、まだ春信の模倣のような画である。
8
役者絵尽し 9人の役者を並べて描いているが、それぞれ特徴がでている。
12
三代目瀬川菊之丞の八百屋お七 青の衣装はその後のお七の運命を予見している?
25
座敷八景 扇子晴嵐  小川で魚掬いをしている子供の描写が巧い。
29
四季八景 長夏夕照  湯上りの女が片肌抜きで腋をぬぐっているあぶな絵。
48
箱根七湯名所 きが  湯上りの女が乳房をあらわにしている。
52
戯童十二気候 十二月 雪遊び  雪球を転がそうとしている子供は裸足で、お尻が丸見え。
55
江戸八景 金龍山暮雪・愛宕山秋の月  扇面の周囲は黒摺りで白抜きの文字が美しい。
59
籐下の女  柱絵。突風に吹かれて裾を乱す御高祖頭巾の女。艶っぽい。

 

2.江戸のヴィーナス誕生 3大揃物 

68
当世遊里美人合 橘  髪結いの描写が巧み。見ている芸者は八頭身。
69
当世遊里美人合 橘妓  九〜十頭身の芸者が二人。眉をそった女が酒を飲んでいる。
73
当世遊里美人合 多通美  片肌抜きで化粧中の芸者に恋文を渡す同僚と文章を読む女。
75
当世遊里美人合 南駅景  遠眼鏡や煙管が描き込まれている。さぞや良い風景。
78
当世遊里美人合 叉江  2枚続。水の流れの見られる遊里。吉原火災後の仮宅とか。
80
当世遊里美人合 紅葉見  2枚続。紅葉と水の流れの見られる美人画。
84
風俗東之錦 居眠り  居眠りをしている不器量な下女。それに悪戯する女たち。
95
風俗東之錦 湯上り三美人  風呂屋の脱衣場。足の爪を切っている女もいる。
96
風俗東之錦 髪置  七五三の江戸風俗。髪置は3歳の女児。
100
風俗東之錦 凧糸の縺れ  風で女の裾が乱れ、落ちた凧の糸が足に絡まる。
102
美南見十二候 四月 品川沖の汐干  遠景が画中画のように近景に取り込まれている。
104
美南見十二候 六月 品川の夏  沖を眺める女のくの字に曲がった背中と腰が艶かしい。
105
美南見十二候 七月 夜の送り

 男が目をつけた通行の女に妬みの視線を送る芸者たち。

107
美南見十二候 八月 月見の宴  遠近法で描かれた次の間の障子の桟と影が巧みである。

 

 

3.ワイド画面の美女群像 続絵の名作
110
大川端の夕涼み  手をつなぐ女性、脚を露にした女性も集う大川端。有名作品。
112
四条河原夕涼躰  3枚続。花火で遊ぶ子、絡む女、寝そべる女が描かれている。
115
隅田川船遊び  ゴージャスな3枚続。屋形船から背負われて下りる芸者。
116
牛若丸と浄瑠璃姫  笛を吹く牛若丸と迎える女たちの物語絵。
121
亀戸の藤見  美しい藤色が残っている。太鼓橋を上る女の裾が乱れる。
122
地紙売り  竪2枚続。行きずりの女も2階の女も眺める好い男。
123
吾妻橋下の涼船  風にそよぐ舳の女の袂と鰹をさばく男が良い。
125
女湯  これは現在なら発禁もの。清長はどこから覗いたのか?
130
洗濯と張り物  大きな赤い布が画面の中央を横切る大胆な構図である。
135
深川遊宴  踊る仮面の二人、蚊帳で同衾する男女。これは乱れている。

 

4.江戸の粋 清長作品の多様性

151
艶色花風俗十合 魚釣  釣り糸を垂れる女の裾乱れ。
158
玉花子の席書  1万枚の書をかいた孝行な子供。
186
誹風柳多留 袖口を二ツならして嫁をよび  いじわるな姑は怖い。いびられているはずの嫁は案外平気。
198
戯童十二月 芝居遊び 「 暫」を演じる子供と見物する子供。
194
十体画風俗 床入り前の遊女  懐紙を手に床入りに向かう遊女。その前には三つ布団。
197
誹風柳多留 細見  亭主の口にした女を案内本「吉原細見」で見つけた女房!
199
幼童云此奴和日本 二 書画  中国の子供が日本の絵を写している。
215
牧童姿の金太郎  大きな黒牛に乗って海岸で笛を吹く豪快な金太郎。
219
詠歌弾琴図  清長には少ない肉筆画。ただ美しいというのみ。

 

 

5.役者絵と出語り図 鳥居家四代目
230
三代目瀬川菊之丞の安方、四代目岩井半四郎の善知鳥、・・  大判墨摺絵。役者出語り図。
243
三代目市川八百蔵の古手屋八郎兵衛、中村里好の丹波屋のおつま、・・  実際の舞台を観るような役者の演技が描かれている。
256
三代目瀬川菊之丞の石橋  美しい踊り。有名なテーマ。
267
潤色八百屋お七  最大の絵看板だそうだ。美しい色彩が残っている。
263
草摺曳図  新発見の絵馬。赤外線撮影で署名が判明した。

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(後 期)

 

1.浮世絵デビュー 初期作品

58
赤子に尿をさせようとする母とそれを見る若い女 男児におしっこをさせる母親の様子を、洗濯物を干しながら振り返ってみている若い娘。細長い柱絵で、この娘は既に8頭身美人となっている。緑と青が良い。

 

2.江戸のヴィーナス誕生 3大揃物 

67
当世遊里美人合 橘 強い風にあおられる裾を抑える芸者たち。大腿部まで露出した「あぶな絵」。赤が良い。
74
当世遊里美人合 多通美  休んでいる4人の遊女。しゃがんでいる仲間の黒い着物の肩をつまんでいる遊女のしぐさが面白い。
79
当世遊里美人合 蚊帳の内外  蚊帳の中で煙管をもって待つ男と団扇をあおぎながら蚊帳を持ち上げて今にも中に入らんとする女。懐紙を持った別な女が立ってそれを見ている。 今にも声が聞こえてきそうである。蚊帳の摺り方が芸術的。
85
風俗東之錦 雨中湯帰り 雨の中、銭湯から出て、二手に別れていく女たち。鉄漿をつけた二人の年増に手をかけている。その差がはっきりと描かれている。相合傘も秀逸。

 

 

3.ワイド画面の美女群像 続絵の名作
109
六郷の渡し 多摩川を渡って川崎大師へ。男の帯を引っ張って向岸を指差す笠をかぶった若い女。竹の棒を水に突っ込んで遊んでいる男の子とその母親。別な3人の女のグループ、その1人は扇を持って先ほどの男の顔を眺めており、男も先ほどの笠の女を通り越してこの女を見ているようだ。この後どのような展開になるのだろうか。
111
社頭の見合 今回萩の男(右隻)が登場し、ようやくホノルルの女(左隻)との見合が成立した。水茶屋での仲人らしき男女をはさんでのお見合い。男は腰をかけ、煙管をもって、しっかりと振袖姿の娘の品定め。娘も遠慮がちに男のほうを見ている。
120
庭の雪見 部屋の中では雪見酒、外では凍った花や軒先のツララで遊んでいる。こんな雪の日に遊びに来る物好きな男も少ないのだろう。暇な遊里の1日。
127
真崎の渡し舟 舟の中には猿回しや中腰で猿を見ている女。扇子を上げて水鳥を見る別の女。いろいろな視線が交錯している。遠景には帆掛け舟、さらに遥か遠くにうっすらと筑波山。遠近法も素晴らしい。
129
山王祭 「石橋」の屋台。山王祭の絵巻は「たばこと塩の美術館」で前日に観たばかり。絵巻物のほうが迫力があるが、2枚続でもそれなりの雰囲気が出ている。

 

4.江戸の粋 清長作品の多様性

136
隅田川桜の景 5枚続の豪華版のワイド・スクリーン。ただし登場人物が15人と多いため、ストーリー性に欠ける恨みがある。たばこの火継が描かれていて面白い。
147
和国美人略集 小式部内侍 「大江山いくののみちのとをければ またふみも見ず天の橋立」という歌を詠みながら源定朝の袖を引いている小式部内侍。 紫が素敵である。
163
青楼仁和嘉尽 睦月恋手取 4人の禿たちが踊っているかわいい絵。
171
見南美十二候 八月 十五夜の月見。
183
官女 女三宮 源氏物語の「若菜」で舞台回しをつとめる有名な猫。問題の御簾もしっかりと描かれている。あとは柏木の 登場を待つのみ。大判で迫力がある。
195
十体画風俗 武家の娘と犬 今度は小型の黒犬の登場。武家屋敷内らしいが、話の筋は不明。赤が鮮やか。
210
肩に乗り江の島に渡る女 柱絵。女を肩車で渡す男の水中の脚の表現が面白い。
212
天狗を凧にして揚げる金太郎 おふざけ金太郎絵。凧の烏天狗が生きているようだ。
220
駿河町越後屋正月風景図 三越のお正月。三井記念美術館で観た気がする。鮮明な色彩が保たれている。

 

 

5.役者絵と出語り図 鳥居家四代目
235
お半長右衛門 柱絵。これもお半を背負った長右衛門の水中の足に眼が行く。
244
五代目市川団十郎の横川学範、三代目沢村宗十郎の源九郎狐、瀬川富三郎の静御前 三角形構図は西洋絵画のようだ。
250
三代目瀬川菊之丞の山姥、二代目市川門之助の怪童丸、五代目市川団十郎の仁和寺の才兵衛、浄瑠璃常盤津兼太夫、脇語り常盤津造酒太夫、三弦岸沢式佐 地味な出語りと派手な舞台とのコントラスト。

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パリへー洋画家たちの百年の夢:東京藝術大学大学美術

 パリは日本画家の憧れの地であり、苦闘の地でもあった。今回の展覧会は東京美術学校卒業生とその後身の東京藝大卒業生に限っている。いわば日本のアカデミズムからみたパリ留学の記録である。各画家について、数点ずつの画を展示してパリ留学・滞在の影響を読み取らせようという企画のようであるが、画家の数が多すぎて、1人あたりの画の数が少ないので、細切れ展示となっている。そこでここではお気に入りの作品をあげるに止める。

T.黒田清輝のパリ留学時代ーラファエル・コランとの出会い: 日本でしか有名でないラファエル・コランの画は頼りない。裸婦と風景がミスマッチである。彼に師事しなかったならば日本の洋画ももう少し力強いものになったのではなかろうか。山本芳翠の《浦島図》は面白い。西洋の神話画の影響なのだろうか。《猛虎》も迫力があった。芳翠は虎を見たことがあるのだろうか。黒田清輝のレンブランドの《トゥループ博士の解剖講義》には驚いた。ポスターの《婦人像》は暗い。

藤島武二:女の横顔U.美術学校西洋画科と白馬会の設立、パリ万博参加とその影響: 黒田清輝の《智・感・情》は教科書で見慣れた画だが、初めて観た。でもタイトルのようには感じられない。和田英作は好きな画家である。今回は《波頭の夕暮》と《野遊》が良かった。後者はさしあたり三美神か。浅井忠も好きな画家だ。ずいぶん画風が変わっている。《収穫》と《蝦蟇仙人之図》は同じ画家の作品とは思えない。浅井はさらに向付、織物図案、蒔絵手筥まで作っている。マルチ・タレントである。藤島武二の画はどれも魅力的である。特に《女の横顔》が良かった。まるで初期ルネサンスの画である。安井曽太郎も良かった。クロワソニムの影響を感じる。梅原龍三郎の裸婦は好きになれない。

V.両大戦間のパリー藤田嗣治と佐伯祐三の周辺: 佐伯祐三の1923年の《自画像》は上手だが、暗く、個性がない。こんなような画を持っていったから、ブラマンクに「このアカデミズム!」と叱責されたのであろう。ゴッホを真似た1924年の《オーベールの教会》に彼の執念が感じられる。1925年の《靴屋(コルドヌリ)》 ではまったく異なる画となっている。

