金曜日は19時まで開館ということで行きやすくなった。ひととおりみおわったところで「列品解説」があったので、その内容を紹介しながら感想を記す。
出光美術館の浮世絵はすべて肉筆画で、総数は170点。そのうち今回は前後期あわせて130点の展示。タイトルの「すべて」というのはどういう意味?今回は、鈴木春信は出ていなかった。
1.寛文美人図: 17世紀中期。無背景、無署名のもの。当時、美人画をこのように軸に描くことは新鮮であったとのこと。
2.菱川派: 浮世絵の祖といわれる菱川師宣の《秋草美人図》には、はっきりとした 落款が見られる。このすっきりとした美人の膝の曲がり方は《見返り美人》と同じで、ちょっとした動作がとらえられている。菱川師平の《春秋遊楽図屏風》の右隻は寛永寺の桜を描いているが、輪になって踊っているところが面白い。左隻は吉原の張見世である。署名は遊郭の中にかかっている絵の中にある。これは「隠し落款」である。
3.鳥居派: 芝居絵が中心である。二代鳥居清満の《勧進帳・弁慶図》は大型で豪快である。その輪郭線には勢いがあり、彼の《立姿美人画》にもその傾向がある。筋肉を誇張した描き方は「みみず(蚯蚓)描き」と呼ばれる。
4.懐月堂派: 懐月堂安度の作品は、豊満で、ふっくらとした美人の肉筆画だけ。この一派の画は、すばやい輪郭線を特徴とし、安価な顔料を使ったレデイメードの仕込み絵で、不特定多数に販売する戦略的な流派であった。梅翁軒永春は竹田春信と同人である。その《立姿美人図》は二重瞼であるが、これを確認するには単眼鏡が必要。この展覧会はガラスと絵の距離が長すぎる。
5.奥村派: 奥村政信の《中村座歌舞伎芝居図屏風》の右端には享保16年(1731)という年記、歌舞伎の演題、役者名が描きこまれている。
6.川又派: 川又常行、常正の絵は、顔や手足が小さく、純粋無垢な美人図である。
7.西川派: 西川祐信は上方。あずま絵と違い、たおやかで、おしとやかで、可憐な感じのする女性である。しかしあまり技巧的とはいえない。月岡雪鼎は大阪。
8.宮川派: 18世紀半ば。版画は作らず、肉筆画のみである。精緻で、かっちりした作品で、品がある。宮川長春の《立姿美人図》、《蚊帳美人図》はなかなか良い。帯が前にきている女性は「女中に任せて仕事をしなくても済む女性」、すなわち若ければ遊女、年配ならば良家の奥様」。《蚊帳美人図》の顔は鴎のよう? 宮川一笑の《吉原歳旦図》は充実した絵である。吉原の絵で、1階は張見世、2階は遊興。47人と1匹の犬、羽子板も描き込まれている。《歌留多遊び図》も良い。東燕斎寛志の《笠森稲荷》の「かさ」はカサブタの「かさ」、すなわち皮膚病。「もり」は「護る」。このため参詣者が多かったが、そこの水茶屋の「おせん」は有名だった。うぐいす色の着物で、表情が豊かである。これは実在の人物を描いたからだろう。
9.北尾派: 窪 俊満は力量のある絵師である。《大夫道中図》の大夫は高級遊女。赤が目立つ。山東京伝(北尾政演)の《桜下美人図》は力を抜いた絵。「西行もまだ見ぬ花の廓かな」という詩には諧謔味がある。鍬形寫ヨ(北尾政美)の《隅田川眺望図》は風景画。このころになると画題が広くなってくる。
10.勝川春章: 後期、すなわち黄金期の勝川春章は、北斎の師だが、個性的な役者似顔絵、内面をも描く美人画を充実した色彩で描いている。《桜下三美人図》、《柳下納涼美人図》はなかなか良い。《美人鑑賞図》は、大名屋敷で軸をかけかえながら鑑賞している女性たち。着物の柄が緻密に描かれている。
11.喜多川歌麿・鳥文斎英之: この二人はライバルだった。」歌麿の《更衣美人図》は出光美術館を代表する作品。髪や肌の質感が見事である。丸髷は既婚者だが、艶かしい。この画は少し暗くなって来ている。修復すれば素晴らしいものとなるだろう。《娘と童子》の駒廻しも面白い。旗本の出である英之の《蚊帳美人図》は、客待ちの遊女。細面で春信の絵に似ている。
12.葛飾北斎とその一派: 初公開の作品が2点。一つは《樵夫図》。右は樅の木。左は股覗きするきこり。紙継ぎがあるため、元来屏風であったものを軸にしたらしい。したがって他のモティーフがあったかも知れないので、全体の意味は分からないとのこと。もう一つは《亀と蟹図》。亀の甲を線を使わずに表現している。他の作品として、《月下歩行美人》では、画面の進行方向の縁に近く人物を描いて、歩んでいることを表現している。対幅の《春秋美人図》が良かった。これは今回の展覧会のポスターともなった艶かしい女性であるが、着物の柄が素晴らしい。電子的に拡大してみても、まったく乱れがない緻密さである。春は桜の簪と扇、秋は虫籠で表されている。《鐘馗騎獅図》は八十五歳卍の作品だがしっかりとした絵である。