1923年《自画像》
1924年《オーベールの教会》
1925年《靴屋(コルドヌリ)》

藤田嗣治についても、1910年のアカデミックな《自画像》と例の銀白色の画との落差は大きい。《姉妹》の額縁が良かった。小磯良平も好きな画家だが、なぜか彼の戦争画《娘子関を征く》が展示されていた。藤田嗣治の激しい戦争画を展示せず、このようなおとなしい戦争画のみを展示するのは意図的であるといわれても仕方あるまい。

W.戦後の留学生と現在パリで活躍する人びと: ずいぶん大勢の人がパリに行っていることに驚いた。現在のフランスが世界の絵画における位置づけは昔のように高くないと思うのだが・・・。

(附) 同時開催として、藝大コレクション展「新入生歓迎・春の優品展」が開かれていた。開館記念展で観たものばかりであるが、優れたものは何回見てもよい。新入生の目も肥えることだろう。一緒に見た仲間の間で、平田宗幸作の《茄子水滴》の水はどこから入れるのかが話題になった。以前の図録を出してみると、上に乗った鈴虫の下に穴が空いているとのことだった。

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鑑賞会参加者:Tak夫妻、はろるどさん、mizさん、一村雨さん、わん太さん

 


蕗谷虹児展:弥生美術

 パリ時代の蕗谷の《石榴を持つ女》には、1月に埼玉県立近代美術館の「巴里憧憬」展でお目にかかったが、ここ弥生美術館で再会。美人には何回逢ってもよい。

 蕗谷の生い立ちと少年時代の苦労、折角パリで大きく花開こうとしていたのに実家の経済的な問題のため帰国せざるをえなかったことなど、彼の人生を辿ることができた。高階秀爾さんは「あのままパリにいたら、藤田嗣治と並ぶ日本人画家となっただろう」と書かれているのが記憶に残った。

 また魯迅が蕗谷の画が好きで、これを中国に紹介したとの逸話が紹介されていた。魯迅はビアスリーも好きだったというが、蕗谷の作品の中にビアスリーを思わせるものがある。

 有名な《花嫁人形》は彼の詩画集の中におさめられている。「金襴緞子の帯締めながら、花嫁御寮はなぜ泣くのだろう」は彼の作詞である。画とともに大正ロマンの極致。

 竹久夢二の「山へよする」展が同時開催されていた。久し振りに笠井彦乃の姿を見たが、女を遍歴する画家は困ったものだ。彦乃のお父さんはとても苦労したらしい。娘を持つ父親としては同情に耐えない。帰途、根津神社のツツジ祭りを見てきた。ちょうど見ごろで人が出ていた。

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風俗画と肉筆浮世絵:たばこ塩の博物館

 この博物館にある資料はたばこと塩に関連したものが少なくない。前期の展示作品にはたばこに関するものが多かった。前期のお気に入りは、下記である。図録を買ってこなかったので、不正確な点があるかもしれない。

展示番号
作品名
コメント
12
 
13
1678年の作と判明しており、下絵もある貴重な屏風。右隻には、お茶屋、木戸、刻みタバコ屋らしき店、街頭の踊り、張見世、左隻にはカルタ遊び、歌舞音曲、遊郭、最後には女性の魚釣りも描かれていた。これらはコンピュータでじっくり見た。江戸の遊び人ではないので、分からないことも多い。故杉浦日向子さんのレクチャーを聞いてみたい。
14
結構に大きな屏風.したがって人間が小さく見にくいが、コンピュータで見れば、なんとか分かる。1.正月、2.初午、3.闘鶏、4.藤見(花見)、5.端午の節句、6.糺の納涼、7.盂蘭盆、8.月見、9.重陽の節句、10.観楓(高雄)、11.御火焚、12.煤払い。
15
浅草寺境内図屏風
浅草の風雷神門から、仲見世を通って仁王門、そして手水、本堂での参拝と右から左に参拝人の流れを追っていける。いろいろな人間が描かれており、楽しめる。これもコンピュータで拡大画像を見ることができる。
21
巨人と小人
二人の巨人の僧が横になっている。左の僧の耳に向かって梯子が2段に掛けられ、かなりの人数の武士らしい小人がこの僧の耳掻きをしている。右の僧も巨人で煙管をくゆらせている。その腰の部分に2階建てのヤグラガ組まれ、そこに大勢の小人が乗って作業をしている。どうも腰部の按摩をしているようだ。これはコミック漫画。画像はブログ参照。
22
風流十二ヶ月絵巻
鮮やかな色彩、豪華な金粉の贅沢な屏風。1.松の門(年頭の祝辞)、2.初午、3.(良家の)花見、4.藤見(藤棚)、5.端午の節句、6.河原の納涼、7.立花、8.月見(河原の遊び)、9.重陽の節句、10.月待ち、11.雪遊び、12.歳の市。全部写真を撮ってきた。三月はブログに上げた。これもコンピュータで見られる。
23
水辺遊興図屏風
結構楽しめる。特に裸で泳いでいるところが面白い。コンピュータ拡大画像のディスプレイ画面をブログに載せた。
25
近藤清信の肉筆浮世絵。かなりの美人。蚊帳との組み合わせは艶っぽい。
29
女流画家、近藤龍女の肉筆浮世絵。女性の柔らかさがよく出ている。懐月堂派の影響があるとの説明があったが、それほど肉感的ではない。表装が素晴らしかった。
30
道行く男たちが格子の中の女の品定めをしている。2階に上がった客はお遊びの真っ最中。逆に店の中の女たちが、門付けの虚無僧の品定めをしているようだ。
35
色子(大名と若衆)
10代の男娼(ときには女形や若衆姿で舞台にも立つ)を色子といい、それ以上の男娼は陰間という。ブログに画像をあげたが、これは陰間茶屋の一場面。屏風の陰に侍と色子。色子の左手が侍の腿の上に艶かしく乗せられている。天保の改革で陰間茶屋名廃止され、このような浮世絵も禁止されたとのことである。
36
男女遊興図絵巻
 
38
女形役者図
作者不明の肉筆浮世絵。結構色っぽいですね。
40
桜花遊宴図屏風
 
41
見立六歌仙
喜多川藤麿の肉筆浮世絵。人物がすっきりと描かれ、色も良く残っている。
42
これも喜多川藤麿の肉筆浮世絵。これはすっきりとした美人。鄙には稀というわけではないが、好感が持てる。
43
俳優遊宴図
歌川国久作。巧いですね。思わず写真を撮った。
47
長崎丸山阿蘭陀人遊興の図
オランダ人もやっぱり男。出島から遊里にきてしっかりと遊んでいる。踊っている男は裸で顔を黒くして土人に扮している。
52
篤志の作となっている。江戸の風俗が良く描かれている。
58
大夫と二人禿詠歌の図
色合いが鮮やかで、写真を撮ってしまった。ブログ参照。
54
蝦夷人風俗絵巻
アイヌ人を描いた貴重な作品。コンピュータで画像が見られるが、それほど細かくはないので、そのままでもよく分かる・
55
蝦夷人風俗画
 55−57もアイヌが画題。珍しかったのだろう。
56
アイヌ画
 
57
オムシャの図
 

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日本を祝う:サントリー美術館

 東京ミッドタウンに新しいサントリー美術館が開館した。2004年12月30日に古い建物で「ありがとう赤坂見附展」を観てから、開館まで2年3ヶ月。第1期にはほとんど同じものが出ていたので、第2期になるのを待って出かけた。良かったものを章別に羅列する。

T.祥 祝のシンボル: 《武蔵野図屏風》・・・すすき・萩のある秋の風景で、右隻に満月,左隻に富士山。《浄瑠璃絵巻》・・・義経を助けた浄瑠璃姫の物語で、この美術館のロゴの「み」はこれからとられている。《色絵鳳凰文大皿》・・・迫力がある、《色絵五艘船文独楽形大鉢》・・・オランダ人が乗っている。《色絵鶴香合》・・・野々村仁清作。

《色絵牡丹蝶紋捻花形大皿U.花 四季と自然のパラダイス: 《孔雀図屏風》・・・右隻に緑孔雀、左隻の白孔雀、そして紅白の花。《色絵牡丹蝶紋捻花形大皿》・・牡丹の紫色が美しい。《染付松樹文三脚大皿》・・・落ち着いた鍋島。脚が独特。《色絵花鳥文八角大皿》・・・派手な模様。おそらく輸出用に作られたものだろう。《色絵桜楓文透大鉢》・・・仁阿弥道八作。とても美しいとしかいえない。

V.祭 ハレの日のセレモニー: 《加茂競馬図屏風》・・・団体競技だったことがよく分かる。《三十三間堂通し矢図屏風》・・・1日で何本の矢を六十六件離れた的に当てられるかという遊び。もろ肌脱ぎの武士が見える。放った矢はそんなに遠くには飛んでないようだが? 
《鼠草紙絵巻》・・・鼠の権頭が人間の美人に恋をして結婚するが、バレテ仕舞うと言う物語。ちょうど結婚式の場面が見られた。《子宝五節遊》・・・鳥居清長の作品。正月・桃の節句・端午の節句の3枚が見られた。このような小出しは良くない。

W.宴 暮らしのエンターテインメント: 《立美人図》・・・懐月堂度辰の作。例によって豊満な姿だが、ここに描かれているのは女形である。《寛文美人図》・・・小さいが美しい画。でもこれは女形。《相思図》・・・恋文を書く女性と楽器を持つ男性とが視線を合わせる対幅。《舞踊図》・・・素晴らしいアート。6面のうち3面しか出ていないのが惜しい。全体を眺めてみたいものだ。《織部四方蓋物》・・・色が良い。《白泥染付金彩芒文蓋物》・・・尾形乾山作。複雑な色模様である。《藍色ちろり》・・・お好みのギヤマン。《切子紅色皿》・・・薩摩切子だが、ヴェネティアン・ガラスのような澄んだ紅色。

相思図
寛文美人図
懐月堂度辰:立美人図

X.調 色と文様のハーモニー: 《色絵組紐文皿》・・・青と赤の組紐が皿の縁を回る文様の皿。《紅型裂 白地松皮菱扇に風景小禽文》・・・素晴らしいの一言に尽きる。

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西のみやこ 東のみやこー描かれた近代都市:国立歴史民俗博物館

 国立歴史民俗博物館は現存最古の作例を含む7点の洛中洛外図屏風や、江戸図屏風、あるいは各種の江戸鳥瞰図、絵図、錦絵など、都市を描いた豊富な絵画資料を所蔵している、今回はそれらをまとめて展示されているので観にいってきた。

 展示室が暗いためキャプションが読みにくいのはいつものことであるが、同じ文章を書いた「手持ち解説書」が置いてあったので非常に助かった。他の美術館でも倣ってほしい。

 プロローグの京図・所領図・名所図 は、いわゆる区画図であって、画としては見るべきものはない。その後の展示は四部に分けられていた。

第一部:洛中洛外図屏風とその周辺

1.洛中洛外図屏風の登場−第1定型:

 16世紀に登場した第1定型の洛中洛外図屏風には、室町幕府や内裏が中心に描かれている。

 まず《洛中洛外図屏風甲本》をじっくり見る。単眼鏡が有効。観るべきところがパネルで示されているので、まず見落とすことがない。右隻と左隻では南北が逆になっているので、等倍のレプリカでは両者を向かい合わせに置き、その間の床に地図を描いてあるので、この地図に乗っかって屏風絵に描かれた部位を確認することができる。四季の風景が取り込まれているので、ヴァーチャルな一日市内観光というわけにはいかない。

 さらに拡大機能付きのタッチパネルがあるので、細部まで観察することができる。画像は、《甲本右隻2扇》に描かれた《祇園祭》の場面。御所車の上に大きなカマキリが乗っており、「蟷螂の斧をもって隆車のわだちを禦がんと欲す」という、「文選」の文章に基づくものだそうである。こうやって楽しんでいると時間がどんどんたっていく。

2.江戸前期の洛中洛外図−第2定型: 

 江戸時代になると、二条城や方行寺などが中心に描かれたものとなる。これを第2定型と呼ぶとのことである。会場には《歴博C本》(左隻のみ現存)では1926年の後水尾天皇の行幸、《歴博D本》では祇園祭の賑わいを楽しむことができる。

3.江戸後期−名所図と名所案内: 

この頃には、京都は観光都市としての性格を強め、名所旧跡を中心に描かれるようになる。《京都名所図屏風》がその典型例であるが、右隻は花の季節の清水寺・八坂の塔・祇園社・知恩院・三条大橋、左隻では紅葉の季節の金閣寺・北野社・仁和寺・渡月橋・太秦広隆寺などが描かれているが、町のたたずまいや人の気配がまったくないので、淋しい感じがする。

第二部: 大江戸名所案内

 江戸全景は隅田川東岸の上空から西を望むというワンパターンで描かれている。《江戸図屏風》には、あちこちに三大将軍家光の姿が描きこまれているので、それを見つける楽しみもある。例えば、画像に見られる《右隻第5扇》に描かれた《三宮司之御猪狩》の場面では、大きな傘に隠れているのが家光である。江戸時代末期の《江戸景観図》は遠近法を取り入れた洋風表現となっている

 ここでは、巨大都市江戸の名所の特色とその多彩さを地誌、錦絵、泥絵など、さまざまな画像媒体を通して提示しており、さらに八戸藩士遠山家の資料を通して地方の武士が江戸の名所を訪ねた具体例を紹介しているが、時間がなくて飛ばしてしまった。

第三部: 三つの港町─長崎・堺・横浜
 それぞれの都市に特徴的な画像資料が展示されていた。《元禄二年堺大絵図》は、その巨大さから従来公開されることがなかったものの一部を展示されている。数日前に堺に行ってきたので、覗いてみたが土地勘がないのでよく分からなかった。

第四部: 描かれたみやこで遊ぼう
洛中洛外図屏風や江戸図屏風の等倍レプリカのパズル、あるいは江戸の名所を題材にした判じ絵などを体験するコーナー。歴博の涙ぐましい努力の跡が見て取れる。

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松浦屏風と桃山・江戸の美術ー遊楽と彩宴:大和文華館

 ブログに書いたような次第で、大和文華館に「松浦屏風と桃山・江戸の美術 −遊楽と彩宴」を観に行った。以下、お気に入りを羅列する。

【桃山時代絵画】
■ 《婦人像》・・・桃山時代の優雅な婦人像。
■ 《阿国歌舞伎草紙》・・・色合いが鮮やかに残っている。 二段しか残っていないそうであるが、そのうちの《念仏踊りの段》が面白い。舞台の上で踊るのは阿国であるが、土間で踊っているのは死んでしまった愛人の名古屋三左衛門。数珠を着けて踊っているところが絶品。

歌舞伎草紙:阿国念仏踊り(部分)

【江戸前期絵画】
■ 《松浦屏風》・・・金地を背景に18人の遊女の大集合。素晴らしい色彩である。双六盤・三味線・菓子鉢・煙管・硯・鏡・歌留多などの道具も面白いが、何といってもそれぞれがまとっている衣装が素晴らしい。ファッション・デザイン・ブックのようだ。

松浦屏風
松浦屏風

■ 《輪舞図屏風》・・・大勢の女性が手をつなぎ輪になって踊っている。盆踊りというよりも西洋のフォークダンスに似ている。
■ 伝宗達《伊勢物語》・・・芥川を描いている。

【江戸中期絵画】
■ 光琳《伊勢物語屏風》・・・六曲一双の金屏風。八橋と布引の滝が巧い。
■ 光琳《中村内蔵助像》・・・光琳にしてはずいぶんと落ち着いた肖像画である。
■ 光琳《扇面貼交手筥》・・・華麗な扇面が複雑に貼られた有名な作品。ちょっと華美すぎるかもしれない。

光琳《扇面貼交手筥》


■ 光琳《流水図広蓋》・・・内部は薄い群青でゆるく曲がって流れる水が描かれ、外側は軽い雲に厚い金色の菊がのっている。素晴らしい。
■ 宮川長春《美人図》・・・懐月堂安度の肉筆浮世絵をそのまま受け継いでいるような、豊満で妖艶な美人。

【江戸後期絵画】
■ 岡田為恭《伊勢物語八橋図》・・・杜若や八橋は風景の中にとけこんでいる。

【書 跡】
■ 本阿弥光悦《書状》・・・ずいぶんと真面目な字。
■ 前田利家夫人《書状》・・・まつ(芳春院)が娘の千代姫に宛てた手紙。男性的なののびのびとした達筆であるが、内容は細やかな情愛にあふれている。

【陶 磁】
■ 《臥牛飾陶硯》・・・硯の海に牛がいる備前焼。とても実用的とはいえない。

■ 光琳《銹絵山水文四方火入》・・・白陶に鉄さび色の風景画が四面に描かれている。落ち着いて深みのある作品である。
■ 《蒔絵椿紫陽花文提重》・・・手に下げて運搬できるようになっている。紫陽花が良い。

【漆 工】
■ 《蒔絵葡萄栗鼠文手箱》・・・結構に大きいがかわいい栗鼠。
■ 《蒔絵秋草文隅赤手箱》・・・四隅の金属の周辺に赤漆が使われている。
■ 《蒔絵尾花蝶文折文箱》・・・蓋を開くと、蓋が固定されている面も崩れる崩経箱。 
■ 《蒔絵うんすんかるた文香合》・・・歌留多が二枚折り重なったような不思議な形の香合。
■ 《秀衡茶碗》・・・随分と派手な茶碗。
■ 《彩漆絵波兎文盆》・・・ウサギたちが波と戯れている。
■ 光悦《沃懸地青貝金貝蒔絵群鹿文笛筒》・・・蒔絵の美しい筒。青貝とは螺鈿の一種で、漆に薄貝を落として研ぎだしたもの。厚貝の場合に限って螺鈿という場合もあるとのこと。紛らわしい。《青貝葡萄文短檠》も良かった。

【染 織】
■ 《辻が花裂》・・・美しい絞り染め。

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熱帯花鳥への憧れ:松伯美術館

 特別展「熱帯花鳥へのあこがれ」には「石崎光瑤の作品に出会って」という副題がついている。石崎光瑤は富山県福光町(現、南礪市)の出身であるが、京都へ出て一家を成した日本画家である。上村松篁は若い頃観た光瑤の熱帯花鳥画に永らく憧れていたが、50歳を過ぎて初めて外国旅行に出かけ、そのスケッチに基づいて晩年になって《燦雨》のような熱帯花鳥画を制作した。今回の特別展は、光瑤と松篁の熱帯花鳥画を中心に展示したものである。

【特別展示室・第1展示室】 石崎光瑤

 特別展示室に展示されている光瑤1914年作の《》は穏やかなわが国の花鳥画であり、卯の花・笹百合・燕が描き込まれている。素描として出品されていた光瑤の作品はすべて鳥であった。これに対して第1展示室の松篁の素描は花と鳥の両者が陳列されていた。田舎育ちの光瑤には花のスケッチはもはや必要でなかったのであろうか。


 第1展示室には、非常に華やかで奇抜な光瑤の熱帯花鳥画が並んでいる。1918年の《熱国奸春》はインドの花鳥、1922年の《猩々木風鳥》は真っ赤なポインセチアと極楽鳥、1929年の《藤花孔雀之図》にはインド孔雀と白孔雀が描き込まれている。1930年ごろの《藤花文禽》も孔雀である。これに対して1920年の《雪》は、雪を載せた常緑樹という古典的な構図であるが、これも日本離れした力強い筆致である。

【第2展示室】 上村松篁

上村松篁:燦雨 正面には1935年の《熱国睡蓮》が飾られている。画題は南国的であるが、まだ鳥は登場しておらず、モネの睡蓮を想わせるものである。ところが左右に展示された熱帯花鳥画たちは光瑤の影響を受けたド派手な作品群である。1963年の《熱帯花鳥》にはトーティンジャ、1966年の《樹下幽禽》には「かん」、1972年の《燦雨》(石崎光瑤にも同名の画があるが、松篁はその画に憧れていた)には火炎木とインド孔雀、1974年ごろの《》にはハイビスカスとサンダーバードが描かれている。

 【第3展示室】 上村松園・上村惇之
 松園の《花見》は上部に桜、中央に5人の女性、下部に日傘の群れを配した美しくかつ巧みな画である。惇之の《春沼》は上中下に黒い鳥が平行に並ぶ幻想的な画。上村松園・上村松篁・上村惇之の三代の系譜はそれぞれの個性を示している。

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川合玉堂展:日本橋高島屋

川合玉堂:渓流春雨 日本橋高島屋で開かれている「没後50年川合玉堂展」を観にいってきた。大観、栖鳳とならんで日本画三羽烏といわれてきた玉堂だが、亡くなってもう50年。昭和も遠くなりにけりということであろうか。彼を偲んで玉堂美術館へ行ったこともある。多摩川沿いのとてもすばらしいところで、玉堂の画の中に出てくる水の流れを体感できるところだった。

 久し振りに再会した玉堂の画は、いつものようにしっとりとした情緒をたたえて迎えてくれた。前日に近美で観た《行く春》の小下絵(1916年)にも遭遇した。以下、今回のお気に入り作品を列挙する。

■《清風涼波》 1901年・・・湘南に遊んだ時の面白い風俗絵巻で、一見の価値あり。

■《日光うら見の滝》 1903年・・・とても面白い構図。

■《雨後 》1924年・・・まるでコローの画のようなしっとりとした趣がある。

■《暮雪》 1933年・・・静かな湖を船が行く。行く手を深い霧が閉ざすようである。

■《春風春水》 1940年・・・綱で舟を渡す面白い構図。

■《渓流春雨》1942年・・・情緒豊かな田舎の情景で、雨の詩情を見事に表現しており、構図も素晴らしい。残念ながらこういう日本の伝統的な風景は今ではほとんど消え去っている。

■《吹雪》 1950年・・・屋根の雪が風で飛ばされ、杉の木に積もった雪も落ちてくる。厳しい日本の冬である。今回のナンバー・ワン

■《二重石門》 1952年・・・これも面白い構図の画である。

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靉光展:東京国立近代美術館

 靉光は第二次大戦で召集され、39歳で戦病死するまで、独特な画風から画壇の主流からはずれた「異端の画家」である。また戦争画を一枚も遺さなかったことから、「抵抗の画家」とか「暗い谷間の画家」とも呼ばれている。


 靉光の作品は、有名な《眼のある風景》、《自画像》、《花》など何点か見ているが、今までこのように年代を追って彼の画歴を俯瞰したことはなかった。応召に際して、自らの作品の多くを破棄し、故郷広島に残した作品は原爆で焼失するなど、現存する作品は少ないので、今回は靉光の約130点に及ぶ作品をまとめて見ることのできる絶好の機会であると考えて、展覧会初日に観に行った。


 その画風の変化はめまぐるしく、短い生涯でもあったため、私には彼の真の到達点が見えてこないのであるが、展示の時代別・傾向別の分類に従って感想を書くことする。

第1章 初期作品
靉光:編物をする女 靉光:コミサ(洋傘による少女) 1907年に生まれた後の靉光は、少年時代から絵に興味を持っていたようである。今回出品されている《父(石村初吉)の像》はわずか10歳の時の作品であるが、そのデッサン力の確かさに驚かされる。21歳に描いた《祖母(石村キク)の像》ではさらにこれに磨きがかかっている。
1929年の《コミサ(洋傘による少女)》は、ルオーの影響を受けた作品であり、《屋根の見える風景》は、まるでゴッホの画のようである。


 1933年の《鬼あざみ》にはエゴン・シーレの影響が認められ、さらに1933年の《馬》、1934年の《編物をする女》のようにロウやクレヨンを溶かして絵具と混ぜ合わせた独特の「ロウ画」を描いている。《馬》はグアッシュに蝋を混ぜたものであり、なかなかの迫力である。この画は保存上の理由からめったに展示されないとのことであるが、今回は前期だけ出展されている。

 《編物をする女》は私のお気に入りであるが、グアッシュにクレヨンが混ぜられ、さらに墨も使われている。この画はリエ夫人を描いたもので、背景には琳派の影響も認められる。 このように靉光の初期の作品は試行の連続であり、その苦労が偲ばれる。

第2章 ライオン連作から《眼のある風景》へ
靉光:眼のある風景 このような模索のなか、靉光は上野動物園に通ってライオンを描くようになった。彼の描いたライオンは単なる写生ではなく、対象に迫るべくしつこく絵具を重ねたり削ったりする作業が繰り返されていくうちに、次第にライオンの姿が幻想的ともいうべき形象に変容してしまっている。こうした制作方法の延長線上で代表作《眼のある風景》が描かれたようである。1938年に描かれたシュルレアリスム的なこの作品のなかの眼は、観客を鋭く見つめ返してくる。