13.歌川派: 豊春の作品は今回なかった。後期に出るとのこと。豊国の《円窓美人図》では、濡れ髪と煙草が目立つ。豊広の《真崎稲荷参詣図》では、しっかりとした風景が描かれ、筑波山も見える。国貞の《岩井半四郎・悪婆の図》の半四郎は五代目、悪婆とは役柄の名で、好きな男のためなら、殺しも盗みもするという困った女。目千両といわれた半四郎の特徴が、突出した下唇とともに写実的に描かれている。広重の《念仏鬼と美人図》は大津絵の題材で、赤鬼が耳掃除してもらっている。国久の《隅田川舟遊・雪見酒宴図屏風》は、ずいぶんと鮮明な絵。大川随一の大船「川一丸」での遊興。屋根の上には船頭たちが避難している。
このように、浮世絵の歴史を辿りながら、美しい色彩を満喫した。これでは後期も行かなくてはなるまい。
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(後 期)
前期にくらべかなりの入替えがあったが、時代順・流派別の配列は前期と同じだったので観やすかった。
1.寛文美人図: 美人図に混じって《若衆図》が出ていた。なかなか良い男。
2.菱川派: 浮世絵の祖、菱川師宣の好品が多かった。《浄瑠璃芝居看板絵屏風》は150x403cmの大型屏風、ド迫力の戦闘場面から女武者の登場まで多数の場面を楽しめる。《遊里風俗図》は実に細かく描きこまれている。《吉原遊興図屏風》では魚の調理人が圧倒的な存在感である。古山師重の《見立て女三の宮図》や菱川師保の《やじろべえを持つ立美人図》は懐月堂派のような貫禄のある女性たち。
3.鳥居派: 鳥居清倍の《見立て紫式部図》と清秀の《立姿美人図》。鳥居派得意の芝居絵ではないが、美人画も上手い。
4.懐月堂派: 3点の懐月堂安度の作品の他に、豊満でふっくらとした美人の懐月堂派肉筆画が沢山出品されている。ちょっと飽きた。
5.奥村派: 奥村政信《文使い図》には美しい二人の女性が描かれている。
6.川又派: 川又常正の絵は、《見立紫式部図》と《羽根つき美人図》。
7.西川派: 上方の西川祐信の《詠歌美人図》はたおやかで可憐な感じのする女性。
ここに祇園井特(せいとく)の《虎御前と曽我五郎図屏風》が現れ、ギョットなる。仇討ちを狙う若者とそれに惚れ込む女性といった既成のイメージをぶっ飛ばす作品。両者ともに悪玉のように描かれている。異端の画家なのだろう。
8.宮川派: 宮川一笑《曲芸図》は、片脚の上に載った女性から酒を注いでもらう男の曲芸。いかにもユーモラスな作品である。
9.北尾派: 窪 俊満の《藤娘と念仏鬼図》にもちょっと驚く。藤の枝を持ったギザギザの鬼が、藤娘と歩む大津絵的作品。
10.勝川春章: 勝川春章《遊里風俗図》は、二枚続で、蚊帳の内と外の情景を描いている色っぽい絵である。
11.鳥文斎英之: 英之の美人画が4枚も出ていた。《二美人図》は鮮やかな色彩、《桜下花魁図》は抑えた表現。いずれもなかなかのもの。
12.葛飾北斎とその一派: 葛飾北斎の《春秋山水図》はあまり感心しなかった。蹄斎北馬の《墨堤二美人図》は急な雨風に戸惑う二人の女性。見慣れた画題だがなかなかの迫力である。《五節句図》も良かった。
13.歌川派: 歌川派の祖、歌川豊春《芸妓と嫖客図》が出ていた。酒井抱一《遊女と禿図》は琳派の画家の浮世絵だけに面白い。直前に太田記念美術館で観てきたV
& Aコレクションにも抱一の蚊を描いた団扇絵が出ていた。歌川豊広《御殿山観桜美人図》は素晴らしい傑作。後期のマイ・ベスト。歌川国芳《役者夏之夜図》は夜の水辺で所作をきめる二人の役者とこれを覗き込む男女の通行人。夜景がうまく捉えられている。最後に歌川広重の《煙管をもつ立美人図》。みごとな構図と色彩だった。
このように、今回も、浮世絵の歴史を辿りながら、美しい色彩を満喫した。通期で展示されているものはさすがというものばかりで再見を楽しんだ。
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