靉光:二重像 このように靉光の絵の特徴はなんといっても、過剰なまでに描き込まれた密度の高さである。1941年の《二重像》では、面相筆とよばれる日本画用の極細の筆で、驚くべき細密さで描かれている。これは画家自身の二つの異なる表情を重ね合わせたものであるが、その精緻な表現とダブル・イメージはダリの画を連想させる。

第3章 東洋画へのまなざし
 その後、靉光は植物、虫、鳥が複雑に絡み合う濃密な幻想絵画を描くようになっていく。これは宋・元の絵画などに触発されながら、面相筆や墨を用いて不思議なイメージの世界を描いたものである。
このような作品はまさしく靉光独自の世界である。作品としては、《花園》、《蝶》、《静物(雉)》が印象的だった。もちろん好きという意味ではない。《素描図鑑》は、薄墨と濃墨を使った奇怪な鳥のダブル・イメージが連なっていく絵巻物であるが、じっと観ていると車酔いしてきた。

第4章 自画像連作へ
靉光::白衣の自画像 戦争の激化に伴い、前衛的な表現が取り締まりの対象となる中で、靉光は松本竣介らと「新人画会」を結成して、戦時下でも自分たちの描きたい作品だけを発表することを貫いたということであるが、残っている《ダリア》、《花》、《かます》といった作品を観てもまったく迫力が感じられない。応召に際して焼いてしまったという作品の中に前衛的作品が含まれていたのであろうか。


 最後に彼は見つめる対象として、自分自身を選び、3点の自画像を描いた。これらは展覧会の最後に並べて展示されている。広島県立美術館蔵の《帽子をかぶる自画像》と東京藝術大学の《梢のある自画像》からは、力強く顔を上に向けて強風に立ち向かう意欲が感じられ、最後の東京国立近代美術館の《白衣の自画像》では、顔は前に向け遠く未来を見つめる姿となっていた。

まとめ
  靉光の画業をこのように眺めてくると、彼の画風は絶えず変化しながらも、描く対象に鋭く迫り、写実を突き抜けた先に生み出された幻想にまで達しようとしていたことが分かる。もし戦争というものがなく、靉光にもう少しの時間が与えたならばどのように変わっていったであろうか。最後に残された自画像も決して彼の到達点ではあるまい。

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動物絵画の100年 1751−1850:府中美術館

 江戸時代後期の動物画展。昨年の仙台博物館(大江戸動物図館)・奈良県立美術館(応挙と芦雪)・板橋区立美術館(戸方庵井上コレクション名品展)と同一趣向であるが、分かりやすい作品ばかりなので気楽に楽しめた。お気に入りを列挙する。

葛飾北斎 瑞亀図 井戸から現れた大きな亀に老夫婦が酒を飲ませている。長寿を祝うおめでたい画。
菅井梅関 昇竜図 松島の海上に現れた龍の実写という。現在は竜巻を見たものと思われる。
菅井梅関 象図 豪快な象。牙の長いこと、皺が多く、体毛が生えている。
土方稲嶺 群鶴図  丹頂鶴、真鶴、黒鶴が海浜にいろいろな方向で佇む図。それぞれに素晴らしい質感が出ている。
森狙仙 猿図 森の猿は得意中の得意。この猿は上を飛ぶ2匹の蜂を警戒して振り返っている。この画像では、蜂が飛び回っているところは省略してある。
森狙仙 紅葉に鹿図  鹿の角の写実、鹿のかわいらしい目の表現。紅葉とともに秋の風情が伝わってくる。
長澤蘆雪 鷲・熊図  熊は足で一匹の蟹を踏みつけ、目は残った蟹を狙っている。鷲は熊をにらんでいるようだ。豪快な双幅。
歌川国芳 其まゝ地口猫飼好五十三疋  「蒲原」=てんぷら=天婦羅のお預け状態の猫、沼津=なまず=鯰を狙っている猫、程ヶ谷=のどかや=咽喉を掻いている猫といったように、訛った地名を猫で表現した凝った画。
円山応挙 狗子図屏風  やんちゃ盛りの仔犬が11匹。応挙得意の画。二曲一双の屏風画なので見応えがある。
円山応挙 時雨狗子図 目がかわいい。画像では省略したが、上から降ってくる時雨の表現が抜群である。
長澤蘆雪 一笑図 双幅で、 子供と仔犬がじゃれあっているところと、逃げ出した仔犬が首をつかまれて戻ってくるコミカルな画。
仙豪`梵 犬図 「きゃん、きゃん」という鳴き声が書きこまれている。単純化されたこのような犬は「戸方庵井上コレクション展」でも見た。仙高フ面目躍如といったところ。
長澤蘆雪 虎図 今回の中ではもっとも迫力のある「とら」。ポスターにもなっている。
伊藤若冲 親子鶏図・鶴図・鯉図  若冲の動物画はさすがである。雄鶏・雌鳥・雛鳥は複雑な構図。鯉はコミカル。鶴は素晴らしい筆致で伸びやかに描き出されている。
仙豪`梵 虎図  これは下手な漫画。そこがこの和尚の憎めないところか。
長澤蘆雪 亀図  これも面白い構図。頸をすくめた亀を後から描いている。
菅井梅関 鵞鳥図  こちらはわざとギクシャクとした線で表現しており、なかなか味のある
円山応挙 雪中老松熊図  子熊が雪山を登ろうとしている。あるいは落ちそうになって必死に雪に爪を立てている。まるで仔犬の画のようだ。
長澤蘆雪 群雀図

和歌山の成就寺の袋戸に描かれた画。細い竹とそこに泊まる12羽の雀だけが横一列に描かれている。重要文化財。

長澤蘆雪 朝顔図

 朝顔が悠々と伸びている。その根元にちょこんと一匹の鼬かテンがいる。意味は分からないが、面白い取り合わせである。

(2007.3a)  


小島烏水 版画コレクション展:横浜美術館

 小島烏水は有名な山岳家・文筆家だったのみならず、著明な版画収集家でもあった。定職は銀行員だったが、銀行員といっても横浜正金銀行の北米の支店長であるから裕福だったのだろう。アメリカの家の写真も出ていたが、豪邸。子供のときに少年雑誌に投稿した文章、その後に執筆した書籍、山岳会(日本山岳会の前身)の資料、有名な西洋画家からの手紙など烏水のすべてが分かるようになっている。 

 烏水の美術コレクションは水彩画、浮世絵から西洋版画にいたる厖大なものである。

丸山晩霞《夏の山岳風景》1.水彩画:ラスキン、大下藤次郎《六月の穂高岳》、丸山晩霞《夏の山岳風景》、三宅克己《久保山より横浜市を望む》、茨木猪の吉《川口村及び河口湖》、鶴田吾郎《犬吠埼》、吉田博《老木》


2.浮世絵:北斎《富嶽三十六景》、広重《東海道五十三次ー庄野白雨・洗馬》、国芳《播州皿屋舗》、貞秀《富士山胎内地図》《ほうずきつくしーかん信・夕立》・《三国大一山図》・《富士山真影全図》・《大日本富士山絶頂の図》、豊国(三代)、国周、芳虎、歌川芳年《山姥怪童丸》・・・ちょっとエロチック

 浮世絵収集家の番付表《東都錦絵数奇者番付》が出ていた。これは大正9年のもので小島烏水(在米)は前頭筆頭となっている。この番付には、鏑木清方、永井荷風、山村耕花、キーン(横浜)、野口米次郎(在米)なども載っていた。ちなみに野口米次郎はイサム野口の父親であろう。また昭和13年の番付では烏水は関脇に昇進していたとのことである。

 歌川貞秀の《富士山真影全図》は、富士山を頂上の真上から見た展開図で、これを組み立てると富士山の三次元模型となる。出口のショップで500円で売っていた。


ゴッホ《ガシェの肖像》3.西洋版画:デューラー《豚に囲まれた放蕩息子》、ゴヤ《祖父の代まで》・・・馬が馬の図録を見ている、カイプ、ロラン、コロー、ドービニー、ジャック、ミレー《乳酪を作る女》・《落穂拾い》・《羊飼いの女》、ドラクロア、シャセーリオ、ドーミエ、ロップス、ファンタン・ラ・トゥール、ピサロ、ドガ、ルノワール、ロダン、カリエール、セザンヌ、ゴーギャン《ノア・ノア》・《かぐわしき大地》、ゴッホ《ガシェの肖像》、ムンク、ヴァロットン、シャヴァンヌ、ロートレック、ヨンキント、マネ《ロラ・ド・バランス》、シスレー、ドガ《エアリ・カサット》、シニャック、ドニ、ヴイヤール、ピカソ《貧しき人々》、ローランサン《パントマイム》、マティス、ヴラマンク、ブラック、ブレイク、コンスタブル、マーティン、ホイッスラー

 1931年に日本に持ち帰った際に税関に申告したリストに購入価格が載っていた。シャバンヌ《天使》=18$、ヨンキント《ロッテルダム》=7.5$ 、マネ《シャボン玉》=25$、マネ《ギターを弾く男》=50$の如くである。


4.明治の石版画:藪崎芳次郎《小児争戯図》、渡辺忠久《磐梯山破裂の図》


5.新版画:カペラリ、ラム、川瀬巴水、吉田博、山村耕花、岡田三郎助

(追 加) 常設展には新収蔵作品が大分並んでいた。なかでも奈良美智の作品がかなり展示されていた。「よしもとばなな」の《アルゼンチンババア》の原図(ドローイング)が多かったが、最後に 《KAI-TEN》という作品があった。これは壁から浮き出して設置され、スポットライトが当たっていた。聞いてみるとこれは第二次大戦中に体当たりして若き命を散らしたあの有人魚雷(われわれは人間魚雷と呼んでいた)「回天」のことだという。例の吊りあがった不敵な目つきの子供がカヌーのような舟に乗っている。

 常設展の中に下村観山の《まひわの聖母ーラファエルロの模写》の軸(1905年)があった。これが巧い。感嘆の声を上げそうになった。

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肉筆浮世絵の美 氏家浮世絵コレクション:鎌倉国宝館

1.仏像彫刻

 なにせ初めての鎌倉国宝館。好きな仏像も沢山陳列されているので、敬意を表してまずこれから拝観。展示品リストは常設展も特別展もホームページに載っているのでありがたい。


( 重要文化財)
■ 《木造 地蔵菩薩坐像―浄智寺》・・・スマートな青年といった地蔵菩薩。

■ 《初江王坐像―円応寺》・・・あまり見たことのない像
■ 《木造 地蔵菩薩立像―九品寺》・・・一木彫の立派な地蔵菩薩。柔和な顔立ちである。
■ 《石造 薬師如来坐像》・・・質素な石のお地蔵さん
■ 《木造 十二神将立像》・・・12躯中6躯が展示中。激しい動きと感情を伴う像。


(県指定文化財)
■ 《木造 千手観音菩薩坐像―建長寺》・・・これぞ匠の技。素晴らしい。
■ 《木造 阿弥陀如来立像―浄妙寺》・・・穏やかな表情の阿弥陀如来。


(市指定文化財)
■ 《木造 韋駄天立像―浄智寺》・・・独特な姿。一見の価値あり。

2.肉筆浮世絵
 ついでお待ちかね肉筆浮世絵展。氏家氏は一点しかない肉筆浮世絵の海外流失をおそれて蒐集されたとのこと。アッパレ!本当に素晴らしい作品群。前期後期あわせて60点もの展示だったようだが、前期は見逃してしまった。来年は必ず全部みたい。

■ 懐月堂安度《美人愛猫図一人立》・・・懐月堂派は人物のみのものが多いが、これは柳あり、廊下あり、最後に猫までいる手の込んだ画。これこそ安度の作だろう。


■ 懐月堂派《美人一人立図》・・・これは一人だけの美人図。懐月堂派はもっぱら肉筆画で版画を作らなかったのでこのように工房で大量生産したようだ。でも画としては上手。


■ 奥村政信《当流遊色絵巻》・・・とても美しい絵巻物。踊りまくっている人の左に桶と柄杓があるが、これはお酒? 故杉浦日名子さんに聞きたい。


■ 富 安《美人蚊帳図》・・・美人が画賛を書いていると思うと、蚊帳の上にも書がつながってくる。一体どうなっているのか。


■ 喜多川歌麿《万才図額》・・・才蔵の打つ鼓に合わせて、太夫が舞うさまがたくみに描かれている。


■ 細田栄之《御殿山花見絵巻》・・・花の名所「御殿山」の賑わいが華やかに描かれている。


■ 北尾政演《助六図》・・・歌舞伎の演目「助六由縁江戸桜」より。蛇の目傘の三つ目の紋に注意。


葛飾北斎《酔余美人図》(部分)■ 葛飾北斎《酔余美人図》・・・これは氏家コレクションの代表作。北斎展にも出ていた。金の葵が青い衣装にちりばめられているところが美しい。襟元に現れているこの青と金はペンダントのようにも見え、魅惑的。


■ 葛飾北斎《見立児島高徳図》・・・児島高徳見立ての大黒さまが桜の木見立ての大根に後醍醐天皇だけに分かる漢詩を彫っているところ。ユーモアのセンスあふれる画。


■ 葛飾北斎《寿布袋図》・・・布袋さまの右手に持った渦巻きから大きな寿の字が立ち上る。アイディア満点。


■ 葛飾北斎《桜に鷲図》・・・北斎展でも観たが、豪快な鷲。でもちょっと意地悪そう。今回の展覧会のポスターやチケットになっている。


■ 葛飾北斎《鶴鸛図》・・・北斎展でも観た2曲1隻の屏風。左扇の大きな「こうのとり」が右扇では小さな「こうのとり」と鶴になって飛び去っていく、遠近法の妙。


■ 葛飾北斎《蛸図》・・・北斎展にも出ていたがコミックで人気のある作品。単眼鏡で見ると細かい黒の点描となっているのが分かる。


■ 葛飾北斎《扇面波に燕図》・・・左から下に流れる三本の薄い青線で波が表されており、その上に燕があっさりと描かれた扇面。


■ 葛飾北斎《小雀を狙う山かかし図》・・・北斎展やギメ展にも同主題の画があったが、蛇は嫌いだ。こちらは赤い蛇イチゴも描かれておりド迫力。


■ 葛飾北斎《虎図》・・・優しい表情で猫のようだった。


■ 歌川広重《高輪の雪図・両国の月図・御殿山の花図》・・・雪月花の3幅対だが、北斎を見てきた眼にはなんとなく頼りない。


■ 司馬江漢《江之島富士遠望図》・・・司馬江漢としては珍しく油彩ではなく絹本着色なのですっきりとした感じの良い1幅の画。


■ 岩佐勝重《職人尽図屏風》・・・鏡職人・数珠職人など6つの職人を集めた1隻の紙本著色風俗画屏風。これはなかなか面白い。

■ 清 谷《役者絵16枚》・・・紙本著色のブロマイド。結構に派手な色遣いである。PRは何時の世も同じ。

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日本美術が笑う:森美術館

 

 ブログに書いた次第で、メモをとりながらじっくりと見てきた。しかし図録の購入を見合わせたので、苦労しながら下記に感想を書いた。

1. 土の中から〜笑いのアーケオロジー


■ 大小の土偶・埴輪:19点が円形の台に載っている。笑っている表情のものもあったが、それほど多くない。むしろ形態がユーモラスのものが多い。

2.意味深な笑み


■ 岸田劉生:《麗子洋装の図(青果持テル)》と《麗子弾弦図》の2点。確かに麗子の顔は変な微笑をたたえており、自分の子ならもう少しかわいく描いても良いのにと思うことがある。


■《寒山拾得図》:長澤蘆雪・伊藤若冲・作者不詳の3点、《寒山図》は雪村。すべて面白い。若冲が特にユニーク。他の画家の大胆な表現の寒山拾得図はよく似ているが、それぞれ傑作。


甲斐庄楠音:横櫛 ■ 作者不詳の《桜狩遊楽図屏風》:外人の母親が子供に「これはピクニックの絵」と説明していた。確かにキャプションには英文の題名がついている。これは良いことだ。


■ 甲斐庄楠音の《横櫛》:2006年6月の新日曜美術館で知った画家Kainosho Tadaotoの作品。ひどく気味の悪い薄ら笑い。こんな女性は絶対に好きになれないどころか傍にも寄りたくないと思っていたが、それは京都国立近代美術館所蔵の作品。今回出ているものは広島県立美術館のもの。こちらのほうがずっと良い。


■ 円山応挙《三美人図》:自分や友人の愛人の芸者の肖像画。「応挙の愛婦=雪」が中央に置かれた火鉢の前にデンと坐っており、その右の「応挙の愛妓=富」が横から手を伸ばして火鉢に当たっている。そして左側に立っているのは儒者「皆川淇園の愛妓=友」。皆川は友とはそういった関係になかったそうだから、親密度は愛婦>愛妓のようだ。そんなことはどうでもよいが、東西を問わずお盛んな画家が多い。


■ 曽我蕭白《美人画》:これも気味の悪い顔つきで手紙らしきものを口に咥えている。こういうのも御免だ。

3.笑うシーン


■ 《病草紙 侏儒図》:成長ホルモン欠乏症患者に対する「差別絵画」。子供も観る展覧会に「笑いの対象」として展示するとは企画者が鈍感すぎる。


英一蝶《一休和尚酔臥図》:昼間から気持ちよさそうに寝ている。天下泰平。


■ 《つきしま物語絵巻》:稚気あふれる絵巻だが、物語の筋は人柱伝説で怖いらしい。キャプションは舌足らず。


■ 《浦島物語絵巻》:乙姫が帰りたがる浦島太郎に玉手箱を渡している。


■ 《曲芸図巻》:最初は人間だけのサーカスだったが、最後には多数の熊も参加。


■ 河鍋暁斎《放屁合戦絵巻》:これはすごい。展示は巻一の冒頭だけであるが、全二巻の動く画像をディスプレイしてくれるので分かりやすい。字幕スーパーを下記に再現する。


  (巻一) 貴人が芋を渡す→ 芋を食べて戦闘準備 先制攻撃特大一発→ 御簾の陰から女官も拝見 こちらは皆で一斉攻撃→ 敵味方入り乱れて大混戦 巻き添え御免と逃げ出す貴人 尻をふたされて口から一発 大袋に屁を集め→ エイヤッ→


  (巻二)  兵士交代・ひと休み→ 団扇で防いでも役立たず ついに現物まで出る始末 場外では貴人の皆様判定中 負傷続出に医者の出番→ 最終決着は「俵飛ばし」 準備はよし・いつでもこい アッパレ・総崩れ→ 褒美をもらう勝者。


■ 英一蝶《舞楽図屏風》:大きな画面にいろいろグループに分かれて遊んでいる。裏画は唐獅子図となっているが、見逃しそうなので要注意。


■ 長谷川巴龍《洛中洛外図屏風》:タッチパネル方式の下記の拡大画像をスクリーンで見られて良かった。
  1) 東寺
  2) 島原の遊里
  3) 壬生寺:猿を使った狂言
  4) 内裏と仙洞御所
  5) 北野天満宮


■ 曽我蕭白《仙人図屏風》:褐色の単彩色であるが、左隻の仙人二人はかなりの迫力。右隻の女性は平凡。やはり極彩色でなければ・・・。

4.いきものへの視線


■ 狩野山雪《虎図屏風》:足を開いて水を飲んでいるコミックなタッチ。これだと虎もかわいい。ロンドンで最近発見された画とのこと。それでは何で六本木にあるのだ。キャプションは説明不足。

長澤芦雪:牛図伊藤若冲:白象図
■ 曽我蕭白《獅子虎図屏風》:虎はまだしも、獅子の脚がおかしい。小児麻痺か?


■ 伊藤若冲《白象図》:正面から見た白い象。これはゆったりとした名作である。


■ 長澤芦雪《牛図》:正面から見た黒い牛。まるで上記の白象と対になっているような画。これも名作。


■ 神坂雪佳《金魚玉図》:縦長の軸の上部に描かれた金魚の色が上品である、淡い橙がかった赤とでもいおうか。


■ 河鍋暁斎《鳥獣戯画》:以前に「国芳・暁斎展」で見たことのある化け猫の絵。


■ 円山応挙《猛虎図》:あまり強そうとはいえない虎。これで猛虎と言うのは誇大広告。


■ 森狙仙《猿図》:丸いロンド。沢山の大猿・小猿が来ている。狙仙は猿のスーパー・スペシャリスト。


■ 俵屋宗達《犬図》・《狗子図》・《双犬図》:宗達の犬は皆かわいい。ずいぶん売れたことだろう。

5. 神仏が笑う


白隠:蛤蜊観音図■ 白隠が7点も:白隠の画はユーモアたっぷりで、愛嬌がある。《蛤蜊観音図》は間の抜けた観音さま。《布袋すたすた坊主》は寒い中腰蓑一つで寄進を求めて回る僧の図で、本来ならば同情すべきすがたなのに、なぜかおかしい。他の5点も素晴らしい。


■ 伊藤若冲は3点:《大達磨図》は凄い迫力の達磨。《伏見人形図》はかわいらしい人形が重なっている。似たような画をプライス・コレクション展「若冲と江戸絵画」で観た。


■ 南天棒が2点:《雲水托鉢図》は対幅で、向こうから並んでくる僧の行列と向こうに去っていく僧の行列がそれぞれ面白く描けている。まるでコミック漫画。もう一点は《達磨図》。こちらは達磨の目がかわいく、大きな丸いピアスを付けている。こんなのありか。書と画のバランスも良い秀作。


■ 鳥文斎英之《三福神吉原通い図巻》:これも動画で見られる。

 恵比寿・大黒・福禄寿の三人が柳橋から船に乗る 骨屋の松・大川橋・待乳山を見ながら隅田川をさかのぼる 日本堤で船を下り、駕籠に乗って、新吉原・仲の町へ 最後は花魁に囲まれて上機嫌。

木喰:玉津島大明神 作者不明の《神仏界花見遊宴図》も似たような発想。江戸時代は神仏も俗っぽい。今でもそうかもしれないが。


■ 円空仏が4点:いずれも非常に庶民的。《大自在天身像》と《天大将軍身像》は、薄い板に彫られた仏さま。まるでジャコメッティの逆である。


■ 木喰仏も4点:これらの仏像はみな笑っている。江戸の庶民には笑いに宗教性を見出していたということかもしれない。《自身像》は83歳時のもので、虫食い状態のためかえって真実味がある。河井寛次郎が持っていた《玉津島大明神》は木喰最晩年の作。

(2007.2a)


都路華香展:東京国立近代美術館

 

 都路華香(1871-1931)は京都画壇の幸野楳嶺の弟子であるから、有名な竹内栖鳳と同門である。寡聞にして都路の名前を知らなかったが、1932年以来の本格的回顧展ということなので観にいってきた。

都路華香:良夜都路華香:松の月 入ってすぐのところに展示されている《臨済一喝》と徳山三十棒》は凄く迫力がある。まるで白隠の奇想画のようだ。《寒山拾得》は二つあったがこれらも大したものである。

 《濤声》という屏風に描かれた鷲もこちらに向かってくるようで思わずたじろぐ。

 《松の月》は素晴らしい作品である。同門の竹内栖鳳は「《松の月》は、単に都路さんの傑作であるばかりでなく、立派に日本画の一代表作であると信じています。」と述べている。

 《緑波》という美しい絵があった。いろいろな色の絵具をスーラの点描のように描き込んでおり、画面全体が輝いている。これはアメリカから里帰りしたものだという。いつものことだが外国人のほうが目が高い。

都路華香:祇園祭礼図 《良夜》という題の絵が二つあった。白描の波は今まで観たことがないユニークなものである。橋の表現や水に映る陰影などの表現も新鮮であった。

 《祇園祭礼図》というユーモラスな画があった。脚だけの画!(画像参照)

 《大塔宮》は土の牢内でに幽閉されている護良親王を描いた美しい歴史画。親王は巻物を前にして泰然としている。

 《吉野の桜》は染織作品の下絵だそうだが、これだけで立派できれいな画。

都路華香:埴輪 《菊之水(猩々)》は真っ赤な能衣装をきた謡曲「猩々」の高風。酒壷に菊が入っている。

 《埴輪》はいかにもゆったりとした色合いで古代の雰囲気がよく出ている。

 正面を向いている《達磨図》、横向きの《菩提達磨図》はオレンジ色の着衣のヒゲ達磨。ノンビリとした性格がよく出ている。

 

総じてみると、都路の画は明治時代の初期の作品が一番迫力がある。大正・昭和になるにつれ技巧的な画となってきている。それにしてもこれだけの画家がそれほど知られていないのはなぜなのだろうか。一説によれば、彼のあまりにも潔癖な性格が災いして当時の中央画壇で認められなかったのであるとのことだから、今後は彼の画そのものが正等に評価されていくことになろう。(2007.1a)


(追記2) 後期の感想

都路華香:棒空喝都路華香:嘯虎図 かなりの展示替えがあり、十分に楽しんだ。

 《棒空喝》は前期にも単品が出ていたが、後期のものは三幅対で見応えがある。禅の道に入っていた画家でなければ描けない迫力である。

 《嘯虎図》のヒゲが凄い。真っ白で水平に後に伸びている。今まで虎の画は沢山観てきたが、こんなヒゲは初めてだ。

 《騎牛帰子》はいかにもムードのある画。波打つ地表の表現が抜群である。同じ画は十牛図巻(京都・霊洞院蔵)の中にもある。

 同じような名で紛らわしいが、十牛図(株式会社ボークス)は着色で、その中では《見牛図》が西洋絵画のような色合いである。この十牛図巻と十牛図についてはブログに書くことにする。

 

 都路華香:騎牛帰子 都路華香:見牛図

都路華香:大湖百合根都路華香:黙雷禅師肖像 明治時代の初期の都路華香作品には迫力がある。明治44年ごろから大正にかけては次第に技巧的になっていろいろな技法に挑戦している。特に波の表現が実験的である。

 このころには依頼作品と思われる装飾的な画も多く、パットしない画も少なくない。このことは自分でも分かっていたらしく、自ら依頼画を一切断ることを新聞紙上で宣言した。そのためか昭和になると再び立派な画が描かれている。

 《大湖百合根》はモダンな色遣い、絶筆の《黙雷禅師肖像》は美しくしっかりとした画。僧衣の紋様も見事である。彼がもう少し長生きしたら、もっと素晴らしい展開を見せたに違いない。

 この画家の展覧会は次に何時開かれるか分からない。そういう意味で図録を買ってきた。後期に図録を買ったのは初めてである。今回の展覧会をきっかけとして都路華香が再発見されることになるかもしれない。そうなれば図録を買ったことが先見の明ありということになるのだが・・・。

(2007.2a)


横山大観 生々流転:東京国立近代美術館

全長40メートルに及ぶ大観の大絵巻《生々流転》を初めて観た。 墨一色である。

霧のような水蒸気から誕生した水が、細い滝となって山を下り、集まって川となる。動物や人間に生命を与え、次第に大きな河となって港から海に注ぐ。海の水には暗雲が立ち込め、浪が立ち騒ぐ中、水は一匹の龍となって天に昇っていく。この龍が再び一滴の水となって輪廻するという次第。

同時に展示されていた《ある日の太平洋》には龍がはっきりとし姿で昇っていく様が描かれているが、《生々流転》では龍の姿は暗くて明瞭ではない。その分、自然の営みの神秘さが表現されているような気がした。

(2007.2a)


相原求一朗展:日本橋高島屋

 

 ブログにも書いたが、相原求一朗は私が追いかけてきた画家である。私の場合、北海道立近代美術館の「画家たちの北海道展」で観た作品が印象深かったことが追っかけのキッカケだったかもしれない。相原の本拠地である相原求一朗美術館は帯広それもJRの駅からは遠く、空港の近くである。札幌に出張した際には何とかこの美術館を訪れたいと思ってジタバタしたが、結局今まで果たせないでいる。そのかわり彼の生まれ故郷の川越市立美術館に相原求一朗記念室を訪ねた。また表参道のアニヴェルセル・ギャラリーで開催され「相原求一朗展‐無限の遍歴」を観にいって奥様とお話したこともあった。

 今回は、昨日から日本橋高島屋で大規模な「相原求一朗展」が開かれている。そこで早速に出かけてきた。冬季休館中の帯広の美術館からも沢山出展されている。

1.初期ー非凡な画才と時代の激流の中で

 相原求一朗は、川越の穀物商を継ぎながら画家を志したが召集され、満州やフィリピンを転戦、九死に一生を得て帰国した。1944年の《ハルビン・キタイスカヤ》や1945年の《河口湖》は鮮やかな色彩が豊な画で、後年の相原の色調とは違っている。1954年の《線路のある風景》は川越の情景であるが、大きな画で、青と白を基調とし、線路の曲線が生きている。

2.中期ー北の大地にみつけた原風景

 戦後の日本美術界では抽象絵画が勢いを得ており、相原は自らの具象絵画に迷いをもつようになり、1961年ごろには画が描けなくなってしまった。しかし1962年、偶然訪れた狩勝峠の雄大な自然が醸し出す風景に衝撃を受け、《風景》という絵を描いた。これは観てみるとほとんど抽象画であるが、これによって相原は抽象と具象の問題に解決を見出し、以後具象画の道を外れることはなかった。事実、1974年の《ル・マンの朝》・《道》、1976年の《岬の厳冬(襟裳厳冬)》は素晴らしい具象画となっている。

 途中デッサンのコーナーがあった。これは前回のアニヴェルセル・ギャラリーの展覧会でも見せていただいた。

3.後期ー北の十名山

 その後の相原は北の大地に一途な画業を求め続けたのであった。冷厳ともいうべき彼の画風の奥には辛い戦争体験が潜んでいるような気がしてならない。

 好感度作品は1980年の《残雪の岬》、1987年2月1日広尾線廃止前日の《幸福駅 2月1日》。1991年の《礼文厳冬》には凍えるような海、青い空、そしてその間に白い帯状の島が見える。1991年の《雪の樹林》、1992年の《雨後》、1993年の《残照》はいずれも素晴らしい。とくに「残照」の帯の明るい色は暗い空と海を切り裂いている。

 そして以前から観たいみたいと思っていた北海道の名峰を描いた「北の十名山」が揃って現れた。いずれも大きな画でその中に入って山を見ている感じになる。北海道の山は厳しく美しい。すべて1995-96年の作品で健康を害しながら短期間に仕上げた彼の代表作たちである。展示順に並べると、

○春の岳稜 トウムラシ山、○雪の平原 十勝幌尻岳、○春宵 斜里岳、○山頂残雪 雄阿寒岳、○水ぬるむ 雌阿寒岳、○錦繍装う 羅臼岳、○早暁 十勝岳、○山峡新緑 羊蹄山、○山麓紅染む 旭岳、○潮騒に屹つ 利尻岳 である。チラシ・チケット・葉書などから小画像を3つアップさせていただく。

春宵 斜里岳
早暁 十勝岳
潮騒に屹つ 利尻岳

 その後の作品、1998年の《天と地と》では、遠景に白い山、中景の青い山、そして近景には大きな赤い谷がせめぎあっている。1994年の《樹林夕映え》、1996年の《白き神々の座》、1998年の絶筆《雪の道》が最後を飾っていた。相原の到達した北の大地であった。

(2007.1a)


七福神と干支の動物たち展:河鍋暁斎記念美術館

 

 ブログに書いた次第で初めてこの美術館に行ってきた。個人美術館の経営はさぞ大変だろうということもよく分かった。われわれ夫婦だけが観客であったが、親切におもてなしいただいた。ここにお礼を申し上げるとともに、これからも訪れたいと思っている。

 とにかく暁斎は天才的な画家である。鳥羽僧正、葛飾北斎とならぶ天才的な閃きの画家である。広く海外に散っている暁斎の作品が一堂に会する本格的回顧展が国内で開催される日の近いことを祈りたい。

 今回のお正月企画展示もなかなか良かった。うろ覚えのところもあるが、全作品のメモを作ってみた。

1
応需惺々 箱根山中猪狩 亥・錦絵 将軍が見守る中、猪狩り。ほら貝で山の上から猪を追い落とし、下で構えている鉄砲隊が仕留める。3頭の猪の他に、鹿・兎・人間までまで落ちてくる。奇抜な着想。お気に入りである。
2
惺々暁斎 市豆蒔 亥・錦絵 馬・猪・兎・猫を擬人化した豆まきの画。豆をまく大家が猪となっている。夫々の動物が迫力がある。
3
狂斎 二股大根の山車をひく鼠たち 子・画稿 大黒さまのお使いの鼠たちが、大黒の好物の二股大根を荷車で運んでいる。「鼠の世界」という映画ができるかも。
4
応需猩々坊 舶来虎豹幼絵説 寅・錦絵 万延元年に外国船が運んできた見世物の虎と豹。虎と豹の頭部には凄みがある。雌の虎を豹といったこともある。暁斎は虎のオランダ版画を所蔵していたとのことである。
5
河鍋暁翠 水を飲む虎 寅・画稿 足を踏ん張って水を飲む虎が正面から描かれている。巧みな描写である。猛獣であるが女性らしい優しい眼差しがかんじられる。猛獣といってものどが渇くことがある。
6
石蔵清 三匹の兎 卯・画稿 石蔵とは暁斎の門人の1人らしい。何気ない兎三匹。このような練習画が残っているのは、暁斎に褒められたもののか。
7
河鍋暁斎 鐘に巻きつく龍 辰・画稿 安珍清姫伝説と関係があるかもしれないが、不詳とのこと。水中に沈んだ鐘に龍が巻きついている。地上で巻きつくと中の安珍が焼け死んでしまうとおもった龍の清姫が鐘を水中に落としてから巻きついたのか。
8
河鍋暁斎 蛇とカタツムリ 巳・画稿 長い蛇が伸びやかな筆致で描かれている。そばの蝸牛は無視しているようにも見える。巧い人は簡単にこんな絵を描いてしまうのだろう。絵描きには天賦の才が必要ということがよく分かる。
9
惺々暁斎
伊蘇普物語之内 羊と狼の話 未・錦絵 維新後の新旧対立社会の戯画。新派は洋装の羊で屋根の上に乗って、羽織袴姿の狼で擬人化された旧派を馬鹿にしている。暁斎はどちら側だったのだろう。明治になってお偉方を皮肉った絵を描いて捉まったのだから、やはり旧派か。
10
惺々暁斎 見世物の猿 申・刷物 オモチャの猿を手にした見世物の猿。
11 河鍋暁斎 雄鶏写生 酉・写生 正面を向いた雄鶏。
12
惺々暁斎 伊蘇普物語之内 畜犬と狼 戌・錦絵 太った飼い犬よりも、自由な狼が幸せ。イソップもソクラテスも同じ。暁斎は自由な狼だったのだろう。
13
河鍋暁斎 犬の萬歳 戌・画稿 衣装を着た可愛い犬が二匹。
14 惺々暁斎 月次風俗図 一月 ひとり萬歳 掛軸 扇子を持つ太夫と鼓を持った才蔵の二人組ではなく、ひとりで正月の門付けをしている。経費節約?
15
曉翠 七福神の遊戯 掛軸 この七福神はあまりインパクトがなかった。
16
曉春 七福神 松竹梅図 掛軸 七福神の背後に松の木、梅、そして笹。
17
惺々暁斎 宝珠に松竹梅 明治二十一子孟春二日 掛軸 梅が長く伸びて根の部分がグニャグニャして、寿という字になっているらしい。松と笹もある。上方に黒いモヤモヤしたものが描かれているが宝珠らしい。この辺は現代絵画に通じる?
18
河鍋暁斎 十二支図(「桃太郎絵巻」巻頭) 羊・猿・鶏・犬・亥 絵巻 山羊の上に乗った猿、鶏、丸くなって寝ている仔犬、そして大きくて元気溌剌とした猪。この猪がベスト。十二支の前半は別の絵巻とか。これも見たかった。
19
曉翠 絵馬 黒牛図 丑・絵馬 3点の絵馬は初出品とのこと。絵馬と動物のバランスが良い。全体として女性らしい優しさの感じられる絵である。美術館入口の手作ポスターの写真を撮ってきたのでブログに載せた。斜め撮りの小さな画像ではあるが、巳の絵馬も見えている。
20
応需曉翠 絵馬 白蛇図 巳・絵馬
21
曉翠 絵馬 跳駒図 午・絵馬
22 河鍋暁斎 団扇絵 七福神の鼠相撲見物 下絵 大きな七福神たちが小さな鼠の相撲を観ている。小さな土俵もある。まるでガリバーの世界。
23
河鍋暁斎 布袋の食事 画稿 大きな袋を担いだまま坐って食事をしている太った布袋さま。
24
惺々入道暁斎 宝 船 錦絵 宝船に七福神が乗っている。万亭応賀の和歌「正々も眠り覚まして笑うらん 今朝吹く風の春の入船」が記されている。
25
惺々暁斎 福神見立女三の宮 色紙判版画 「女三宮=お多福」の前で蹴鞠を競う「柏木=大黒」と「夕霧=恵比寿」。源氏物語の内容がすぐ分かるぐらい江戸の人のレベルは高かった?
26
応需惺々暁斎 福わらひ 袋 木版画 米俵、琵琶、鹿など七福神の持物が描かれている。#30の《福わらいカルタ》を置くための台紙。八福神では「お多福が」加わるが、それはどこに置いたのか。解説には「おそらく鶴亀屏風」と書いてあるが・・・。
27
応需惺々暁斎 七福冨士之萬喜神 亥・錦絵 有名な「曽我物語・富士の巻狩り」の図。頼朝の声に応じて猪に逆さに乗ってしとめた勇者「仁田四郎」。七福神とその持物が描かれ、明年の干支の鼠が猪に飛ばされているので亥年の正月用の絵であるということが分かる仕掛け。 
28
如空暁斎 新板七福神市原野見(丑)図 丑・錦絵 牛の死体を被って待ち伏せする盗賊を退治する頼光と四天王。「市原野のだんまり」の見立て。結構迫力がある。登場人物は七福神の姿でバックには旭・鶴・松竹梅で丑年の正月用。
29 曉翠女 毘沙門天寅狩之図 寅・錦絵 毘沙門天が虎を仕留めるところ。これも迫力がある。七福神・旭・鶴・小判・宝物と寅年の正月用。父親の作品をまねている感じである。
30
河鍋暁斎 福わらひ カルタ8枚 木版画 #26のためのカルタ。このカルタを売り出したらさぞかし売れることだろう。あるいはコンピュータ・ゲームの種にするか。キャプションにはカードと書いてあるが、当時はまだポルトガル語のカルタが使われていたのではないのだろうか。
31
河鍋暁斎 狂斎百図』 版本

万亭応賀の選んだ諺に暁斎が挿絵を描いた本。当時のベストセラーだったとのこと。最後は諺「笑う門には福来る」である。

 

32

惺々入道暁斎 宝船「富貴長命」 錦絵 「富貴長命」という願文を書いた帆を持つ宝船に七福神やその持物が載っている。そして周りには鶴が舞っている。1月2日の夜この絵を枕の下に敷いて一富士二鷹三茄子の夢を見ようという欲張った絵。
33
河鍋暁斎 恵比寿・大黒天 下絵 それぞれの特徴がよく出ている。暁斎は、独創性のある国際的エンターテイメント・アーティスト。    
34 河鍋暁斎 坐る福禄寿 画稿
35
河鍋暁斎 毘沙門天 下絵
36
河鍋暁斎 布袋の書初め 大黒の相撲見物 画稿 布袋さんは袋をあずけて筆をとっている。大黒さんは初場所観戦らしいが印象が薄い。
37
応需惺々周麿 曲結稚画手本 五だんめ、うさぎ 錦絵 独楽の紐を一本だけ使って人間・動物・事物を一筆書きで描いている。独楽の紐の端には巻きつけた紐が外れないため太くしてあるが、それが上手く使われた絵となっている。十二支の動物、獅子舞、軽業、鶴亀などなど動きのあるものをフリーズしてしまったアートである。最近形状記憶プラスチックの細い棒を使っていろいろな動物などを作ったおもちゃが売り出されているが、そのオリジナル・デザインは業際だったかもしれない。  
38
惺々周麿 曲結稚画手本 五だんめ、うさぎ 錦絵
39
惺々周麿 曲結稚画手本 なぎなた、やりのけいこ 錦絵

 (2007.1a)


石山寺と紫式部展:銀座松坂屋

 

 紫式部が源氏物語の構想を得たと伝えられる石山寺には、大和絵の技法で描かれた源氏物語にまつわる美術品が数多く所蔵されている。今回はこれの展示だが、予想よりも数が多いので驚いた。

土佐光起:紫式部図(部分) 紫式部の肖像としては、土佐光成の三幅対、狩野孝信(室町時代)、無銘の《紫式部聖像》(室町時代)、土佐光起、英一蝶、清原雲信(探幽の姪と久隅守景の子)の《紫式部観月図》などの大和絵のほかに、勝川春章の浮世絵《見立て紫式部図》、さらに堂本印象や上村松園の絵まで出ていた。、長谷川雪旦、住吉広行、浮田一薫、菊池容斎などもあった。

 絵巻としては《白描源氏物語絵巻 断簡(須磨)》、土佐光起の《絵巻(浮雲)》があり、湖水54帖(物語扇子)、扇面画帳(絵合)、土佐光起・光成・光則の《画帖》が出ていた。

 部屋の中央に《石山寺縁起写本》7巻が展示されていたが、良弁僧正の石山寺創建の物語が非常に分かりやすく描かれており、感心した。谷文晁、狩野春信の衝立、まつ本一洋の美しい屏風、月岡雪斎の屏風などもあったが、土佐光成・光芳の屏風が圧倒的であった。土佐派の絵をこんなに沢山見たのは初めてであるが、細密な描き方に特徴があるように思えた。 紫式部の書や硯も観ることができた。(2007.1a)

 石山寺は”花の寺”とも言われて、四季折々美しい花が楽しめるそうです。また紫式部がこの寺で琵琶湖に映る月を眺めて《源氏物語》の構想を練ったと伝えられているのでこの寺には紫式部にまつわる絵画、屏風、工芸品が沢山あるのです。

 《源氏物語》を題材にした金を沢山使った、雅できらびやかな大和絵を沢山見ました。細かいところまで、例えば人物も絵の中では5cmほどなのですが着物の柄・画中の襖絵・几帳の模様・植物等 丁寧に、きちんと描かれており、これらの画を描いた土佐派の絵師の技量は大したものです。
 お姫さま的に描かれていることが多い紫式部ですが、大きい肖像画・・大分古いので色や字があせていましたが、それがいかにもリアルな式部らしいと感じました。いかにもお正月らしい展覧会でした。(2007.1t)


ギメ美術館浮世絵名品展:太田記念美術館

 

 素晴らしい浮世絵展。前期と後期に分かれ、それぞれが二つに分かれているので、全部観ようとすれば何回も原宿に足を運ばなければいけないが、とにかく前期第1期の感想を書くことにする。概略はブログ@にアップしてある。

1.肉筆画

葛飾北斎:龍図と虎図河鍋暁斎:釈迦如来図 肉筆画は5点とちょっと淋しい。入ったところに、最近対幅ということが判明した北斎の《虎(太田)》と《龍(ギメ)》が並べて展示されている。とりわけ《龍》は凄い。群青も使っているそうだが深みのある黒。北斎は黒にもいろいろな黒のあることが分かっていたのだ。《虎》は岩から滑りそうな不思議な姿勢。色彩は美しいが、目、耳、顔はコミックマンガのよう。それでも大きく開けた口には凄みがある。両者で阿吽となっている。

 北斎の《海老図扇面》は殻の質感が良くでており、長い触角が巧みに配されている。北斎の《猿回し図》広重の《隅田川月景》はいずれも軽妙なタッチであるが、迫力に欠ける。

 ギメが来日した時に河鍋暁斎が贈った《釈迦如来図》は、この展覧会の最後に掛けられていた。キリストのような髪や顔、伸びた爪、透けて見える肋骨、赤の衣、金と青の光背。ギメが驚嘆したということは容易に納得できる。

 

2.初期の浮世絵(17世紀後期〜18世紀初期)

奥村利信:稲荷祭礼花笠道中 杉村治兵衛。菱川師宣と同時代に活躍した浮世絵師。今回、丹絵《和田酒盛》にお目にかかった。有名な曽我兄弟物語の名場面。中央に立っている遊女が兄の曽我十郎の恋人、大磯の虎御前。和田義盛に切りかかろうとする弟の曽我五郎。それを押し止める義盛の息子、朝比奈三郎。

 鳥居清倍の丹絵《渡辺綱 羅生門》、《宇治川の先陣 佐々木高綱》は、いずれも有名な物語。現在のコミック漫画のようだ。

 奥村利信の《稲荷祭礼花笠道中》は漆絵。漆を混ぜた黒はいまもその光沢を失っていない。鳥居や絵馬の朱色も良く残っていて今回のお気に入りの一つ。

 二代目鳥居清倍の《二世市川海老蔵のういろう売り》や鳥居清満の《初世中村富十郎の比丘尼》は紅摺絵であるが、絵と字の配分がいかにも日本的である。高階秀爾先生のジャポニズムの講演の中で、絵の中に字を書き込むこ(絵と文字の統合)とは西洋画にはないわが国の特徴であるとの話を聞いたが、これらはその典型であろう。

 

3.錦絵の開花期(18世紀中・後期)

鈴木春信:風俗四季哥仙 竹間鶯左の鶯の拡大図北尾重政:野葡萄を食べる兎 鈴木春信の錦絵、《風俗四季哥仙 竹間鶯》。竹やぶの中に鶯がいるのを見つけた女性が、若菜を摘んでいる連れの女性にそっと教えている。竹やぶと鶯が同じ淡い緑色なので、単眼鏡でなければ分からない。のどかな春景色でお気に入り。《蒸籠の傍らを歩く遊女》や《花魁道中》も素晴らしい色調が残っている。

 礒田湖龍斎の錦絵《近江国萩玉川》。岸辺の萩と玉川の清流は背景で、縁側で恋文を読む女性とそれを覗き込む男性。衝立の漢詩の字が上手い。《雛形若菜の初模様 竹屋内小式部》では、遊女が紅葉の絵に筆で賛を入れているところ。画中画である。《雛形若菜の初模様 四ツ目屋内歌川》では遊女、二人の禿、新造の四人の衣装の模様が鶴と宝珠に合わせてある。

 北尾重政では《浮世六玉川 紀伊空海》や《遊女と禿》は女性は柔らかな表情でなかなか良かったが、なんといっても《野葡萄を食べる兎》が絶品。3羽の兎のうちブドウを食べている兎だけが白兎であり、あとの2羽は茶色の兎である。

 歌川豊春の2枚の浮絵、《雪見酒宴之図》と《駿河町呉服屋図》には人物が多すぎて詳細は暗い展示室では分からないが、極端な遠近法を使用した作品で近くが浮き上がってみえる。さすがに浮絵の祖の作品である。

 一調斎文調の美人画《新かなや内 なゝまち》は、切れ長の目の文調美人が恋文を持っている。役者絵《二世市川雷蔵の奴軍助》は黒い背景から浮き立つ柳や菊が美しい。

 勝川春章は、役者絵がが1点、相撲絵が2点。勝川春英は、相撲絵が4点。いずれも手馴れた作品である。

 

4.黄金期の浮世絵(18世紀末期〜19世紀初期)

 勝川春潮の《影向松(ようごうのまつ)》や勝川春山の《雛形若菜の初模様 あふきや 華扇 ヨシ野 たつた》は美人画。保存状態が良いので観やすい。

 鳥居清長は4点。《武蔵坊弁慶 土佐房正順》は紅摺武者絵。《美南見十二候 六月》は海中の神輿を見物する3人の美人、《当世遊里美人合 叉江凉》と《当世遊里美人合 橘妓と若衆》にも素晴らしい美人たちは、典型的な清長の錦絵美人画。いずれも健康美にあふれている。

 喜多川歌麿が沢山来ている。《青楼尓和嘉鹿嶋踊 続 京町二丁目角かなや内 きよみ せきや たこと》は美人画。《三保の松原道中》は籠に乗った男女とそのお供の旅行記。《ひら野屋》は色白美人の大首絵で、背景の白雲母摺は上品な雰囲気。これはわたしの大のお気に入り。

 《娘日時計 午の刻》は湯上りの二人の美人、《娘日時計 申の刻》は外出中の美人。いずれも「無線空摺」という顔の輪郭線を描かない実験的な技法が使われている。これらもお気に入り。《風俗浮世八景 閨中の夜雨》は帯を締めなおしている思わせぶりな画。この画も良い。

東洲斎写楽:二世瀬川富三郎の大岸蔵人妻やどり木 鳥橋斎英里の錦絵が4点。《三ヶ津草嫁美人図 大阪道頓堀於兼》、《三ヶ之津草嫁美人図 京三条砂場於万》、《三ヶ之津草嫁美人図 江戸両国之於辰》は揃物。街娼らしい。特に京の女は足を出して誘っているようである。《江戸花京橋名取》は有名な戯作者「山東京伝」=「北尾政演」の素晴らしい肖像画。栄松斎長喜の美人画もよかった。

 東洲斎写楽もかなり来ている。そのうち都座の「花菖蒲文禄曽我」に基づく役者大首絵を3点を観ることができた。この話は以前にブログで紹介した。

 《二世坂東三津五郎の石井源蔵》では、父の仇を討とうとする石井源蔵の緊迫感が目の描写や姿勢から伝わってくる。《二世瀬川富三郎の大岸蔵人妻やどり木》は、源蔵の媒酌人、大岸蔵人の妻で、夫とともに源蔵に助勢する。いかにも武士の妻らしいきりりとした姿。これは昨年東博で観た。《嵐龍蔵の金貸石部金吉》は、石井家の忠臣が主家の遺児を養育するために借りた金を容赦なく取り立てる因業な金貸しで、袖を捲り上げて凄む瞬間が捉えられている。歌川豊国:風流七小町略姿絵雨乞小ま

 《三世坂東彦三郎の鷺坂左内》は、「恋女房染分手綱」(解説床本)に取材した作品で、ぼんぼりを持つ左内の真剣な眼差しが印象的である。これは不義密通が発覚して父親に勘当された与作のもとへ重の井を連れて来るところ。

 《初世市川男女蔵の冨田兵太郎と三世大谷鬼次の川島治部五郎》では、「二本松陸奥生長」に取材したもので、冨田兵太郎が父の敵川島治部五郎と争う情景が三角構図におさめられている。

 歌川豊国の《役者舞台之姿絵 やまとや》は役者絵、《風流七小町略姿絵雨乞小まち》は美人画で黒い着物から白い足を大腿まで露出した姿は扇情的。吹き墨による雨の表現は巧みである。これはお気に入り。

 

5.爛熟期の浮世絵(19世紀前・中期)

葛飾北斎:千絵の海 総州銚子 葛飾北斎のお化け《百物語》の《笑ひはんにゃ》と《お岩さん》は奇想画だが、激しすぎて好きになれない。北斎展にも来ていたが、もう勘弁してほしい。

 《千絵の海 総州銚子》は、北斎展でも観たが、とくに千葉市美術館の「海に生きる・海を描く」で観て感動した画。波しぶきの描写が素晴らしい。《千絵の海 絹川はちふせ》は滑稽味のある画だが、何をとっているのだろうか。

 北斎展でもみた《百人一首乳母か絵とき》が3点出ている。知っている歌ばかりなので理解しやすい。《源宗于朝臣》は「山里は冬ぞさみしさまさりけり」、《藤原道信朝臣》は「明けぬればくるるものとは知りながらー後朝の別れ」、《参議篁》は「人には告げよ海女の釣船」の画である。

 柳々居辰斎の《大橋》は西洋風浮世絵。遠近法が取り入れられ、額縁らしきものまで描かれている。

歌川広重:雪中椿に雀 岳亭五岳という絵師の名は初めて聞いたが、素晴らしい作品が揃っていた。小さな《白梅に蟹》と大きな《天保山勝景一覧》は私の好み、猫好きの家内の好みは《三味線を持った美人と猫》。歌川広重:近江八景之内 唐崎夜雨

 歌川国貞の《》、歌川貞秀の《ほふじろ ざくろ》は上手い画だが、それほどの迫力を感じなかった。歌川国芳は例によって素晴らしい奇想の浮世絵。《東都名所 佃嶋》、江戸博で観た画だが《東都名所 大森》。そして《忠臣蔵十一段夜討之図》では、犬が何ともいえず可愛い。

 歌川広重の《近江八景之内 唐崎夜雨》は黒と青のバランスが素晴らしく、川瀬巴水を予見させる夜の浮世絵である。これはお気に入り。京都名所之内 祇園社雪中》は雪に残る下駄の跡が上手く描けている。《雪中椿に雀》は1月2日に東博で観たばかりだが、《雪中芦に鴨》とともに新鮮な感じがした。団扇絵の《六花撰之内 きくの花》は装飾的で美しい。

(2007.1a)


(追記1) 前期第2期の感想

前期も終わりに近づき、先週「新日曜美術館」で取り上げられたせいか、前回とはうって変わった盛況。帰るころには待ち時間80分という看板が出いていた。

広重:花菖蒲に白鷺 前期第1期と変わっているのは18点のみであったが、とても良いものが出ていた。一筆斎文調の《二世市川雷蔵の松若丸》はとても色鮮やかで、保存が難しいという紫色が袴や幕にはっきりと残っていた。勝川春潮の《誹風柳多留 美しひうへにも欲をたしなみて》は手ぬぐいを口に咥えたり、肩に掛けたりしている艶かしい湯上り美人二人。鳥居清長のしっかりとした構図の柱絵《睦月恋手取》。

歌川国貞花鳥風月 風 歌麿の黒雲母《美人気量競 鶏舌楼 雛鶴》は懐紙を咥え着物の前をあわせる美人といういわくありげな情景。《浄瑠璃十二段草紙》は笛を吹く義経の指が色っぽい。

 歌川国貞の《花鳥風月 風》は色紙版の小品だが良く描けている。障子の向こうにいる男次第でどうにでもなる花魁が風にそよぐすすきで表されている。障子の桟が見事に描かれているのには驚いた。男の影以外の白いところでも障子の存在が分かる。この技術は大したものだ。空摺の応用か?

 今期のベスト・オブ・ベストはなんといっても広重の《花菖蒲に白鷺》。無線摺に空摺の技法をあわせている。特に白鷺の羽は繊細な白の線で表現されているが、非常に近寄らなければ分からない。図録にも十分再現されていないデリケートな絵である。

 空摺についてはブログAに書いた。

(2007.1a)


(追記2) 後期第1期の感想

 肉筆画以外は今日から総入れ替え。結構朝から混んでいた。お気に入りの一部を羅列する。

■ 奥村利信《据風呂》・・・全裸の湯浴み姿。いわゆる「あぶな絵」である。こんな絵が許されたのだから江戸時代はずいぶん大らかな時代だったようだ。

■ 鈴木春信《汐汲み》・・・墨の代わりに露草の汁を使って描いた「水絵」。退色してしまっているが、穏やかな雰囲気は残っている。松風と村雨の姉妹。水桶に月が写っている。

勝川春章《滝ノ音宗五郎と雷電為右衛門》■ 鈴木春信《やつし許由》・・・皇帝から帝位を譲ろうといわれた隠者の許由が俗事を聞いて耳が汚れたといって川で耳をすすいだという故事。この絵では片肌を見せた女性が滝の水で耳を洗っている。垂直に落ちる滝が素晴らしい。

■ 勝川春章《滝ノ音宗五郎と雷電為右衛門》・・・雷電は相撲史上、最強の力士。その名前は子供のときから知っていた。二人とも笑っているのがいかにも平和。

■ 鳥居清長《小野小町》・・・これぞ美人。派手な色合いも結構残っている。

■ 喜多川歌麿《物干し》・・・女性が8人、子供に猫、向こうの家には男たち、そして空にはホトトギス、遠景には富士山という欲張った絵。当時の洗濯の情景がよく分かる。

喜多川歌麿《北国五色墨 川岸》■ 喜多川歌麿《北国五色墨 川岸》・・・右の乳房を露出した蓮っ葉な遊女。手に持った細い棒を口に咥えているがこれは何だ?

■ 東洲斎写楽《中島和田右衛門のぼうだら長左衛門と中村比蔵の船宿かな川やの権》・・・黒雲母の大首絵。遊女買いに行く細長い顔の長左衛門が口を開け、案内する丸顔の権が口を閉じている。阿吽の対照。

■ 葛飾北斎《諸国瀧廻り 下野黒髪山きりふりの滝》・・・8図の滝は江戸東京博物館の「北斎展》で見てきたばかり。8図の中ではこれが一番奇怪。

歌川広重《月に雁》■ 葛飾北斎《諸国名橋奇覧 摂州天満橋》・・・舟の中にも、橋の上にも人が一杯。規則的に立っている提灯が面白い。

■ 歌川貞秀《山中の猟師》・・・黒の濃淡によって、近景と遠景が巧みに描かれている。橋を渡って家路につく猟師の肩には獲物らしきものが見える。流れ落ちる水の青が印象的である。

■ 渓斎英泉《鯉の滝登り》・・・大判2枚をを縦につなぎ、デザイン化された滝の水流を体を折るようにして登る鯉。ど迫力である。ヒゲがどうして元の形になっているのかなどという野暮なことはいわせない。

■ 歌川広重《月に雁》・・・切手になって有名になってしまった。広重ブルーの色合いが残っている。

■ 歌川広重《木曽海道六十九次之内 四拾 須原》・・・にわか雨に急いで御堂にアマヤドリする人々。暗い森の中に降る雨は胡粉を使って白くしている。


(追記3) 後期第2期の感想

喜多川歌麿の《画兄弟邯鄲》葛飾北斎《朝顔に蛙》 この展覧会も4回目。今回は待ち時間10分。帰る時にはお昼時だったため行列なし。だんだんまともになってきていた。

 今回は20点だけの入替え。お気に入りは、

■ 喜多川歌麿の《画兄弟邯鄲》・・・花魁が大名の奥方になってという一瞬の夢をみる。借りた枕で出世した夢を見た邯鄲の故事も画中画出で描かれている。分かりやすくてよい。

■ 葛飾北斎《朝顔に蛙》・・・保護色の蛙がどこにいるか?この「北斎のたくらみ」にひっかかった人が多かった。画像をクリックして、解答を確認してください。

渓斎英泉《藻中の鯉》歌川広重《大藺に白鷺》■ 渓斎英泉《藻中の鯉》・・・イタズラっぽく目を開いた鯉がカワイイ!

■ 歌川広重《大藺に白鷺》・・・《花菖蒲に白鷺》と同じく無線摺に空摺の技法をあわせている。特に白鷺の羽は繊細な白の線で表現されている。単眼鏡でしっかりと観てきた。画像で再現を試みたが、不十分。

(2007.2a)


博物館に初もうで:東京国立博物館

 

 新春特別展示「亥と一富士二鷹三茄子」を観てきた。おめでたい作品が肩のこらないかたちで展覧されている。

 この特別展示の中でのお気に入りは、田崎草雲筆の《富岳図》、2枚の《東海道分間延絵図》、石川光明作《野猪》、望月玉泉筆《岩藤熊萩猪図屏風》、インド・ビカネール派の《ビランヤークシャを破り大地を取り戻すヴァラーハ》などである。

望月玉泉《岩藤熊萩猪図屏風》
望月玉泉《岩藤熊萩猪図屏風》
望月玉泉《岩藤熊萩猪図屏風》
左隻の猪
右隻(蟹と遊ぶ小熊)
右隻(親熊)

 その他の平常展示もお正月向きとなっている。良かったものは、長谷川等伯《松林図屏風》、池大雅《楼閣山水図屏風》、礒田湖龍斎の《雛型若菜初模様・旭丸屋のはやま》、鳥文斎英之の《風流五節句・元旦》、宮川長春の《乗鶴美人之図》、歌川広重の《東海道五拾三次》の画帖などである。

 詳細はブログに書いた。

鑑賞会参加者:Takさん夫妻、Juliaさん、toshi夫妻、Nikki夫妻、はろるどさん、花子さん、ミズシーさん、KANさん、lysanderさん、mizさん、一村雨さん

(2007.1a)


謹賀新年2007

 

 葛飾北斎:月下猪図

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